今回ご紹介するのは、桐野夏生さんの『真珠とダイヤモンド』です。こちらは上下巻からなるバブル時代を描いた長編で、上巻が365ページ、下巻が282ページと、やや上巻が長めになっています。

 

主人公は福岡の証券会社で働くふたりの女性。ひとりは短大卒の小島佳那、もうひとりは高卒の伊東水矢子。貧しい家庭で育ったふたりは、入社早々から意気投合し、それぞれ2年後に上京を夢見ています。そんなふたりの間に割って入る大卒の同期、望月昭平は、慇懃無礼という言葉がお似合いの超上昇志向人間。あまりの空気の読めなさを理由に社員全体から嫌われていますが、本人はどこ吹く風。2年後には本社の国際部へ異動することを目標に、奮闘する日々を送っています。

 

「上京する」という同じ夢を持った3人は、やがて仲を深め、社内でも浮いた存在になっていき・・・

 

 

 

物語が始まる1986年は、私もまだ生まれておらず、バブル時代の話を聞くたびに現実離れしすぎていて信じられない気持ちでいます。学歴関係なくひょいっと銀行や証券会社に入社できたとは聞いていましたが、本当にそうなんですね。

 

佳那と水矢子は同期ですが、佳那は短大卒で一般外務員資格を持っているためフロントレディをしており、高卒で無資格の水矢子はお茶くみなどの雑用を任されています。同じ貧乏という境遇でありながらも、美人で仕事ができる佳那に憧れている水矢子は、それ故に女子社員や(仕事ができない男性社員)からいじめに遭っている佳那のことが気になって仕方がありません。

 

一方、嫌われ者の望月も、水矢子と同じ理由で佳那のことが気になっており、ある出来事をきっかけにふたりに近づいていきます。その結果、望月は佳那と付き合うことに成功し、水矢子は望月に佳那を奪われたような気持ちになってしまいます。

 

ただですね。個人的にこの物語を読んでいても、望月と佳那に男女としての魅力が全く感じられないのです。正確にいうと、この時代の彼らというべきなのか。えっ?こんな浮かれポンチのどこがいいの?いちいち感情的だし、勢いだけで生きている感じが不安定すぎて怖い。でも、こういう人がモテたのでしょうね。普通に生きているだけで真面目とか、堅物扱いされていた水矢子の方は、ある意味令和の若者に近かったのかも?

 

さて、いったいどうやって望月なんかが他人と付き合えたのかというと、ズバリそれはお金です。望月は悪い人と絡んだり、悪いことを堂々として、どんどん成績を上げ、あっという間に福岡支店のエースになります。佳那はそんな望月とビジネスパートナーとして一緒に上へ行きたい気持ちでしたが、望月が念願の国際部への栄転が決まると結婚を申し込まれ、仕事を辞めるよう懇願されます。

 

仕事人間の佳那が家に入ってしまうことには、本人だけでなく水矢子を含む女子社員たちももったいなく思いますが、佳那は泣く泣く主婦になり東京へいってしまいます。

 

同じ頃、東京の大学を受験した水矢子は、第三志望の女子大しか受からず、年下で裕福な家庭出身の同級生とも気が合わず退学を考えていました。安い風呂なし共同トイレつきのアパートでは、上の住人からストーカー被害に遭い、引っ越しを考えているものの、費用がありません。佳那に相談しようと連絡しますが、上京してからさらに景気の良い望月家は、お金に翻弄されるかのように都会の町で遊びつくしているため、話す機会がつくれない状況です。

 

イヤな予感がしますよね。そうなんですよ。上京した佳那は風のはやさで東京とお金に溺れ、今ではブランド物を買いあさり、ホスト狂いになっています。ここまではもう言葉そのまま”あっという間”でした。

 

しかし、そんな生活は長く続きません。バブルには陰りが見え始め、これまで散々悪いことをして儲けてきた望月もヤクザ相手に大損をさせてしまい窮地に陥ります。

 

下巻の終盤は悲惨なくらい望月夫婦の転落が描かれており、最後は「あぁ、そうなってしまうのか」というかなしい展開になっています。それでは堅実に生きた水矢子は助かったのか?報われたのか?というと、最初はそのように見えたのですが、母親の死をきっかけにこれまで築き上げてきたものが崩壊していきます。その時、読者の頭の中には、水矢子が以前、ある男性から「すごく硬いダイヤモンドのような人ですね。でも、全然輝いていないから、一生輝かないダイヤモンドかもしれない」と言われたシーンが過るはずです。

 

なかなか辛辣な台詞ですよね。つまり水矢子は硬度が高くて自分を絶対に曲げないし、変わらない。つまらない女だから輝かないと言われたのです。実際、バブル崩壊後の水矢子の人生は輝くことなく終わります。学歴も資格もない借金持ちの女が、これから就職氷河期をひとりで生き抜かなければならないのですから。愛する佳那まで失った水矢子に残されたのはお酒だけ。アルコール依存症の母親を見て、あれほど憎んでいたお酒だけが、水矢子の唯一の生きがいとなっていくのです。

 

バブル崩壊。それはお金だけではなく、愛情も、友情も、家族も、信頼関係も、何もかもすべてが泡のように弾けてしまう、欲のなれはてを描いたものでした。

 

「証券会社は男の世界ばい。女の出る幕はなかとよ」

 

証券会社勤務時代、誰よりも仕事熱心だった佳那の先を塞いだこの言葉。その後、主婦になり、夫の帰りを待つだけの生活に耐えきれず買い物依存症になっていった佳那。しかし望月の本音は、こんな危険な世界に佳那を置いてはおけない、離さなければならないというおもいがあったようです。

 

「それが、うちにはつまらんかった。ばってん、昭ちゃんな、そげんしてうちば守っとったんだって。掌中の珠や、言うて」

 

バブル、フィーバー、ドリーム、フェイク、狂騒と絶頂、虚飾の果て。

 

お金はありすぎても人間を狂わせ、不幸へと導くようです。バブル世代も、そうではない世代も、こんな時代と人々がいたということを知れる一冊なので、興味のある方は読んでみてください。特に下巻のスピード感はオススメです。

 

 

以上、『真珠とダイヤモンド』のレビューでした!

 

 

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