今回ご紹介するのは多崎礼さんの『レーエンデ国物語 月と太陽』です。

 

こちらは大人気ファンタジー小説『レーエンデ国物語』の第2巻になります。まだ1巻を読まれていない方は、先に『レーエンデ国物語①』をご覧ください。順番は絶対です!

 

 

 

 

以下のレビューには一巻のネタバレが含まれているのでご注意ください

 

 

 

前回までのあらすじ

 

1巻のネタバレになりますが、まずはこれまでのおさらいをします。この物語の舞台は聖イジョルニ帝国という大きな国です。

 

 

地図手前の法皇庁領をはじめとした南方六州、ゴーシュ、ロベルノ、アルモニア、エリシオン、ナダと、地図奥にある北方七州、シュライヴァ、マルモア、レイム、ツィン、オール、フェルゼ、グラソンは同じ聖イジョルニ帝国に属しますが、ちょうど南北の中心にあるレーエンデ地方をめぐり一部が対立します。

 

戦の発端は当時の法皇アルゴ三世。彼は圧倒的な戦力をもってレーエンデを法皇庁領に合併し、自らも国政の中心をレーエンデのノイエレニエに移します。あっという間に帝国軍から自治権を剥奪され、支配されることになったレーエンデ人。しかし、そんな彼らを救うために立ち上がったのがシュライヴァ出身のヘクトルとその娘のユリア、そしてウル族出身のトリスタンでした。

 

1巻ではヘクトルの願いは虚しく、レーエンデは帝国軍に奪われてしまうのですが、そのかわりにユリアが『北イジョルニ合州国(北方七州)』をつくり、帝国から独立します。

 

そもそもアルゴ三世がレーエンデの地にこだわった理由は、聖イジョルニ帝国の祖ライヒ・イジョルニが書き残した預言書にあります。そこには「聖女ユリアが(レーエンデにある)レーニエ湖の孤島で神の御子を産む」という予言が書かれており、その御子には奇跡の力があり、法皇の願いを叶えてくれるというようなことが書かれていたのです。それだけでなく神の御子はレーエンデでしか生きられないことも書いてあり―

 

長くなりましたが、このような複雑な理由が絡み合って国は『聖イジョルニ帝国』と『北イジョルニ合州国』にわかれ対立することになります。1巻ではレーエンデが聖イジョルニ帝国に奪われたまま終わり、主要人物はすべて亡くなってしまいます。

 

 

 

100年後

 

ここからはいよいよ2巻のあらすじになります。今回はユリアたちの死から100年くらい経った時代の物語で、主人公は名家の少年ルチアーノと、ダール村で暮らす怪力少女テッサが引き継ぎます。

 

ルチアーノは何者かに屋敷を襲撃され、ひとりレーエンデ東部の村まで逃げて来ます。その際、彼の家族を殺した人物から「命は救ってやるからこれまでのことは全て忘れ、別人として生きろ」と言われます。そんな彼を助けて、新しい家族として迎えてくれたのがテッサでした。テッサは村一番の怪力で、その力は男以上。おかげで誰からも女扱いされず、村の男からは結婚できないとからかわれています。しかし親しい人たちが知るテッサは、他人であるルチアーノのことを本当の弟のように育て、守ってくれる心優しい女性でした。

 

身分を捨て新たに「ルーチェ」となったルチアーノは、そんなテッサに返しきれない恩と深い愛情を抱くようになります。ついにはテッサにプロポーズまでしてしまうのですが・・・。

 

悲しいことにダール村での生活は長く続きません。この時代のレーエンデはさらに酷い帝国支配を受けており、民たちは国から自由を奪われていました。ある日、帝国軍に三人の兵を差し出すように言われたダール村は、話し合いで戦地に向かう者を決めることにします。家族を置いて死ぬことができない村人たちが多い中、正義感の強いテッサは自ら手を挙げ志願します。さすがにテッサを行かせるわけにはいかないと村人は反対しますが、結局テッサの意思を尊重し兵へ送り出します。

 

こうしてテッサはルーチェと結婚の約束をしたまま他二人の仲間を引き連れ、徴兵されていくのですが―

 

 

 

残酷すぎる展開

 

ここからは地獄の読書になります。なぜならバッドエンド確定で読むことになるからです。もうね、なかなか希望が見えないのです。法皇までの壁が高すぎて、頑丈すぎて。

 

まだこの時点でテッサは帝国軍として北イジョルニ合州国と戦争しています。悲しいですよね。もとはレーエンデの解放を願って戦ってくれた国を相手に戦争をするのですから。しかしこの時代を生きるレーエンデ人はかつてヘクトル・シュライヴァたちがレーエンデのために命を削ってくれたことすらわからずに”同志”を殺していきます。

 

時の流れというのは惨く、現代のレーエンデ人はすっかり支配された状態が当たり前だと思っています。教育を奪われてしまった彼らは文字の読み書きもできず、計算も苦手で、帝国の思うままに扱える奴隷に成り下がっているのです。そのため誰も「解放されたい」「自由になりたい」などと考えもせず、抵抗という概念すら忘れてしまっているようでした。

 

はじめはテッサも同じでしたが、ルーチェとの出会いによって「このままではいけない」と考えが変わります。しかし彼らがそんな意識を持ったとたん、帝国軍はまるで力の差を見せつけるようにダール村を破壊します。大好きな家族や村人を殺されたテッサは怒り狂い、ついにレーエンデを解放するための勇義軍を結成し、帝国軍と戦う決意をします。

 

 

 

無力

 

しかし、これまで帝国に飼いならされてきたレーエンデ人は無力に等しく・・。まずは軍隊をつくるにも訓練や武器の調達などが必要になり、やたらと時間がかかります。そもそも今さら帝国に歯向かう気などない人が多く、協力者を見つけるのすら一苦労です。大切な人が殺された経験がない人にとっては、できるだけ波風を立てずに生きたいというのが本音だったようで・・。

 

テッサの誤算はここでした。テッサはレーエンデ人の自由のためには、帝国と武力で戦うしかないと思い込んでいました。敵を殺し、勝利することこそがレーエンデの幸せ。そう勘違いしていたのです。

 

はじめは圧倒的に不利であった勇義軍も、テッサの怪力とルーチェの天才的な戦略のおかげで、どんどん優勢になっていきます。やがて二つあるうちの一つの城を陥落させた頃には、大量の入隊希望者が現れます。しかしテッサを待ち受けていたのは希望ではなく絶望でした。

 

新たな入隊希望者は勝ち馬乗り的な兵士ばかり。まるでおもちゃを与えられた子どものように武器を使い、殺戮や略奪を楽しみます。帝国側の中にも良い人はたくさんいたのに、戦争を始めたことで仲間を殺したり、殺された人で溢れ、地獄のような展開になっていきます。”結局、暴力で支配された者は暴力で返す”そう気づいたテッサは、自分が本当にしないといけないのは武力行為ではなく、話し合いによる解決を促すことだったと後悔します。

 

このような兵士は敵に足元をすくわれて当然。おししいエサをチラつかされたらあっという間に寝返ります。残念ながらレーエンデ人に本当の意味での自立や自由を理解してもらうには、もう少し時間を置く必要がありました。彼らにはまだ早かったのです。

 

 

 

まとめ

 

『レーエンデ物語』の面白さは、このバッドエンドが続くところです。そこにストレスを抱える読者も多いようですが、私は逆にどうしようもない「人生」の嘆きや、かけがえのない「人間」の存在を感じ、目が離せません。ふつうのファンタジー小説なら大切な仲間を失った苦難の末、英雄の登場で平和を取り戻し、ハッピーエンド!!と、いうパターンが多いですよね。ただ、現実の戦争とはそう上手くはいかないもの。一度始めたら、なかなか終わらないし、歴史とは強者によって塗り替えられていくものです。

 

1巻でも一番活躍したトリスタンの記録は残されずに終わり、聖イジョルニ帝国にとって都合の良い歴史だけが後世に伝えられました。2巻でも法皇は英雄の存在を思い出して立ち上がらる者が出ないようテッサを歴史から抹殺します。

 

とてもリアルだと思いませんか?戦争が勝者の歴史であることは現実が証明しています。ただ、そこから年月を経ていくうちに、歴史学者が考察し、新たなる事実や闇に葬られた真実がわかったりする。きっとレーエンデ国物語の未来もそうであるのではないかと思います。そしてどこかの時点でレーエンデ人が自尊心を取り戻してくれると信じています。

 

個人的には1巻よりも2巻の方が好みでした。亡くなってほしくない人が次々といなくなってしまって、ずっと苦しい。けれども無念の末に亡くなった戦士たちが未来の協力者に向けて、自分のおもいを色んなかたちで託しているところに鳥肌が立ちました。1巻に出てきたあの人が実はあんなところに手紙を残していて、それを2巻に出てくるあの人が見つける、みたいなことがあるのです。もう泣くしかありません。きっとテッサの無念も未来の誰かへ希望として届くはず・・!

 

レーエンデにはウル族、ティコ族、ノイエ族といった色んな民族が暮らしています。前作ではウル族がメインとなり、今作ではティコ族がメインとなっています。3つの民族は帝国支配に従うティコ族とノイエ族、支配を受けずに森の奥深くで隠れて生きることにしたウル族とで分かれ、なかなかレーエンデの心がひとつになれない状況です。

 

 

「帝国はレーエンデ人が団結することを恐れてる。あたし達が手を取り合って、帝国に立ち向かうことを恐れてる。だから連中はレーエンデ人同士に喧嘩をさせて、いがみ合うように仕向けてくる。帝国の思惑にはまっちゃいけない。支配されることに慣れちゃいけない。生まれた瞬間から息を引き取るまで、あたし達の人生はあたし達のものだ。命も矜持も魂も、すべてあたし達自身のものだ。誰かに売り渡しちゃいけない。誰にも譲っちゃいけない」P586

 

 

どうかテッサのこの言葉が未来のレーエンデ人に伝わりますように。絶望しかない!と言われる2巻ですが、よく読むと「これは期待していいのかな?」と思うような小さな希望もあるので、ぜひ探してみてください。

 

尚、このレビューはネタバレしているようで全然詳しいことは書いていないので安心してください。その証拠に登場人物はテッサとルーチェに留めていますが、この他にもたくさんの重要人物が登場し、彼らがたくさん物語を動かし、泣かせてくれます。興味のある方は1巻から順に読んでみてください。

 

 

以上、『レーエンデ国物語 月と太陽』のレビューでした!