今回ご紹介するのは、朝比奈あすかさんが描く、スクールカーストの底辺でもがく女子中学生の物語です。

 

 

<あらすじ>

男子が作った女子ランキング。あの子よりも、私は上だった――。美醜のジャッジに心を弄られ、自意識が衝突しあう教室。そこではある少女に対し、卑劣な方法で「魂の殺人」がなされていた。のちに運命を束ねたかつての少女たちは、ひそかに自分たちの「裁き」を実行してゆく。その先に、果たして出口はあるのか。静かな祈りのような希望が滲むラストに、胸がうち震える。

 

 

 

 

 コンプレックスと整形

 

清子は母親の勧めで中学受験に挑戦しますが、スパルタ式の塾から強制された「夜勉」のせいで生活リズムが崩れてしまいます。勉強時間を捻出するためには、夜は入浴や歯磨きをする時間を削り、朝は着替えや洗顔をせずに勉強してから登校するのが当たり前になっていたのです。受験が近づく頃には、ついに「けがをしてはいけないから」という理由で、体育の見学まで強要されます。睡眠不足、運動不足、不衛生という不規則な生活を重ねた清子は、見る見るうちに太り、ニキビ面になってしまいます。

 

そこまでしても、本命校には落ち、私立Y学館大学附属中学校に入学することになった清子。小学校時代の友人が誰もいない中学校生活に不安を抱えていましたが、遠くに同じ塾に通っていた琴美の姿を見つけ、ホッとします。しかし琴美は清子が後ろから声をかけたのにもかかわらず無視。どうしたのだろうと思った瞬間―

 

なんと琴美は整形していたのです。腫れぼったい一重瞼から、パッチリしたまるい二重瞼になっていたのです。新しい琴美の顔は美少女そのもの。入学当初からその評判はあっという間に全学年へ伝わり、琴美は一気にスクールカーストの頂点に立ちます。

 

一方、清子はここに来てはじめて「自分の立ち位置」を知ることになります。入学早々、近くの席のイケメンから「ブス」と言われたこと、小学校時代とは違い可愛い子は可愛い子で固まり、ブスはブスで固まること、そしてブスには人権がないこと。

 

”琴美はこれを知っていたのか”

 

突然顔を出したコンプレックスと、心の中に残っている優等生で発言力があった小学校時代のプライド。清子はその苦しみを整形という”不正”で逃れた琴美に対し、強い嫌悪感を抱くようになります。

 

 

 ニキビ

 

しかし、いくら琴美の弱みを握っているからと言っても、今の自身の立ち位置を考えて、そこは慎重にいかなければならないと悟った清子。なぜなら清子は今、自分がいつクラス内でいじめの標的にされてもおかしくない、とても危うい状況に置かれていたからです。ただでさえ太っていてニキビだらけの清子でしたが、同じクラスに「蓼沼さん」という清子以上にニキビ面の女子がおり、彼女が誰とも話さなかったことから、あっという間に「キモイ」扱いを受け、いじめの対象になっていたからです。

 

清子は友達作りの段階で、もし蓼沼さんと同じグループになったら、確実に「ニキビ仲間」としてからかわれることを警戒し、徹底して彼女を避けることにします。そして何とか似た者同士を集めたグループに属し、細々と学校生活を送っていくことになるのですが・・・

 

 

 残酷な仕分け

 

私が女だから感じるのかもしれないけれど、思春期のあの一時期、男の子よりも女の子のほうが、自分がどう判断されるのかということに緊張しながら生きなければならないのではないかと思う。男の子は、たとえ恋愛市場では価値が低い存在であっても、他に得意なことや夢中になれることがあれば、自己完結して満足できているようだった。たとえそういったことがなくても、モテないことに頓着せずに、自由でいられるように見えた。女の子は、異性からの評価が低かったら、もう終わり。同性からも、同情と優越の目で見られてしまう。そのためか、自分の価値を棚に上げて、一方的に女の子のことをあれこれ品定めするような発言をする男子が多かった。その声を、聞いていないふりをしながら、女の子たちは聞いていた。私たちは一様に、彼らの視線に囚われていた。(P268₋269)

 

顔は可愛いけれど幼稚でダサい女子は、なぜか”可愛い認定”を得られず、かわりに”実は蓼沼さんよりブス”だけれど発言力があり、おしゃれな女子はクラスで高い地位に属します。おかしなことに、同学年からは相手にされなかった前者が、先輩から告白され付き合うことになった瞬間、彼女の位は一気に頂点まで上がります。そんな風に、今まで自分と同じ階層にいながらも下剋上を果たした友人たちを清美は許せず、仲間外れにしようとしたり、陥れようとしたりします。

 

逆に男子が作った女子ランキングで意外にも自分が上位にいたことを知った清子は、有頂天になり、最下位にいた友人を思いやったふりをして、男子に注意します。しかし、この時クラスメイト全員から清子の優越感はバレており、イケメン男子からも釘を刺され、恥をかきます。また、清子は蓼沼さんに対しても上から目線で「友達作りなよ」「みんなに話しかけなよ」とアドバイスをしたり、かなり不幸な攻撃性を持つ一面がありました。そしてついに、清子は琴美の整形前の写真を教室の黒板に貼り付け―

 

 

 

 感想

 

この物語には最低な教師が登場します。いや、正しくは登場する教師全員が最低です。本書の時代設定がゆとり教育になる数年前、まだ体罰が許され、生徒に人権がない頃なので、まぁ酷いです。昔は無神経なことを言う教師が当たり前にいたし、それでクラス内が乱れてもお咎めなしだったわけですから、本当の教師の姿はコレなんですよね。今は周りの目が厳しくなったから仕方なく変わっただけなのだなと思うと少しゾッとします。

 

数ある問題教師の中で、いまだ存在するのがロリコン教師です。多いですよね。こいつらの中には小児性愛者だけでなく、教師(大人)という特権を使って、家庭環境が複雑で親を頼れなかったり、クラス内で孤立している生徒を狙い、性的搾取を目論むヤツがいます。どこにも逃げ場がない少女たちは、我慢し続け、問題が発覚しないまま卒業していくことも多いでしょう。でもヤバイ教師は確実にいますよ。実は〇〇先生は〇〇ちゃんと付き合っていたとか、そういうのは時間が経ってから知ることです。本当に気持ちが悪い。

 

本書に登場する琴美は、ブスな自分と、美人な自分、両方を知っている唯一の人物です。琴美の場合は、整形前よりも整形後の美しくなった自分に大変苦労しました。琴美は大人びた綺麗な女生徒を成人女性と同じ感覚で性的対象にするような変態教師に目をつけられていたのです。それだけでなく体目的の同級生の彼氏からも性的行為を無理強いさせられそうになったり、怖いおもいをたくさんしてきました。

 

そんな琴美に気づき、支えてくれたのが、学年一嫌われていた蓼沼さんでした。嫉妬に狂った清子が琴美の事情も知らずに窮地に陥れようと企む中、それを必死に止めてくれたのも蓼沼さんでした。彼女は普段学校内で存在を消していても、悩めるクラスメイトたちにはこっそり手を差し伸べるような人だったのです。

 

思えば蓼沼さんは強い人でした。ある日の美術の時間、自画像を描くことになった生徒たちは、自分で自分を描くことにとても苦戦していました。それもそのはず、思春期でコンプレックスだらけの彼らにとって”ありのままの自分”を認め、それを上下関係戦のライバルである友人たちの前にさらけ出すことなど不利でしかありません。誰もが傲慢で嫉妬深くて意地悪な自分の姿など、本当の自分の姿など、描く勇気はなかったのです。

 

しかし蓼沼さんだけは違いました。彼女はただ、クラスメイトたちが見ている蓼沼陽子の姿を、クラスメイトたちの目を通して描きました。

 

それは自画像でありながら、自画像ではなかった。陽子さんは、常に陽子さんの外側にいた。それはとても怖くて悲しいことだと思う。けれども彼女はそうやって少女時代を過ごした。貶められることも、からかわれることも、目をそらされることも、同情されることも、他人に起こっていることならば、痛みはない。中身を守る気持ちを手放せば、感情からもモラルからも自由になれる。(P302)

 

顔面ニキビだらけの絵です。血まみれの膿んだニキビの絵です。この時、クラスメイトたちが蓼沼さんの自画像を見て抱いた恐怖感を、彼ら自身が言語化できるようになるにはかなりの時間を要しました。

 

そしてこの物語は中学時代をメインに、清子たちが30代半ばになるまで続きます。大学時代に蓼沼さんと再会した清子は、奇妙な活動に参加するようになります。ここから先の詳細についてはぜひ本編をご覧下さい。時代背景は違っても、クラス内の空気には現在と何の違いもないと思える作品でした。もし清子のように悩んでいる中学生がいたら本書を読むことをオススメします。大丈夫、大人になれば中学時代の思い出はまだら模様になり、互いの記憶が重なることはほとんどありません。嫌なことは忘れた者勝ち。状態なんて状況でいくらでも変わってしまうので、卒業すれば人間関係も環境がリセットしてしまいます。今は永遠ではありません。新しい場所では過去のことなど忘れたフリでも、知らんぷりでもいい。留まらないことが大事。よければ本書と一緒に、この言葉を参考にしてみてください。

 

 

以上、『自画像』のレビューでした!

 

 

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