今回ご紹介するのは、2019年に福岡県太宰府市で起きた高畑瑠美さん暴行死事件の取材記になります。

 

平凡な主婦だった瑠美さんは、(のちに傷害致死罪で起訴される)山本美幸と岸颯から同居を強いられ、洗脳、暴行され、命を失います。しかし事件後、テレビ西日本報道部の塩塚陽介記者は、瑠美さんが殺害される前に遺族たちが何度も鳥栖警察署へ相談に行っていたという情報を掴みます。取材で浮かび上がってきたのは佐賀県警鳥栖警察署のあまりにも杜撰な対応。そう、この事件には何度も”すくえる瞬間”があったのにもかかわらず、警察の怠慢で最悪な結果となっていたのです。本書は被害者遺族と共に佐賀県警の無謬主義と闘った、テレビ西日本取材班による取材の全貌を知ることができる一冊になっています。

 

 

 

 

 

 

 こうして事件に巻き込まれた

 

この事件を知った当時は、被害者と加害者の複雑すぎる関係から、「何だかよくわからない事件だな」という印象しか持ちませんでした。しかし改めて事件の詳細を見ると驚く事実がたくさんあり、なぜ今まで自分は無関心でいられたのだろうと悔やまれます。

 

瑠美さんは山本から失踪した兄・智一(仮名)さんの借金を肩代わりするよう脅されていました。しかし、その借金ができた経緯というのが、そもそもおかしいのです。智一さんと山本は中学の先輩後輩という間柄ですが、特に親しかったわけではありません。数年前に偶然飲み屋で山本と会った智一さんは、一方的に絡まれ飲食代を奢られるという出来事を機に、その後何度か飲みに誘われていました。

 

そんなある日、智一さんは突然山本から「今までの飲食代を返せ」と迫られます。しかも智一さんと同じ職場で働いている人が借金を返さないので、保証人になれとも言われます。同僚はその間に逃げ、借金はすべて智一さんが背負うことにされてしまうのですが、その際山本は「マー兄」というヤクザの存在をチラつかせ脅しをかけていました。

 

山本は智一さんの返済が滞ると実家にまで押しかけ、実際にありもしない話をでっちあげて金を吸い取ります。その後、智一さんは山本に生活のすべてを管理された挙句、家族とは一切連絡を取らないよう脅され、各地を転々としながら働いた給料をすべて奪われていました。

 

驚くのはここからです。なんと山本は自らが智一さんを失踪させていたのにもかかわらず、事実を知らない瑠美さんに対し「逃げた兄の代わりに借金を払え!さもないとお前の実家に押しかけるぞ!」と脅していたのです。こうして瑠美さんは山本の餌食になり、やがて監禁されてしまうことになりました。

 

 

 

 鳥栖警察署の怠慢

 

瑠美さんが帰って来なくなってから、夫の隆さんやお子さんはもちろん、実家の母や妹、それに瑠美さんの職場の人までが事件性を疑い、警察に11回も相談するものの、鳥栖警察署は真剣に取り合ってくれませんでした。その頃、隆さんはマー兄から恐喝されている会話を録音しており、それをA巡査長に提出したのですが、あろうことに彼はそれを5分だけ聞き、「長いのでテープ起こしをし、どれが恐喝で、どれが強迫で、どれが強要に当たるのか、ネットで調べて罪に当たると思う部分に印をつけて持ってきてください」と言っていたのです。

 

これはのちに判明したことですが、まさに、隆さんたちがA巡査に徹底的な証拠を突き出したこの日、瑠美さんは山本とその手下である岸から暴行を受けるようになっていたのです。この時にもし、きちんと警察が対応していたら瑠美さんの命はすくえたに違いありません。

 

さらにA巡査は当時、誰が聞いても恐喝にしか聞こえない録音の内容を「恐喝には当たらない」「(自分には専門外なので)刑事課にアポを取って、テープ起こしを終えてから来署するように」と、隆さんたちを追い返しています。事件後、当のマー兄本人が「あの会話の録音を警察に提出されたと聞いたとき、もうダメだと思った。あれはどうみても恐喝の証拠になるから逮捕を覚悟した」と言っているのにもかかわらず、です。

 

さらに鳥栖警察署は他にもやらかしていたことが判明します。それは瑠美さんが殺害される一ヵ月ほど前に、山本たちが瑠美さんの実家に押しかけてきた日のこと。実はこの時、彼らは瑠美さんのことも連れてきており、家族は瑠美さんと山本たちを引き離すチャンスだと思ったそうです。山本たちが金をよこせと長時間居座っていることを理由に警察を呼ぶのですが、その際も警察は何もせずに帰ってしまいます。

 

驚くことにですよ?この時、山本には既に恐喝と監禁の前歴がありました。しかも岸に至っては傷害の前歴に加え、有印公文書偽造などの罪で執行猶予中の身だったのです。そんな人たちに瑠美さんが脅され、洗脳されているのに、警察は「家族間の金銭トラブル」で片付けていたのですから呆れます。この日が瑠美さんを救い出せる絶好の機会だったことは言うまでもありません。

 

 

 

 反省の色なし

 

残念なことに、事件の裏に警察の失態があった事実は、テレビ西日本の報道部取材班しかキャッチできていませんでした。もし塩塚記者が遺族に取材していなかったら、この件は闇に葬られていたのかもしれません。報道後、警察は決してミスを認めることなく今に至ります。山本に至っては刑務所に服役してわずか半年で亡くなっています。生き残った岸もすべての罪を山本になすりつけ反省の色はありません。

 

佐賀県警は瑠美さんの件を「今後の教訓とする」「今後はより丁寧に県民に寄り添う」と言いながらも、決して謝罪はしませんでした。それどころか事実を捻じ曲げ、言ったことを二転三転し、最後までミスを認めませんでした。だからこそ第二の事件は起こってしまいました。彼らは瑠美さんの事件から間をおかずに再び失態を犯してしまったのです。

 

それでもまた彼らは知らんぷりを貫きました。県民の安全より面子が大事な佐賀県警。申し訳ないけれど、最後はそんな印象しか持てませんでした。

 

瑠美さんの死は警察のステップアップのための教材ではありません。塩塚記者が「寄り添うとは、背負うことだ」といった言葉が忘れられませんでした。

 

本書を読めばもっと警察の杜撰な動きを詳しく知ることができます。それにあわせて本当の意味での報道を諦めた記者たちの姿や、山本たちの幼稚さ、残酷さを目にすることにもなります。特に犯行の様子があらわになっているLINEでのやり取りや、録音された電話の内容を読むと、「こんなに酷い事件だったのか!」と衝撃を受けます。

 

唯一の救いが、この本の著者・塩塚さんのような報道マンが存在しているということ。取材班のみなさんには頭が下がる思いです。

 

最後に、この事件は佐賀県警が当たり前の任務をこなしていれば防げたことでした。瑠美さんは生きて自宅へ帰れました。少なくとも2歳の娘さんに「パパごめん、ママ守れんやった」と言わせずに済んだのです。どうか関係者には娘さんのこの言葉を重く受け止めてほしいです。瑠美さんを守るべきものは、誰だったのかを。

 

尚、本書の印税は遺されたこどもたちへ送られるそうです。

 

 

以上、『すくえた命 大宰府主婦暴行事件』のレビューでした。

 

 

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