今回ご紹介するのは、綿矢りささんの「亜美ちゃんは美人」です。実はこの物語は、綿矢さんの「かわいそうだね?」という本に収録されている作品になります。なのでレビューを読んで気になった方は、「亜美ちゃんは美人」ではなく、「かわいそうだね?」というタイトルの本をお求めください。
「亜美ちゃんは美人」は、女性なら誰もが通ってきた憎きルックス問題を描いた作品になっています。
言い方は悪いのですが、私は、完全にブス目線の話ではなく、美人目線の話というものに興味があって、この本を手に取ってみました。
というのも、これまた表現がいやらしいのですが、私は美男美女というカテゴリーの中には(稀に)とんでもないポンコツがいることを知っています。
後天的な美人や雰囲気イケメンといわれる類ではなく、生まれ持った美の持ち主。そこら辺を歩いているだけで、子供の頃からスカウトがかかりまくるような、華やかすぎてもはや同性から嫉妬の対象にもされない安全区域に君臨し、拝まれるレベルのほんまもんの美人。そういう人は自分が美しいことで特権を得ている自覚がないので、(だって生まれたときから周りが優しいからそれが普通)みんなには見えているサバイバルな世界戦がひとりだけ見えていなかったりするんです。
ブスは見た目だけでクリアできることがほとんどないので、それなりに弱肉強食です。友人関係を築くときも「あのかわいい子と仲良くなれば3年間上位グループに属せる」「あの体育会系女子と親しくしておけば陽キャになれる」などを計算して、群れのリーダーに媚びり、ゴマをすり、コミュ力と警戒心をアップさせていきます。
しかし、美人は下々の者がそんな努力の上、エセ友情ごっこをしているとは気づきません。最初から何の心配もなく、周囲が自分にひれ伏し、自動的にあなたとお近づきになりたい表示をしてくれるので、余裕です。勝手に上位グループに属する友達ができます。その地位も3年間揺らぎません。
そうすると美人はどうなるか?深い付き合いになるとわかります。実はフリートークがくそつまんない。だってこれまでの人生、周りがしゃべってくれて、ほめたたえてくれているのを聞いて笑っているだけで良かったし、むすっとしていても「大丈夫?」「私、いやなこと言っちゃった?」と気遣ってもらえ、いざ自分が話せばみんなが全肯定で聞いてくれたから。そう、トークスキルなんて必要ないと思っていた。
こんな感じで、大人になればなるほど薄っぺらい中身が露わになっていきます。
間違ってはいけないのが、彼女たちは決して性格が悪いわけではないこと。その容姿のおかげでイージーになっていた部分に自覚がないことで、周囲とのズレが生じているだけなんです。
というのが亜美ちゃんなんですね。お前いきなり何言ってんの?と驚かせたでしょうか。すみません、これが「亜美ちゃんは美人」の内容なんです。
亜美ちゃんには、さかきちゃんという高校時代からの大親友がいます。けれども、さかきちゃん(別に特別美人でもブスでもないけれど、亜美ちゃんといるとブスにされる普通にかわいい子)は亜美ちゃんが嫌いです。それでも仲良くしていたのは、その他の友達と同様「亜美ちゃんといれば上位グループにいられるから」。容姿以外に魅力がない亜美ちゃんとは、今後もズッ友でいるほどの価値を感じていなかったさかきちゃんは、亜美ちゃんとは別の大学に進学し、新たな人間関係構築に期待し―
のはずが、なぜか亜美ちゃんはさかきちゃんの大学に毎日のように現れ、同じサークルに入り、どこにでもついてくるようになります。亜美ちゃんはポンコツなので、飲み会でさかきちゃんが男性陣から亜美ちゃんの引き立て役として酷いことを言われていてもまったく気づきません。下心まるだしの男性陣のおだても全て否定することなく、ストレートに受け取ります。つまり色々なことがわかっていません。
そんな亜美ちゃんを見て、違和感を抱いた他の新入生たちは「この子と仲良くなるとさかきちゃんみたいな目に遭う!」と察して離れた席に移動します。
実は亜美ちゃんは一般的な女の子の気持ちがわからないことから、本来同性の友達ができるタイプではありませんでした。高校時代までは教室文化の名残りがあったので、クラスの女子たちはカースト上位の条件である”美女”にひれ伏すため、亜美ちゃんを相手にしていましたが、そんなこととは無縁の大学内では「個」のコミュ力が問われるため、美人だけでは問題をクリアできなくなっていたのです。
亜美ちゃん、受け身で当たり前のままで、周囲の気遣いにも気づけないままでは同性のお友達はできないよ。
しかし大学時代までは男関係は安泰、健在です。男は容姿さえ保てていれば勝手によってくるので問題なし。
こうして、さかきちゃんに寄生しながら大学を卒業し、社会人になった亜美ちゃんは、さかきちゃんなしの環境では上手く適応できずあっさり無職になってしまいます。同じころ、すっかり大人になった高校時代の友人たちとさかきちゃんは、それぞれ仕事や結婚、子育てなどどんどん次のステップへ踏み出していきます。
すると亜美ちゃん、今度は男運までなくなっていくんですね。大学時代まではそこそこいい男と付き合っていたのに、ここにきてチンピラみたいな男と結婚すると言い出します。もちろん全員が猛反対するのですが、亜美ちゃんは聞く耳なし。彼は初めて自分から好きになった相手だから絶対に別れないと言うのです。
思えば亜美ちゃんのこれまでの恋愛は、すべて男側からの猛アタックで始まりました。”行かなくても来る”が通常モードの恋愛ですから、亜美ちゃんは愛される恋愛しか知らず、愛する乙女の気持ちを知ることがなかったんですね。
ここで衝撃的なのは、亜美ちゃんが好きなさかきちゃんも、今の彼氏も、亜美ちゃんのことが全然好きではないことです。人に好かれて当たり前な亜美ちゃんにとって、このふたりは特別です。なぜならふたりとも亜美ちゃんのことを冷たく扱ってくれるから。
亜美は誰からも愛されるという究極のさびしさを知ってしまっている。亜美を愛するたくさんの人たちは、少なからず彼女に幻想を見ている。こうあってほしい、さすが亜美ちゃん、それでこそ亜美。みんな口々にそう言って、彼女の美しさや素直さを愛でて安心してきた。彼女は無意識のうちにその期待にこたえて息苦しくなっていった。P299
強い羨望、手に入れたい欲望。他人のそんな感情に、亜美はずっとさらされてきた。男女問わず、彼女はいつでも求められ、誰もが会いたがり、誰にとっても特別な存在だった。(略)ギリシャ神話のミダス王のように、触れるものすべてが黄金に変わるのなら、好意のない冷たい瞳こそが宝物になるのかもしれない。P230
亜美は亜美なりに苦労していたし、孤独だったのでしょうね。この孤独さは美男美女にしかわからないところがなんとも皮肉です。本書に登場する亜美研究家によると、絶望的にまで他人に興味がないところが亜美ちゃんの美を保つ秘訣でもあったそうです。彼女は恋をしない方が美しかった。チンピラに好かれようと努力したとたん、どうしようもない女に成り下がって見えてしまう!30歳を前に亜美ちゃんの美は燃え尽きようとしている。やばい!これから亜美ちゃんはどうなるの?これから世間を知っていくなんて厳しすぎる!
これが「亜美ちゃんは美人」なんです(二回目)
私の感想は、「ああ、美人も大変なのね。美人のポンコツはこういうふうに出来上がっていくのね」です。
やはり美人もブスも自分磨きは怠るな、ということでしょうか。
美人でも自分にほどよく自信がなくて、下々の者の気持ちがわかる人は素晴らしいと思いますね。結局、容姿関係なく他人の痛みをわかる人間はどこにいっても好かれるのでは?
ひとつだけ言えるのは、大人になるほど自分のダメダメな部分を指摘できるのは自分しかいないし、肯定する力をくれるのは他人なんですよね。
勉強になりました。
ちなみに、メインの「かわいそうだね?」は、アメリカ育ちの彼氏が元カノと同居しているといった物語です。無職で就活中の元カノが内定を貰うまで元カレの部屋に棲み付くというトンデモ展開なんですが、ラストの今カノVS元カノのバトルが面白すぎるのでこちらも必見です。
多分、爆笑するので電車の中では読まない方がいいです。
私は言いましたよ?
それでもやらかしてしまったアナタに一言。
かわいそうだね?
以上、「亜美ちゃんは美人」のレビューでした!
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