今回ご紹介するのは、山内マリコさん「あのこは貴族」です。

 

こちらは東京に住むお金持ちの狭~い世界を描いた物語になります。閉塞的な田舎の居心地の悪さや貧乏人の苦労話といったテーマはよく見かけますが、上級国民の狭い世界を扱った物語はちょっと新鮮。

 

主人公は東京生まれ、東京育ちの(とりわけその中心の階層出身)華子と地方出身で経済的事情により慶應を中退した美紀。箱入り娘VS雑草女子がひとりのお坊ちゃまを巡って恋をし、悩み、たくましくなっていく成長譚です。

 

 

<あらすじ>

地方生まれの美紀と東京生まれの華子。アラサー女子たちの葛藤と成長を描く、山内マリコの傑作長編!

「苦労してないって、人としてダメですよね」――東京生まれの箱入り娘、華子。「自分は、彼らの世界からあまりにも遠い、辺鄙な場所に生まれ、ただわけもわからず上京してきた、愚かでなにも持たない、まったくの部外者なのだ」――地方生まれ東京在住OL、美紀。

東京生まれの華子は、箱入り娘として何不自由なく育てられたが、20代後半で恋人に振られ、初めて人生の岐路に立たされてしまう。名門女子校の同級生が次々に結婚するなか、焦ってお見合いを重ねた末に、ハンサムな弁護士「青木幸一郎」と出会う。
 

一方、東京で働く美紀は地方生まれの上京組。猛勉強の末に慶應大学に入るも金欠で中退し、一時は夜の世界も経験した。32歳で恋人ナシ、腐れ縁の「幸一郎」とのダラダラした関係に悩み中。境遇が全く違って出会うはずのなかったふたりの女。同じ男をきっかけに彼女たちが巡り合うとき、それぞれ思いもよらない世界が拓けて――。

結婚をめぐる女たちの葛藤と解放を描く、渾身の長編小説。

 

 

 

 

<感想>

東京育ちの上級国民、華子。地方出身の平民、美紀。私は美紀サイドの人間なのに共感するのは華子のほうというのが何とも不思議な一冊でした。

 

二人は青木幸一郎という高スペックの男(先祖代々からスーパー金持ち、上級国民、身内に政界進出者アリ、本人は幼稚舎から慶應、現在弁護士)と男女の関係にあります。

 

結婚願望が強かった華子は26歳の時、お付き合いしていた彼からフラれてしまいます。その後、何度も何度も苦しいお見合いを重ね、ようやく出会えた理想の彼が幸一郎。家柄、容姿、学歴、職業共に華子(の家)とちょうどいい二人はとんとん拍子で結婚へとゴールインしていきます。

 

一方、美紀のほうもかれこれ十年ほど幸一郎と関係が続いています。二人は大学の同級生でしたが、美紀が中退した後に働いていた夜のお店に幸一郎がやって来たことから秘密の交際(?)がスタートしました。実は美紀も幸一郎と結婚したい気持ちはありました。ただ、彼とはあまりにも生きている世界が違いすぎるため、自分のような人間は本命候補にすら入れていないと諦めも持っていました。

 

この物語、まず美紀の慶應時代のエピソードが最高に面白いんです。生まれながらの貴族である内部生とちょっと平民も混じっている外部生。美紀は入学時からずっと内部生と外部生の間には見えない壁があると思っていました。

 

遊びのスケール、お金のスケール、交友関係すべての格が違う。まあ、実際は美紀が想像しているよりもそこには圧倒的な差があったのですが、当の彼らは美紀の世界なんぞ見たこともないし、知る機会さえもありません。というか彼らは自分たちの世界が普通だと思っている。

 

私は美紀のような思いをしている先輩の話を聞いていたので、お金持ちが集結する私大には絶対に行けない!と思って進路を考えていました。

 

東京の人が東京以外に興味関心がない理由も何となくわかりました。「興味関心がない」んじゃなくて、「知る必要がそんなにない」んですよね。東京人といっても、多くは地方出身者ですが、根っからの東京人はちょっと感覚が違うな・・という経験は私にもあります。何というか東京の「普通」がベースになって話すけれど、実は東京だけ「異質」というのが正しいような・・と思ったり。

 

昔はよくファッション雑誌で寒さよりもおしゃれ優先!とか言ってたミニスカ&キャミソール+毛皮+8㎝ヒールのモデルがいたなー。真冬に。あれマイナスの世界でやれる?豪雪地帯でやれる?っていうのと、雑誌の世界でいう冬とはあくまでも東京基準なんだなーと思ったり。

 

それでもこの物語を読んで切なくなるのは、上京して東京を自力で生きる美紀よりも東京しか知らないお嬢様の華子のほうなんですよね。

 

ああ、日本は格差社会なんじゃなくて、昔からずっと変わらず階級社会だったんだ。つまり歴史の教科書に出てくるような日本を動かした人物の子孫は、いまも同じ場所に集結して、そこを我が物顔で牛耳っているのだ。

 

(略)

 

世の中がこんなにも狭い人間関係で回っていることは、自分のような庶民には実に巧妙に隠されているように美紀には思えた。

 

(略)

 

中からは、わからないのだ。ずっと中にいるから、彼らは知らないのだ。気づいていないのだ。そこがどれだけ閉ざされた場所なのか。そこがどれほど恐ろしくクローズドなコミュニティであるかは、中にいる人には自覚する術がないのだ。なーんか地元に帰ったみたい。美紀は思った。

P229

 

そうなんです。結局上級社会が”狭い”のは田舎と同じなんですよね。中学時代から変わらない人間関係も、狭すぎる移動範囲と行動様式も、親をトレースしたような再生産ぶりも、超保守的思考も、何十年も同じ場所に棲み付くことも全部田舎と同じ。そう考えると、自分の足で色んな場所に向かい、自分の考えを持って生きるって田舎でも都会でも難しいし、それができる人の凄さを改めて貴重に感じますね。

 

華子は婚活を通して初めて自力で何かをするという経験をしました。それまでは誰かに守ってもらうのが当たり前で、でもそんなことを自覚する機会もない世界に生きていました。学歴も職歴もすべてエスカレート式に親が用意してくれた道を歩いただけの華子にとって、「頼る」以外の生き方を知らないことはコンプレックスでもありました。だからこそ女には結婚しかないとも思っていて・・・

 

しかし恋愛においても、今まで何でもしてもらって当たり前の華子には自主性が薄く、大事に育てられたがゆえ、大事にされないことに人一倍傷つきます。また、生まれながらに愛を享受できたため、自分から乞うことなど惨めな行為と思えてしまい・・・

 

恋愛においての不器用さは華子のほうに共感できて、美紀のほうに遠さを感じましたね。こどちらかと言えば美紀の恋愛スタイルのほうがぶっ飛んでる(笑)でもこの二人、タイプも生い立ちも全然違いますが、どちらも「いい女」なんですよね。

 

正直、この本のテーマは階級がどうのこうのっていうより、女社会がメインです。女同士を分断させるのではなく、困ったときは女同士で助け合って生きていこうというメッセージがあるのだと思います。現に華子と美紀の関係にはそう見えるシーンがありました。

 

世の中にはね、女同士を分断する価値観みたいなものが、あまりにも普通にまかり通ってて、しかも実は、誰よりも女の子自身が、そういう考え方に染まっちゃってるの。だから女の敵は女だって、みんな訳知り顔で言ったりするんだよ。若い女の子とおばさんは分断されてる。専業主婦と働く女性は、対立するように仕向けられる。(略)男の人はみんな無意識に、女を分断するようなことばかり言う。(略)もしかしたら男の人って、女同士に、あんまり仲良くしてほしくないのかもしれないね。P206~207

 

幸一郎も女癖が悪いばかりに女同士を分断させようと(無意識)している張本人。しかし華子も美紀もおバカじゃないし、洗練されているので、バトルにはならずに義理を結ぶことができたんですよね。ここのところはとても面白かったです。

 

本書は始まりと終わり方が私のお気に入りです。冒頭は華子がタクシーに乗るシーン、締めは美紀がタクシーに乗るシーンになっているのですが、おそらくこの時のドライバーは同じ人。でもドライバーのおっちゃんが話しかけた時の二人の接し方、感じ方が全然違うのが見どころです。

 

タクシードライバーって数ある職業の中で気軽に馬鹿にしたり、文句を言ってもいい雰囲気ができていてちょっとかわいそうなところがありますよね(個人的には美容師の営業トークのほうが苦手です)ここでもまたそんな流れなのかなーと思いきや、そうではない仕上げになっていたのはよかったです。

 

世の中には結構、勝手に「こうしていい」とか「こういうものだ」という偏見が分断や差別のために蔓延しているのだなと思います。本書はそんなことにそれとなく気づかせてくれる一冊でもあったかな。スタートラインは違っても目指すところはみんな一緒という言葉がしっくりきますね。

 

とりあえず貴族のお話というよりは、女性へのエールだとか世間の言葉に惑わされず自分を生きていこうぜ!というお話だということで理解しました。

 

違う世界を見ると視野が広がるのは本当!困ったときこそ真逆な人と話したいものですね!

 

以上、「あの子は貴族」のレビューでした。