チェルミー図書ファイル154
今回ご紹介するのは、村田沙耶香さんの「しろいろの街の、その骨の体温の」です。
村田沙耶香さんの代表作といえば、「コンビニ人間」をイメージする方が多いのではないでしょうか。しかし私が村田作品の中から代表作を挙げるとしたら、この「しろいろの街の、その骨の体温の」になります。
こちらは中学校のスクールカーストを描いた作品なのですが、もう凄いのです。村田沙耶香はスクールカーストを描く天才なのです。色んな少女小説を読んできましたが、これほど生々しく、リアルに思春期の心を表現した小説家っていましたか?というほど圧倒しています。
おそらく日本一スクールカーストを描くのが上手いし、思春期小説というジャンルの中でも一番といっていいでしょう。もちろん、私が初めて読んだ村田作品がコレだったというのも印象に残った理由としてありますが、それを抜きにして考えても、この容赦ない物語にハマってしまう人は多いはずです。
ただ、世代によってはスクールカーストの在り方は違うので、その点については共感できる・できないに分かれるかもしれません。また、本書は遠慮なし少年少女特有の脆い精神の醜さを出してくるので、そういうのが苦手な人にはオススメできません。
あらすじ
クラスでは目立たない存在である小4の結佳。女の子同士の複雑な友達関係をやり過ごしながら、習字教室が一緒の伊吹陽太と仲良くなるが、次第に伊吹を「おもちゃ」にしたいという気持ちが強まり、ある日、結佳は伊吹にキスをする。恋愛とも支配ともつかない関係を続けながら彼らは中学生へと進級するが――野間文芸新人賞受賞、少女の「性」や「欲望」を描くことで評価の高い作家が描く、女の子が少女に変化する時間を切り取り丹念に描いた、静かな衝撃作。(Amazonより)
タイトルについて
「しろいろの街の、その骨の体温の」というタイトルを見ると、なんのこっちゃ?と、物語がイメージできない方も大勢いるかと思います。「しろいろの街」とは、主人公たちが住むニュータウンのこと。「その骨の~」とは、あちらこちらで建設され変化していく街のように、彼らの身体も成長していく様子のことを表しています(多分)
どこを見ても似たような白色の景色が広がるニュータウン。主人公の結佳はそんな街が大嫌いでした。季節ごとに転校生はやって来るし、常に何かを造ったり壊したりしているかと思えば、途中で中断したりする街。結佳にとって、この街は自分を縛り付ける学校と同じ、小さな箱のようでした。
早く大人になってこんな街から抜け出したい結佳。けれども、小学生から中学生へと成長するにつれて、どんどん生きにくくなっている自分に気づき、いつしか成長することが怖くなってしまいます。そして、そのどうしようもない不安は結局、「この街が嫌いだ」という気持ちを持つことでしか解消できません。
最初は自分の心の中だけで飼っていたその不満を結佳は、ある時から同級生の伊吹にぶつけるようになります。学校での結佳は下から二番目のグループに属す女子。一方、伊吹はカーストの最上位に君臨する男子でありながら、学校にそのような制度があることにも気づかない”幸せ”な人種でした。
結佳と伊吹は、まだカースト制度が出来る前の小学生時代に同じ塾に通っていたことがキッカケで仲良くなりました。その関係は中学生になっても変わらなかったのですが、学校内での二人のポジションは明らかに格差という形で変化を見せていました。
一軍の伊吹と三軍の結佳。その立場の違いを気にする結佳は、伊吹に学校では絶対に話しかけないようにお願いをします。その代わりに、結佳は自身の惨めな学校生活のモヤモヤを伊吹にぶつけることで精神の安定を保っていたのですが、”幸せさん”な伊吹には自分が何を言われているのか理解できません。
そんな伊吹に対し、結佳は間違った方法でストレスをぶつけるようになっていきます。伊吹を自分のおもちゃにし、支配するようになるのですが・・。ここら先の描写は少々グロ(というかエロ?)要素が入るので省略します。
話を戻して、さて、結佳はこのモヤモヤを一体どのようにして解決していくのでしょうか。そのヒントは「体温」です。それについてはぜひ本編からご確認ください。
どの視点で見る?
物語の最初は小学生時代から幕を開けます。まだクラス内の人種も関係なく、とりあえず目に入った人とワイワイガヤガヤ遊んでいるのがこの時期のいいところ。しかし、結佳は違います。結佳はこの時から既に、人間関係の面倒くささや小さな序列に気づいている敏感でシビアな女子。正直、私にはこういう考えも感情も皆無だったので、小学生時代のエピソードは、そこまでテンションが上がらず読んでいました。
面白くなったのは中学生時代に突入してから。小学生時代の仲良し三人組がキッパリ一軍、三軍、四軍に分かれてしまったのです。ちなみに四軍とは三軍以下の最底辺層を意味します。薄々高学年の頃から「あーこの子は大人っぽいなぁ」とか「生活レベルが違うなぁ」と感じていた子は一軍へ。「幼稚だなぁ」「ちょっとウザいなぁ」みたいな子はいつまでもそんな感じで浮き、四軍へ。その中間に属す子の中で体育会系の子は二軍へ、そうでない子は三軍へ、と振り分けられました。
さすがの私も中学生になったら序列に気づきましたよ。しかし、伊吹はここでも気づかなかった超幸せ男子。それは結佳を複雑な気持ちにさせたでしょうね。結佳が嫉妬したり、うらむ気持ちも理解できます。けれども、一瞬でも伊吹の立場となった経験のある私は、彼の気持ちもわかります。
学校は楽しいし、友達といると超面白いし、家には寝に帰るだけ。家より学校にいるほうが幸せだと本気で思っていたし、みんなも自分と同じように学校生活を過ごしていると信じていたのです。
この本のポイントは、そんな風に登場人物の誰の視点で読んでいくかで印象も感想も全然違ってくるところです。私の場合、中二病を患って結佳になった時期もあるので、二倍楽しませてもらいました。
一軍の描写が最高
これは、凄い!と思ったのが一軍男女の描写です。あーこういうこと言うわ、こういう態度取るわ、という共感のオンパレード。特に井上という男子が全国のクラスにどこでもいそうなキャラクターで腹が立ちました。イケメンでもなんでもないのに、気の強さや運動神経の良さだけで一軍に君臨し、目立ってしまう井上。毎日カースト下位の女子をブスいじりしてウケ狙いする姿には、その鼻をへし折ってやりたい衝動にかられました。
なのにそんな井上を好きになる女子の多いこと・・!!どう考えても性格が悪いのにね。中学時代にモテる異性とは、どうも特定の人物に固定されがちですが、今思えばなぜアイツがモテたのだろう?という中学時代特有のマジックなんかも丁寧に描かれているのがとてもリアルでした。
実は中学時代の序列なんて何をもってそうなっているかは不確かなモノなんですけどね・・。あの時期限定の雰囲気だけが作り上げた序列というか。美人が暗いだけでブス扱いさたり、気の強いブスが美人枠に入れたり。でも高校になると急に大人しくても可愛ければモテるし、ブスは正当な評価を下されて相手にされなくなるので、世の中は本当に不思議なことが多いなと思います。きっと井上も高校では目立てなくなるんだろうなぁ。
現に私にもおかしなエピソードがあります。同じクラスにTさんという子がいて、入学早々にカワイイと話題になりました。時々クラスにもわざわざTさんを見に来る群れがいて、「どの子?どの子?」と騒ぎになっていました。しかしその群れの中には、Tさんを目の前にして「どの子がTさん?」と聞く人もいました。そして私に「Tさん?」と聞いてくる人もいれば、私を勝手にTさんだと思い込み、帰り道に追いかけてくる人もいました。
この時点でおかしいですよね。Tさんと私はまったく似ていません。このからくりは、上の学年に親しい人がいる一年がTさんをイケてる女子と先輩に紹介したことが発端です。先輩に可愛がってもらえるような人物が指定した女子は、当然一年の間でも特別な女子として認識されます。しかし入学早々は互いに顔も名前も分かりません。自分の出身校の価値観がそのまま新しい学校での価値観と一致するかもまだわからないため、何が序列の目安になるのかさえ分からない状態です。
そんなとき、人はどうするか。とりあえず、先輩や空気に合わせます。自分がどう思うかではなく、みんなが美人といったら美人、ブスといったらブス、これに合わせます。だから、私をTさんと間違ったヤツは、自分の好みとは反しながらも私を追いかけてしまったのです。ちなみに私がTさんではないと気づいてからは、ブス!と言ってきたので、本当に序列とは適当なものなんだな、と実感させられたエピソードでもあります。
まとめ
途中で実体験を挟み失礼しました。でも、この本を読む中で、苦しむ結佳を見ていたら、「井上なんてどうってことないから!中学生のカーストなんてホント適当だし、幻想だから!」と励ましたくなってしまって。本の中の人物をここまで心配してしまう自分も変ですが、結佳がかなり重度の中二病だったので、ラストはこの子死んじゃうんじゃないのかなぁと思ってしまったんです。
村田さんにも最後はこの子をどうやってまとめるの?と心配しちゃったくらいですよ。結果、私にはちょっと理解が追いつかない行動でしたが、それで結佳が楽になるのなら何も言いません。
ただ、個人的に結佳に届いてほしいと思っていた言葉を伊吹がちゃんと言ってくれたのが良かったです。お気に入りなので紹介しますね。
※いつものように「この街から出ていきたい」という結佳をちょっと遠くに連れていってあげたときの伊吹の台詞です。
「な、簡単じゃん?すぐに出れちゃうんだよ。閉じ込められてるんじゃなくて、閉じこもってるのは谷沢(結佳)だって感じがする」P163
これを中学生で言える伊吹が大人すぎるのかもしれませんが、結局はこういうことなんですよね。まぁ大半の中学生が理解できるのはずっと大人になってからだと思いますが。
小学生時代は年齢より見た目も中身も人一倍幼かった伊吹。けれども中学生になったらあっという間に大きくなって、もともとのコミュニケーション能力の高さからクラスの人気者になった伊吹。そんな素敵になってしまった伊吹を今まで地味な自分が独占していたなんて信じられない結佳。自分はこんなに惨めになったのに、伊吹だけが遠くにいってしまう焦燥感、嫉妬心。
結佳の歪んだ愛情は読んでいてかなり辛いのですが、伊吹という少年の真っ直ぐな誠実さが読み手を救ってくれる物語です。
結構な衝撃の波が数回に渡って訪れるのと、リアルすぎて直視できない人間模様が重なってくるのでご注意を。中学生に読んでほしいと思いながらも、過激な性的描写があるため個人的にはちょっと読ませたくないとも思い、それでもやはりスクールカーストで苦しんでいる子に読んでほしいと思う一冊です。
以上「しろいろの街の、その骨の体温の」のレビューでした。
気になる方はどうぞ!
クラスメイトの前では格差のある二人は絶対に一緒にはいられない
でも、中学生のいう格差とは、大人の世界の格差とはまったく違う
もはやそれは格差ではないのだ
本当の格差とは社会に出て知ることになる
そのとき、息をしているのは誰なのか
今、笑っていられる三年間だけが幸せだとしたら、それもまた残酷だ