今回ご紹介するのは、地方都市で青春を過ごした8人の女性が主人公となる連作短編小説です。

 

舞台は「田舎」といっても一応「地方都市」なので、ほんとうに田畑しかないようなド田舎ではありません。あくまでも「地方」という田舎の中の、そこそこ発展した場所に登場人物たちは暮らしています。なので正真正銘☆ド田舎出身の私からすると、彼らは恵まれているように思え、何が不満なんじゃ~!!という気がしないでもナイ。といいつつも、地方出身者が東京に憧れる気持ちはよくわかるので、とりあえず田舎者には何かしら共感できる一冊かと思います。

 

 

 

まずどの話にも「椎名くん」という男性が登場します。この椎名くんというのは、俗にいうクラスカーストの最上位に君臨する陽キャ男子のことで、小さな田舎村の女子の大半は彼のことが好きだった、というような存在です。ほら、小中高時代って学年にいる2、3人人の男子しかモテないじゃないですか。今思うと残酷だなと思いますが、あの頃の女子が好きになる男子はおそろしく限定的。そんな選ばれし者のひとりにいたのが椎名くんです。

 

一方、女性陣は多種多様。都会からUターンした30歳、結婚相談所に駆け込む親友同士、売れ残りの男友達としぶしぶ遊ぶ23歳、都会での一人暮らしに憧れる少女など。

 

かなしいかな。彼女たちは皆、学生時代のエース椎名くんの幻想をいくつになっても抱いています。たとえば『私たちがすごかった栄光の話』に登場する「私」は、念願の上京からのUターン組。田舎には相変わらず居場所がなく、そんな彼女の心を支えているのは、学生時代に一度だけ学年のエース椎名と(奇跡的に)遊んだ思い出だけ。それは当時の親友サツキも同じだったらしく、ふたりは久しぶりに椎名に連絡を取ります。しかし、再会した椎名に「あの日」のことを語ったら、彼は何も憶えておらず、あれはふたりにとってだけの青春エピソードだったことを突きつけられます。そして「私」は思います。いつまでもこじらせているのは自分だけ。椎名は既にパパになり、ちゃんとした、普通の、何もこじらせていない大人になっていた、と。あぁ今でも地元サイコー!なんだなぁと。「私」のこの気持ち、地元でリア充だったヤツにはわかんないだろうなぁと思ったのでした。

 

『やがて哀しき女の子』という話には、あかねという美少女が登場します。あかねは田舎にいると目立つ容姿だったため、芸能界を目指し、見事デビューしますが、売れたのは十代まででその後はパッとしませんでした。都会には美女なんて腐るほどいる!何も特別じゃない!そう思ったあかねは潔く田舎に帰りますが、地元の同級生はほとんど結婚しており、独身は肩身が狭い状態。そこであかねはバイト先で仲良くなった南と婚活を始め、ソッコー旦那をゲットします。一方、南の婚活は上手くいかず、結婚してからすっかり変わってしまったあかねを残念に思います。実は南はあかねがモデルをしていた時代の大ファンで、当時「結婚願望はない!旦那や家事にしばられる人生は死んでもイヤ」と生意気な口調で語っていたあかねに憧れていたのです。あの時のあかねが南にとってどれだけ特別だったか。なのに、あの少女はどこへ行ってしまったの?今では結婚して妻になり、月並みな女になったあかねを見て、女はみんな、誰だって、やがてはこんなふうになること、結局は同じ一本の道しかないこと、なりたくないと言っていたものになることを、どうしようもなく実感してしまいます。

 

切ない・・。しかし、最終的に南はあかねの紹介で出会った椎名と結婚します(笑)

 

 

他の主人公たちもくすぶっている子ばかり。今の場所から誰かどこかへ連れて行って~!!という感じ。なのに自分が退屈している場所できちんと花を咲かせている人もいるんですね。そう、椎名みたいに。青春時代を地元で謳歌し、地元サイコーな人種にとっては東京なんて必要ありません。むしろこの手のタイプは安全地帯から出てしまった方がまずい。そんなところに行ったら人間関係を一からやり直さなければならないし、きっと限定的な場所でしか通用しなかったコミュ力もそこでは無力。だから地元で就職し、昔馴染みのいつメンとつるんでいた方が幸せです。もう一生そこでワイワイしていれば、ずっとリア充でいられるから。

 

逆に地元でリア充になれなかった人は都会に居場所を探します。しかし、ここで地獄なのは、結局地元で生きる道を選んでしまった人。一度都会に出ても、田舎帝国に戻ってくると価値の基準がまた椎名になってしまいます。もう全然ふつうで大したことはないのに、素晴らしく魅力的に感じてしまうのが椎名くんなのです。

 

椎名の凄いところは、彼を好いた女性たちが何年経っても「椎名くんは良かったなぁ」とキレイな思い出として残しているところ。『十六歳はセックスの齢』に登場した薫は、憧れの椎名くんとは恥ずかしすぎて絶対に付き合えないけれど、何年経っても彼だけは特別な男の子だと思っています。若い頃あっさり適当な男と処女を捨てた友人に対し、薫は椎名くんの幻想に憑りつかれ、彼の夢を見るため眠り姫になってしまいます。そして大人になってもずっと椎名くん♡でいます。当の椎名くんは『アメリカ人とリセエンヌ』という話で、外国人留学生をクラブでナンパして手を出そうとしたけれどお相手の声がセクシーを通り越し凄すぎてドン引きして中断、それを男友達とネタにして爆笑するというちゃんとしたクズなのに、です。

 

そうそう、この外国人はブレンダというのですが、彼女はアメリカの田舎町出身で、陰キャのバージンという設定。なのに椎名は金髪のアメリカ人というだけで性に開放的な女性だと思ったようです。ブレンダは真剣に自分の性格やアメリカでくすぶっていたことに悩んでいたのに!そんなブレンダが日本で仲良くしていたのが、島出身の「わたし」。「わたし」はブレンダと似た者同士で、くすぶっていたのですが、ブレンダの帰国と同時に虚無感に襲われ、「もしわたしがアメリカ人だったら女優になっていて~」というひどい妄想をするようになります。

 

でも、なんかコレがわかるんです。こういう妄想するよな、って。絶対にありえないんだけれど、現状に満足がいかないときほど、どうしようもない壮大な妄想をしてしまう気持ち。

 

また、妙に「そういうことだったのか!」と納得したのが、たまーによくある学生時代そんなに仲良くなかったのにいつの間にかカップル的なものになった陽キャ組。あれは椎名のような中心的人物によって成り立っていたグループが、椎名の脱退により空中分解して、そのかわりに残った者同士がつるみ出すうちに、そういう関係になってしまうんですね。別に好きじゃないけれど遊ぶ相手が他にいないから・・みたいな。納得です。

 

おっと、またしゃべりすぎてしまいました。いわゆる「椎名くん」的男子を好きにならなかった私にはすべてが新鮮で面白かったです。地元嫌いなのに、そのシンボル的な椎名くんのことは好きなんだーっと。私だったら絶対イヤだな。地元がイヤなら椎名くんも無理。

 

こんなところ、田舎とは言えねーというお怒りのレビューも見ましたが、コメリやアピタがあるあたりから新潟市ではないかと思われます。西松屋、イオン、洋服の青山の並びとかもね。新潟っぽい。

 

本書はおそらく、わかる人には共感しかない本だと思います。

 

そうでじゃない方は幸せです。そのまま生きてください。

 

くすぶりっ子はぜひ同族を見て、「わたしだけじゃない」と勇気をもらいましょう。

 

みなさんに幸あれ。

 

 

以上、『ここは退屈迎えに来て』のレビューでした!

 

 

 

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