星 I Am That Am. お月様

こんにちは。YOSHIKAです。流れ星

 

3月です。暦上も春になりました!立ち上がるスタークラッカー

。。。と言いたいところですが、何かやっぱりまた少し寒くなってます。私もすこーし風邪気味なのを察しまして葛根湯を摂りました。笑

皆さんも体調管理くれぐれもお気をつけくださいね。


何か最近風邪気味なのもあり、ちょっと旅の神様ゴトからは少しだけ離れて頭の中のこと整理してます。。。マジでちょっとしんどかったので。笑 多分スローダウンしろ、ってところもあったのかもしれません。

まだ京田辺での一休寺とか酒屋神社に甘南備山登ったこととかもご報告出来てないですよね。そうそう、私甘南備山でイタチ見たんですよ。また!爆笑(今回は流石に画像には残せませんでしたが。。。残念。).

時間見つけてシェアできるよう頑張りますのでどうぞ気長にお待ちくださいませ。


。。。で、今回はですね、またいつものように気分転換にブラブラしててテンション上がるものを見つけてしまったので、そちらを先にご紹介しますね。ウインク

 

今日は,この間またてくてくと京都の伏見区を歩いていて、またヤドリギを見つけてしまったので、(それもたーくさん!)早速シェアさせていただきますね。

 

まずこちらは伏見の濠川(ごうがわ、ほりかわ)のそばの金井戸神社(三栖神社の御旅所)の境内にて。

こちらの神社はもう何度か通りすがりにお参りしてたんですが、今回初めてヤドリギに気がついてしまいました!目ビックリマークちょうどいつものピカ〜っていう太陽の光が見えたんです。だから、クルッとそれに向かって振り向くタイミングで、一緒に彩雲とヤドリギに気づいてしまった,というわけです。照れキラキラ

こちらは金井戸神社を後にして、「おや?川の向こう側にもヤドリギあるじゃ〜ないか。」と見てたら、「あらあら、あれもあれも全部ヤドリギじゃ〜ないか!」ってことになりまして。ニコニコ

伏見港、出会い橋の近くです。


ヤドリギが生えてるの、樫の木だと思うんですが。(違ってたらすみません。)桜にも寄生する,っていうのは前回の時調べて知ってましたが、タネは根を張りにくいのか、一本にはつきヤドリギは数個だけで、そんなに沢山はついてなかったです。

 

小鳥のフンで種が運ばれて枝に引っかかって根付くということなので,場所が固まる,っていうのはわかりますよね。


見てください。名付けて、ヤドリギストリート!


このまんまるのヤドリギは桜の木に寄生してるものなんですが、紅梅の花と重なって,クリスマスの飾りみたいになってました。おねがいキラキラ


これがヤドリギ。何とか触りたいなーって思って見てたんですが、ヤドリギって基本上手い具合に人間の手に届かないところに生えてまして、あそこは届く!って思っても私なんて背が低いのでジャンプしてもダメで、最後は50のおばさんが川の遊歩道の斜面えいっ!ってのぼってこれ写しました。


何か木でもない、草でもない。。。って感じの不思議な植物です。ね。にやり


ヤドリギって本当に木から生えてるみたいに伸びてます。


ヤドリギの実も見つけてしまいました。色は白っぽかったです。日本のヤドリギの実は黄色とかオレンジ色だということなんでこれは外来の種でしょうか?

白い実は


ほぼまんまるのヤドリギと月。(2/28の月です。)

(そう言えば皆さんは、3/3の皆既月食見れましたか?京都は残念ながら雨で見れなかったんですよ。)


今回またヤドリギをネットで見ていて、おもしろいヤドリギの記事を見つけましたよ。


ホントにヤドリギって神の儀式に使われたりと、神聖かつパワフルな植物として見られてきたんですね。


後ね、まだ日本では認定されてないそうですが、ヤドリギって癌治療の薬にもなるそうで、免疫を強くするっていうことが確認されているそうです。


ところで、皆さん、この間シェアさせていただいたヤドリギの言霊,使っていただけてますか?照れ

いろんな神聖な意味を持つヤドリギ。言霊としてもちゃんと届けたい場所,存在に届くと思いますよ。

ヤドリギについては、まだもう少しキチンと調べてみる価値ありそうです。口笛音譜


ご興味ある方はどうぞご覧ください。

大地の軛(くびき)から解き放たれた神聖な宇宙樹・ヤドリギとクリスマスの浅からぬ関係とは?(季節・暮らしの話題 2016年12月24日) - 日本気象協会 tenki.jp


許します!ありがとう!感謝します!嬉しい!楽しい!大好き!愛してる!よかった〜!幸せ〜!ついてる〜!

そして私は決断する!!真顔キラキラ

 

それではまた〜UMAくん音譜

 

YOSHIKA流れ星

星 I Am That Am. お月様

おはようございます。YOSHIKAです。流れ星

 

京都はここ数日じめじめとしたお天気が続いてますが、皆様いかがお過ごしですか?

 

前回は『神功皇后とかぐや姫と月と竹と。。。』Part 2をお送りしました。京田辺が隼人の人々からの月神信仰があり、月読命=月と深いかかわりがある土地であるという理由がある程度は伝わったのではないでしょうか?

 

え~。。。今の私の状態は。。。と言いますと、あまりに一気にいろんな情報が繋がってしまって、自分の中で消化しきれずちょっとしんどいです。もう数年前から時々見ていた夢で、「この夢と何年前のあの夢は繋がってるんだろうけど全然意味がわからん!にっこりはてなマーク」とかってスルーしていたものまでが神功皇后関係に繋がり、「ドンッそういうことか。。。真顔」と。。。私が思っていた以上にこの世は3次元の世界でも不思議なことであふれかえっていた。。。ってかんじでしょうか。。。チーン。。。

 

実は神功皇后ゆかりの神社へ行く,っていうので京田辺が出てきた時、私がモタモタしてると、「早く行くように!」っていうのがあったんですよ。で、結局行ってみると思った以上に色んなことが一気に繋がりまして今のような状態になってる訳ですが、たぶん私がこの旅をいったん終える前に。。。というか次のスポットへ行く前に分かっておかなければならないことがあった、ってことだろうと思います。神様同士の関係性とか。。。神功皇后のルーツとか。。。いかに今まで表面的な情報しか見ていなかったかがこの旅でホントよくわかりました。にっこり汗

 

大袈裟でも何でもなく、かぐや姫のおかげで神功皇后のことがより良く理解できるようになった、という感じです。笑 かぐや姫のお陰でその時代背景のこととか興味を持って、私の中から消えかかってた歴史上の人物の名前とかが次々と出てきて、この人ここでこの人とつながってたん?って今頃になって分かったり。。。と日々学習してます。笑

 

そういう部分の理解ってやっぱりエネルギー的にみた時に結構大切になってくるんですね。

日本は特に陰と陽のエネルギーが神様同士の間でも結構はっきりしてるじゃないですか。。。と言うか、もちろんそういうエネルギー自体は存在はしているんですよ。でも個々とされている日本の神々とか、それぞれ既に陰と陽のバランスが取れている存在でありながらも、天津神と国津神とかに分けられていることによって陰として陽としての役割分担というか、そんな感じに振り分けられてる、それぞれが自分の役割を担ってる、って言うほうが正しいような気がします。

 

でも、たぶんそれが時を経て、陰と陽のバランス、っていうのがくずれたりすることがあるんですよね。人間とか外的な要素が大きいと思いますが。昔でいうと、天照大神の岩戸開きの話とか正にそれで、そのバランスをとるのが大切になってきます。例えば“正義”っていうものが存在するとして、何をもって正義とみなすか、ってところは人それぞれだったりするわけで、責任を持ち愛する人々を守ることを優先するのが正義だと主張する人もいれば、自分を大切にすることを優先するのが正義だと主張する人もいたりするかもしれません。その時その時その状況を理解しエネルギーをよく見てみないと、どちらが正しくて、どちらに非があるかっていうのを判断するのが難しかったりしますよね。時にはどちらもそれぞれ正しいところもあり間違っている部分もあるって時も私はありうると思います。その判断の難しさが今までの人間の歴史や政治の世界、未だ戦争が無くならない、っていうところにも顕著に表れているのではないでしょうか。

 

。。。で、私が今神功皇后とのご縁で、いろいろアドバイスなどをいただいて神社を巡っている中で、分かったのは、神功皇后という存在やエネルギーは彼女の天命として生き方を通じて、この国の陰と陽のバランスを一生懸命とっていた。。。ってことなんです。実際エネルギー的には神功皇后だけではなく、他の主要な日本の神様達や、様々な八百万の神様達と一緒にやってきた、っていうところだとは思います。岩戸開きの時も沢山の神様があれやこれや祝詞唱えたり裸踊りしたりと頑張って天照大神を引っ張りだそうとしましたよね。あれとエネルギー的にやってることは同じです。

 

神功皇后もそうして御神託に従い神社とか作りながら国のエネルギー調整をしてた、ってことです。でも、御神託に従ってやってたにしろ、多分彼女自身も何をやっているかちゃんと理解して分かってたと思います。

 

で、没後も神として祀られ、今や八幡系の神社は日本で一番多い神社系列ですよね。その役割は変わっていない。。。“はず”なんです。でも、人間ってホント自分本位な生き物ですから、例えば八幡神をとって考えてみても基本武神で、勝負運、仕事運、とかハッキリとした勝ち!白黒の白!っていう自分達に都合のいいご利益ばかりにフォーカスしてしまいがちなわけです。今日八幡さんお参りして、"戦わずして勝つ!"なんて言ってるとこなんて私まだ見たことないです。ニヤニヤ笑 

 

私もその言葉を鞍馬でいただいた時も、誰が誰のことを言ってて何で私に言ってくるのか、ってことすらも分からなかったぐらいですからね。

 

つまり,二極化が進み、あたかもそれが人間社会の当然の流れであるかのようになってきてたわけです。正義が勝つ、ヒーローが悪者をやっつける!それで一件落着!スッキリ!っていうふうにはもう行かない場合があることを隠せなくなってきた、ってことですね。ヒットしてるアニメとか映画とか見てもそういう部分をうま〜くクリエイティブに表現してるもの、多いでしょう?ウインク

 

この間、有馬の湯泉神社の弁財天をお参りしてた時、以前私に話しかけてきた、"サラスバティ"(自分のことを弁財天とは言わない多分海外のスピリット)と繋がって、彼女が「私達(弁財天のエネルギー)は大国主命と相性がいい」って言ってたんです。だから一緒に働きやすい、歩み寄りやすい。」んだそうです。。。また詳しくは旅が終わってお話しするとして、そんな感じでサブリーダー、サブサブリーダー的な神様達は白と黒、悪と正義、良い悪いだけじゃないのよ。その間の理解や過程も大切なのよ、っていうことを私達がキチンと理解することを助けてくれてるわけです。

 

サイキック的な力がある人達がエネルギーを読んで、いろんな起こりうることを言ったりするのを耳にしたりしますが、私は可能性としては否定はしません。可能性っていうのは現時点から縦横無尽に広がってるわけですからね。でも同時に私達が知っておかなければならないのはその縦横無尽に伸びた時間軸から一つ好きなのを選ぶことが出来る力を誰に頼らなくてもそれぞれ既に持ち合わせてる,ってことなんですね。

 

。。。で、ま、簡単にいうと私が今やってることは、それをエネルギー的にお手伝いしてる、って感じらしいです。

 

もう少し詳しいことはまた改めてお話しするとして、京田辺に「はよ行け」って言われたのもね、ほんと、その辺なんです。行ってみて色んなことが腑に落ちる、ってことが起きたんです。不思議ですよね。

 

何で神功皇后がこの地に関係あるのか、何で月→月読命なのか、何で竹なのか。。。

 

前置きがかなーり長くなりましたが、今回ちょっとその辺お話します。

 

今更なんですけど、私はかぐや姫のことについても神功皇后についても、歴史的な真実を追求しよう、とはしていません。ガッカリさせてしまったらごめんなさい。でもそもそもここまで旅が長引いてるのも、京田辺に来ることになったのも神様からのメッセージに自分で出来る限り従うと決めてそうしてる訳なので、その辺はやはりエンタメの延長で楽しんでいただきたいところです。

 

前回はこの地に甘南備山という霊山があって、そこに月読命が降り立ったと信じられている,ってことお伝えしました。

こちらは薪神社の掲示板に貼ってあった2025年4月に京都新聞に掲載された記事です。(大きくすると読めると思います。).

私が説明するより全然いいと思うので。笑 甘南備山についてももう少し詳しく説明されています。

 

神功皇后のことには触れられてないですが、この記事で触れられている朱智神社のご祭神は神功皇后のご先祖、祖父にあたる、迦邇米雷王(かじめいかづちのみこ)が祀られているんです。そして、京田辺には普賢寺という真言宗のお寺があるんですが、その山号は息長山、つまり神功皇后の別名、息長性がつけられてます。昔はその土地で勢力のあった人の名前がそのまま地名になったりしてますからね。神功皇后のひいお爺さまは、山代之大筒木真若王で、この記事で触れられている、かぐや姫の父の性と大筒木、と重なっていて、筒木→筒城(地名)とも繋がります。

 

で、ここで、じゃあ何で竹なのか?って考えた時、竹って、とても不思議な植物なんですよね。

 

私の実家の裏が竹藪で、春になると裏の山肌から家の裏にニョキニョキと立派な筍が生えてきて、今思えば贅沢なことなんですけど、もの心ついた頃には筍が生えてきたら早めに切らなければすぐ大きくなって家に覆い被さってきたり屋根突き破ったりしてしまう。。。ってことで切ってはアク抜きして置いておくんですけど、母親はいないし、学校は忙しいしで、煮物意外工夫して食べたっていう記憶もないんですよね。今思えばホントもったいない。。。だから全然有難いというのはなかったです。当たり前って怖いですよ。ホント。

 

。。。。って、ま,私の話はさておき、竹って毎年当たり前に生えてくるようで、花は120年ぐらいに一度しか咲かず,咲いたらその後一斉に竹自体全部寿命ってことで枯れてしまうんだそうです。でもその花が咲くまでは根っこが強くてそれが生きてる限り、毎年生えてきて、地上に伸びる部分は太いもので20年ほど生きるんだそう。竹細工などは数年からメンテ次第ではお茶の道具など100年ぐらいもったりもするようです。

そして、その強い生命力と節を持ちながら真っ直ぐ育つ様は、縁起ものとして、お正月の門松にも使われ邪気を払い繁栄を意味したり、竹自体に浄化作用があるため、嫌な匂いを吸収する自然の空気清浄機になったり竹炭にしてつけておけば水のカルキ臭をとりカリウムやカルシウムを放出しまろやかにしてくれる、とか、炊飯器に一緒に入れてご飯を炊くと美味しく炊ける。。。とかも聞いたことあります。なんかとにかくすごくないですか?びっくりキラキラ

 

かぐや姫が古事記に出てくる迦具夜比売命だと考えられていることは多くの人がご存知だとは思いますが、彼女の父の大筒木垂根王(おおつつきたるねのみこ)が、"筒"が名前に入っているから、竹取の翁である、と言われたり、かぐや姫が竹から生まれてきたということになる,と考えられたりもしてます。

 

そしてかぐや姫のモデルが神功皇后だと言われる理由の一つに、側近の武内宿禰の名前にもタケが入っている,っていうのもあるんですよね。

ホント、"竹"繋がりで考えて行くと、まだまだありましてね。

"筒"を竹と捉えることにも繋がるのですが、神功皇后の子供の父親が仲哀天皇ではなかった。。。という説があるじゃないですか。神功皇后と300年以上生きたと言われるおじいちゃんの武内宿禰の仲があやしいと言っている人もいるようです。真顔はてなマーク 他にも、武内宿禰は優秀な審神者(さにわ)だったそうで、住吉三神が現れる時にはいつも武内宿禰がそばに居た時だったらしく、実は住吉三神は武内宿禰なのでは。。。と言ってる人もいるらしいです。笑

 

実はですね、薪神社へお参りした時、面白いメッセージがありまして。ニヤニヤ武内神社も末社としてありますからそこへも手を合わせる訳ですが、その時、ふと何気なく「彼ってどういう人だったんだろうな。。。」と思ったんですよ。そしたらね、「Yodaみたいな存在」ってポンと来たんです。笑

Yodaってスターウォーズに出てくるキャラクターですよね。

 

私実はアメリカに20年近くいて、スターウォーズまともに見てないんです。見たことあるのはナタリー・ポートマンが出てるヤツをムービーチャンネルで半分くらいだけ。だからYodaのことも、姿と名前となんかおもしろいしゃべり方をするイメージぐらいしか残ってなくてですね。ググりました。そしたら長い時を生きるマスターで正しいアドバイスが与えられるガイド的存在。。。ですよね。当たってませんか?ウインク

 

私の思うところでは、まず武内宿禰が神功皇后の子供の父親とか考えるのは私はあまりにも違う方向に想像力使いすぎてる気がします。昇天 でも今は誰の子供か,っていうところで議論が沸いている理由も理解できてまして、実は結構鋭いところついてるなーとも思ってます。ニヤリ この部分についての私の意見はまだ伏せさせてください。笑。。。で、武内宿禰が住吉三神なのでは,という見解は、私はあり得るかな、と思ってます。

 

ここからは私自身の見解なので軽く流していただいて結構なんですが、住吉三神って、イザナギが禊をした時に海から生まれた浄化、お祓いの神様ですよね。

 

皆さん住吉三神の名前、覚えてらっしゃいますか?私は何とか一生懸命覚えた(つもり)だったんですけど、まず底筒男命(そこつつのおのみこと)、中筒男命(なかつつおのみこと)、そして表筒男命(うわつつおのみこと)です。ここでも"筒"なんです。海で生まれてるのに。笑 

そして武内宿禰の名前ですが、意味を考えた時、武→竹→竹の内→に宿る→(神の)形代。

 

『竹の内に宿っている(神の)形代』

 

ある意味そのまんまなんですよ。"神の"っていう部分を竹という植物が持つ、浄化の特質などを考えていただいても住吉三神の浄化のご利益に通じるものがあります。昔の神様の名前など見た時,天照大神とかを見てもそのままその神様の特質が名前の漢字に表れてることはよくある事です。

 

ね、面白くないですか?ウインク

 

今回もまたまた長くなりましたが、かぐや姫、神功皇后、竹、っていう部分を中心に今回は考えてみました。ニコニコ音譜

 

多分いろいろ話があっちこっち行ってたと思いますがその点はすみません。あせる ホント頭の中、色んな方向にとっ散らかったマインドマップみたいな状態なので。ニコニコ笑

 

ちょっとこの後は少し落ち着いて、今回京田辺で行ったところなどもう少しご紹介しますね。ウインク

皆様。引き続き素敵な週末をお過ごしください。ほんわか花

 

許します!ありがとう!感謝します!嬉しい!楽しい!大好き!愛してる!よかった〜!幸せ〜!ついてる〜!

そして私は決断する!!真顔キラキラ

 

それではまた〜UMAくん音譜

 

YOSHIKA流れ星

星 I Am That Am. お月様

おはようございます。YOSHIKAです。流れ星

 

最近はホント急にポカポカ春の陽気となりました。皆様いかがお過ごしですか?

でもまだ2月なのに最高気温が20度前後なのはちょっとやばいですね。真顔ビックリマークまた気温下がったりもするようなので、みなさん、三寒四温、体調管理気をつけましょう。

 

。。。さてさて先日お送りした、『神功皇后とかぐや姫と月と竹と。。。』Part 1 ですが,いかがでしたか?

 

神功皇后から始まっていろいろと広がって来てて、気がついたらかぐや姫まで出てきたわけですが、これはあくまでも私個人の趣向でお届けしているものなので、そういう観点でお読みいただければと思います。でも面白いことにこの間伊勢神宮で倭姫命に言われた「魂に刻まれた過去の記憶が少しずつ戻ってくる」ってなこともなんとなく起こり始めているようで、自分探究も同時進行で起こってる気がしています。

 

前回「かぐや姫のこの土地との繋がりを更に確信的なものにしてくれた」って言っちゃいましたが、私が思うところでは、かぐや姫のお話は、基本はやはりあくまでも“物語”だというふうにとらえています。もちろん完全なフィクションとはほど遠く、かぐや姫に求婚していた貴公子達が実在した人物として特定できたり、かぐや姫という名前も実際古事記の中には存在します。でもやはり、そのキャラクター設定などなど、誰かの人生をそのまま伝記のように書いたものとも異なります。(月に帰っていきますし。笑)作者は弘法大師とかいろいろ説はあるようですがやはり不明とされていて、最初は漢文で書かれていたが、何度も手を加えられ、現在残っているのが原本ではなく、後光厳天皇の筆による万葉仮名で書かれた写本。。。ですよね。ですから今でも多くの小説などがそうであるように、現実に存在した人物や場所の情報をもじって、その当時の社会を投影し、社会批判などいろいろ皮肉りながら何人もの手で編集されながら作られたもの。。。ではないかという気がしています。

 

2012年には京田辺に『竹取翁博物館』も開館されたそうで、私はまだそちらは行けていないのですが、まだまだ沢山私の知らない資料があるんだろうと思います。それでも私がここ1.2週間で入手した情報だけでも京田辺という土地はやはりかぐや姫ゆかりの地である、っていうことは高い確率であるだろうな。。。と思うのです。

 

かぐや姫のお話で外せない部分というのが、最後かぐや姫が月へ帰ってしまう。。。という設定だと思うんですが、やはりこの京田辺という土地が“月”との関係がすごく深いんだなということが今回の訪問で分かったんですね。

 

。。。ということで、今日はその辺について私の京田辺での体験を含めながらお話しします。

 

京田辺の大住というところに月読神社はあるんですが、こちらはとにかく気持ちの良い空間で、鳥居の横には“隼人舞発祥の地”という石碑があります。

隼人舞、というのは私も神功皇后調べてて今回初めて知ったのですが、この土地に九州から移住してきた隼人族の舞のことで毎年10月14日に月読神社と天津神社で奉納されています。

私はまず、この隼人舞で使われている『隼人の楯』を見て驚きました。目ビックリマークこれ、このブログでもご紹介しましたが、伏見稲荷敷地内にある伏見神寶神社のお守りと同じ柄なんですよ。(Wikiページの隼人の楯と見比べてください。)


隼人の楯 - Wikipedia

こちらは私の以前の投稿です。

補足2:ヤハウェ様のメッセージ エネルギーのお話 その1 | My Holy Trinity by YOSHIKA

 

そして伏見神寶神社もかぐや姫が5人の貴公子からいただいた贈り物などが残っているというような、かぐや姫ゆかりの神社なんですね。かぐや姫の絵馬など人気みたいです。

 

。。。と、ここまでは今回京田辺に行く前に入手していた情報で、私はもうそれだけでワクワクしてたんです。照れ

もちろん今回の京田辺訪問は、神功皇后ゆかりの神社へ行くのが一番の目的で、月読神社はこの旅でなーんか以前より急激にご縁が深くなった感じなので、お参りしておこう、という感じではありました。

本来、月読神社と酒屋神社とあと神功皇后が三韓征伐の際に通過した跡地など2つまわって、1日で終わる予定だったんですけどね。結局3日かかってます。笑思いがけない月読命のご縁と、あといろいろ神社仏閣巡りには関係ないトラブルとかもあったり、昨日2月24日に一応今回予定していた京田辺での神功皇后ゆかりの地巡りは無事終了しました。立ち上がるスタークラッカー

 

今回の京田辺訪問に関係ないトラブル、っていうのは起こった時はもう一時はどうなることかとマジで真剣に悩まされたものだったんですが、おかげさまで奇跡的に一瞬のうちに解決しました。ニコニコ(いろいろ全部入れていたお財布がなくなる→警察に紛失届を出す→絶望→2日後警察に届けられる!!まさに奇跡!ガーンビックリマークビックリマークビックリマーククラッカークラッカークラッカー

これにはまたちょっと面白い不思議な出来事もありましたので、後日機会があればもう少しお伝えします。ニコニコ

 

。。。で、前回、月読神社の写真1枚お見せしましたが、とっても素敵な空間だったということはお伝えしましたよね。おねがいキラキラ

境内の様子です。空気が澄み切った感じがしてて素敵でしょう?キラキラキラキラキラキラ

 

でも今回、月読命とのご縁は大住の月読神社で終わらず、その後いろいろ導かれる様は、改めて月読命とのご縁を深く感じざるを得ない結果となったんです。キラキラ

 

その流れで辿り着いたのが薪神社(たきぎじんじゃ)でした。

 

私は月読神社参拝後、グーグルマップで酒屋神社の場所を確認したんですけど、徒歩1時間ちょっとぐらいの距離だったので、いつものように歩いていくことにしたんです。歩き始めた頃からお天気が少し悪くなってきてまして、曇ってきて雨までぽつぽつと降りだしてました。「多分大丈夫だろう。。。」ってそれほど気にせず進んでました。すると、グーグルマップのナビとか、最短距離よりお勧めのルートが出てきたりすることありますよね。そんな感じで、どう見てもこっちのが近くて歩道もあるのに、違うルートが出てきてるんですよ。で、クローズアップしてそのルート上に何があるのかって見てみると、そこには途中に一休寺があるではないですか!一休さんと言えば私が子供の頃一番好きだったアニメで、私は20年近くアメリカ生活を経ても尚、一休さんのアニメの最初と終わりの歌未だに全部歌える!物申すっていうくらい好きだったんです。照れドキドキ

 

以前温泉に来た時から京田辺に一休寺がある、ってことは知ってたんですが、その時はちょっと距離もあったし、諦めたんです。「機会があれば行きたいな~~~」って思ってた一休寺があるってことで、「出来れば寄りたい!時間あるかな~。。。」って思いながら進んでて、結局一休寺に着いたら日が暮れるまであんまり時間がなくなってまして。。。どうしようかと迷ってましたら、曇り空の合間から、ピカ〜って太陽の光が差し込んだんですよ。これって私にとって自然がくれるサインの一つで、YES とかGOサインの時パーフェクトなタイミングで来るものなんです。(パーフェクトなタイミング、っていうのがkeyです! 皆さんも気をつけてみてね。ウインク)それもあって、結局「え~い、15分でお参りだけしよう!」って思って一休寺へ行くことにしました。

 

。。。結果、想像してた以上にものすご~く素敵でですね。。。キラキラキラキラキラキラ一休さんのお墓にも手を合わせ涙し、えーん 方丈の一休像を見てまた涙し、えーん、方丈の建築デザインに感動し、ラブ宝物殿の一休さんの書を見てまた感動し。。。結局1時間ははいたと思います。笑 私が京田辺に最初からご縁を感じたのも、私がここで引き止められたのも、倭姫命が言ってた私の魂に刻まれた記憶云々と何かしら関係があるんだろうと感じています。照れ

 

中庭の様子。

この一休さん像は近鉄新田辺駅とJRの京田辺駅の前にも同じものが立ってます。照れ

 

一休寺についてはちょっとご紹介,って思ってたら止まらなくなったのでまた改めますね。

 

。。。では、月読命の話にに戻りましょう。

またまた長くなりますが良かったらお付き合い下さい。笑

 

一休寺を出たのが確か16時少し前ぐらいだったように思います。酒屋神社はそこから更に徒歩で30分以上かかるので、急がなくちゃな、って思ってたんです。で,その時こちらがまた目に留まりました。

実は一休寺に向かう途中の住宅街を歩いている時、あるお宅が表札の横に『薪神社 氏子』っていうのを貼ってたんです。私はそれを見て、「自分達がこの神社の氏子である,ってことを表札の隣に貼る,ってことは自分達がその神社の氏子であることに誇りを持ってるからなんだろうな」って思ったんですね。そして一瞬薪神社ってどんな神社なのかな。。。ってね。でも先を急いでた私はそれに対しては何もせず。で、一休坂の上に薪神社がある,っていうの見てまた一瞬,「行ってみたいな」と思ったんですが、「いや今度こそ時間がない」って思ったその瞬間、またピカ〜って太陽の光が差し込んだんですよ。

ですから私は「なに?そっちも行けってこと?」ってなりまして、薪神社のこと何も知らないからその場でググってみたんです。

 

そしたらですね。この地にある甘南備山(かんなびやま)という雄山と雌山からなる山がありまして、そこは昔から神が降り立つ山と言われていて、甘南備神社という薪神社の奥宮があるらしいのです。そして、その雄山と雌山の間に月読命が降り立ったと信じられており,月読命が降り立ち宿った石『影向石(ようこういし)』が薪神社に祀られている、とあるではありませんか。

 

当然「これは行くしかない!」ってなりますよね。。。。ってことで早速一休坂を上って行ったんですが、坂はなんてことない2,30メートルぐらいで、薪神社もその先にすぐ現れました。

 

薪神社ですが、感じとしては地域に根付いた感じの良い小さな神社、っていう感じで、神社の隣というか境内の延長上に公園があり、小学生ぐらいの子達がキャッキャキャッキャと遊んでました。

 

まずは本殿を参拝しようと進んで行きますと、本殿の中に祈祷を終えられ片付けをしていた宮司さんがいらっしゃいましてね。私に気がついてお声がけくださったんです。「一休寺行ってきた?」って。で、私は「はい。今行ってきて、お参りした後薪神社が気になって調べたら月読命をお祭りしてることを知りまして。。。」って答えると、「月読命興味あるの?」って感じでご親切にもいろんなことを教えてくださったんです。

 

宮司さんのお話は主にこの地に昔九州から移住してきたであろう隼人の人々についてで、宮司さんご自身はこの土地の出身ではないらしいのですが、6年ほど前から薪神社と奥宮の甘南備神社の宮司も兼ねてやっていらっしゃるそう。そしてこの神社を、隼人の人々が伝えてきた隼人舞より前の形、能楽の元になったものが伝わった地、『能楽発祥の地』として、毎年、能を奉納してらっしゃるそうです。隼人舞についてや使われてる隼人の鉾についても伺ったのですが、時を経て、隼人舞の形も変わってきたらしく、元々はもっと荒々しく原住民のような踊りだったらしいということを九州の隼人の方から聞いたと仰ってました。感じとしてはラグビーのハカってありますよね。あんな感じなんだそうですよ。隼人の鉾については、平城京の井戸の壁の部分に使われていたのが見つかり,それが隼人のものだった、ということです。多分ここまではお伝えしてもいいと思うんですけど、その他にも九州以前の隼人の起源、それが大陸からであるだろうことや、京田辺の地名や神社の名前などもやはり九州のものがよく見られることなど、後、地名や名前にある"筒"とこの土地の"竹"との繋がりなどにも触れてました。隼人の鉾のデザインの意味も隼人族の歴史からの宮司さんの解釈を教えて下さいました。

 

私からの質問にも快く答えてくださいまして、本当に興味深いお話を沢山お聞かせ下さいました。

やはり隼人の人々の月神信仰の現れか、鳥居が十五夜奈良満月の時、丁度月が鳥居の真ん中に来るように建てられているんだそうで、綺麗な満月が真ん中に写ってる写真も見せて下さいました。大住の月読神社も甘南備山の月読命をお祭りしていて、鳥居もやはり同じように方向を考えて建てられているそうです。

 

一休寺には隼人族の祖先の方々のお墓が沢山あるらしいです。そしてこの地域で見つかっている古墳はやはり隼人族の特徴が出ている横穴式なんだそうです。

お話を聞いていて宮司さんがこの地域の隼人の末裔の方々を大切にしてらっしゃるのがとても伝わってきましたし、またこの地に住む隼人に関係する方々が、氏子であることに誇りを持ち薪神社を大切にする気持ちも理解できたような気がします。こういう関係って素敵ですね。照れ

 

薪神社の本殿です。

 

月読命が降臨したという影向石。

もともとは甘南備山の山頂にあったんだとか。

 

『能楽発祥の地』の石碑

「能楽は薪能即ち金春能に始まり、次に宝生能 観世能は大住に、金剛能は大和に発祥した。昭和61年11月 文学博士志賀剛」との碑文が刻まれています。

 

いろいろなところで能の活動など紹介されてます。

 

ここの新聞の記事にはやはり京田辺がかぐや姫ゆかりの地である、ってことも触れられてるんですが、宮司さんご自身は、まだその辺は自分は何とも言えない、っておっしゃってました。神功皇后とのつながりについても全くふれることはなかったのですが、私は見逃しませんでしたよ!

ご覧ください。


薪神社自体は1907年(明治40年)にそれまであった甘南備神社の遥拝所として建立されていたという天神社(あまつかみのやしろ)と一休寺の地主神であった八幡社を合祀したもので,それほど古くはないんですが、このため薪神社の御祭神はそれぞれの祭神であった天津彦根命応神天皇となっています。

したがって本殿の真ん中に、天津彦根命が祀られ、向かって左手に八幡社の応神天皇、そして、右手には末社の武内神社、ご祭神はなんと神功皇后を含め、他天皇を5代にわたって仕えたといわれ、300歳以上生きた(ことになる)という武内宿禰なのです。

一休寺の地主神が八幡社というところなど、まさに神功皇后の一族がこの土地に関係していたと考えられますし、武内宿禰がご祭神の神社っていうのは更にそう考えられます。かぐや姫について調べておられる方々の中には、この武内宿禰の名前の武が竹とも書けるため、そのつながりを指摘されている方も何人かおられました。

 

ね、こんな風にやはりぽこぽこと神功皇后のエネルギーはいろんなところに出没してくるわけです。ウインク

 

あと最後にもう一つ、これは本当にエンタメ程度に聞いていただければいいことなんですが、竹とかぐや姫と月、っていうつながりで軽く聞いていただければと思います。

 

今回、神功皇后、かぐや姫、月、竹。。。と調べていて、7月7日が竹、タケノコの日、で、同時に竹取物語のかぐや姫の誕生日、とも言われている、ということを知りました。

 

この7という数字。。。。実はですね。伊勢神宮の内宮の月読宮にお参りした時、そこの月讀尊が「ツクヨミの数字は7!」っておっしゃってたんです。笑 月→ツキ→ついてるからラッキー7の7?ってことなんだと思うんですが、あまりにもベタなんで誰にも言ってなかったんですよ。笑 でも「あ~たぶんそれはそうなんだろうな~ニコニコ」って思ったのは、月読宮を後にした直後、目にした車のナンバープレートが777だったんです。笑っちゃいましたけど。笑 この旅を始めてからも特に最近7,777,7777をよく見るな~なんて思ってはいたんですけどね。それと比例するかのように月読命からのメッセージをよくいただくようになってたので間違いじゃないんだろう。。。って。笑単にツイている、運気が上がってるっていうよりも、月読命のご加護やエネルギーが届いているっていうサインになってると思います。でも、この竹の日、かぐや姫の誕生日が7月7日って知って、やっぱりそうだったんだな。。。と思いました。たぶん、この投稿を読むという機会がある方は、月読命のご加護やエネルギーを数字の7と紐づけて感じることができる方々なのではと思います。ちょっと気にしてみてくださいね。ウインクスター

 

。。。本当に今回は長くなりました。最後までお読みいただけたかた、ありがとうございます!おやすみラブラブ

 

それにしても、ホント面白くて、わかった情報などを繋いでいって、もしそれを図にしていたら複雑なマインドマップみたいなのが出来そうです。笑(実際使って行っても面白いかもですね。まとめるのが大変そうですが。。。ニコニコ)

 

今回の京田辺訪問のメインの部分はお伝え出来たかと思いますが、あとは酒屋神社のこととか、甘南備山に登ってきたこととか、一休寺のこととか、他の神功皇后のゆかりの地のこととか。。。についてお伝えしようと思います。

 

最後にもう一度、お名前はお伺いしなかったのですが、今回いろいろと貴重なお話をしてくださった薪神社の宮司さん、心からの感謝とともに能楽や地域活性の活動等、今後のご活躍とご健勝を心よりお祈り申し上げます。ありがとうございました!照れ


許します!ありがとう!感謝します!嬉しい!楽しい!大好き!愛してる!よかった〜!幸せ〜!ついてる〜!

そして私は決断する!!真顔キラキラ

 

それではまた〜UMAくん音譜

 

YOSHIKA流れ星

星 I Am That Am. お月様

こんばんは。YOSHIKAです。流れ星


皆様いかがお過ごしですか?


私は今まだ京都にいます。

神功皇后からいろいろメッセージをいただく中,私も神功皇后について調べたりするわけですが、それと共に面白いこともわかってきた、ってことはお伝えしましたと思います。照れ


実際に神功皇后ゆかりの地へ出かけてみたりした時、更に新しいことに気づいた,っていうことはよくあることなのですが、今回は最近ずっとご縁のある月読命のゆかりの神社で幸運なことに宮司さんからもいろいろお話を聞けたりしまして、更にいろいろ面白くなってきたので、少しずつお話しできることからお話ししていこうと思います。


で、今絶賛マイブームが何なのか、ってところなんですが。。。


(勝手に一人でドラムロール)。。。それは!


神功皇后 + かぐや姫 + 月 +竹 。。。


です!立ち上がるスタークラッカー


前にも言いましたが、スピ関係においては、私が何らかの形でサインを受け取って何かを感じたり、夢や瞑想(今では神社とかでも受け取ってますが)を通じてのメッセージとかが最初に来て、その情報から自分でも調べてみる,っていう流れになってるんですね。


何かを"感じる"っていう中でも、私は"何か惹かれる"とか"何かすごい好きだなぁ"というものをとーっても大切にしてるんです。


日本に帰ってきて神社仏閣巡りが好きでをしてるわけですが、今回の『神功皇后 + かぐや姫 + 月 +竹 』については本当にいろんなところから複雑に繋がってまして、正直どこからお話ししていいのかわからないんですけどね。魂が抜ける


これに、後,『水』とか『火』とかそれにまつわる神様,龍神とかの繋がりも加えていくと収集がつかなかくなるので、+竹の後はとりあえず"。。。"(To be continued”にしています。ニコニコ


。。。ということで、まずは『竹取物語』から。

皆さんもご存知であろう『竹取物語』はかなで書かれた最初期の物語の一つで『現存する最古の物語』とされています。竹から産まれた光り輝くかぐや姫は、多くの人から結婚を申し込まれるもの難題を出しては断り、最後は月は帰ってしまう。。。というお話です。


日本人なら誰もが一度は子供の頃に聞いたことがあるお話で、私も家に絵本があって、何度も何度もそれを開いて読んでいたという記憶があります。絵がどんなだったかも未だに覚えてるぐらいです。


そんなこんなで、私は子供の頃からかぐや姫の物語が好きでその気持ちはやはり大人になっても無くならず、アメリカにいた時自分で書いた歌があるのですが、その歌詞は『かぐや姫』の物語を思いながら書いた部分があるんですね。


"満月の夜に 恋人が 迎えにくるという

美しい恋物語 あなたが教えてくれた"


。。。っていう、かぐや姫のお話の内容とは違いますが、私の中ではこの部分はかぐや姫のお話を母が読み聞かせてくれた。。。っていう場面を想定して書いたものなのです。


。。。とまぁ、私のかぐや姫好きは、伏見の稲荷山にある伏見神寶神社を好きな理由の一つにもなってます。(かぐや姫ゆかりの神社とされ、かぐや姫が求愛してきた貴族などからもらった贈り物などが残っているそうで、かぐや姫のかわいい絵馬や叶雛(かなえびな)、かぐや姫が要求した龍の首の玉を持つ龍頭社などがある)。そして、月。私はよく考えたら月読命がご加護をくださるのも不思議はないくらい、月を私の作品に取り入れてたんですね。最初にギャラリーで売れた作品も"Dance with the Full Moon” でしたし、先程お伝えした歌の題名もFull Moon でしたね。月岡芳年の月百姿も大好きですし、そのシリーズの中の神功皇后は、皆さんがネットでよく見かける神功皇后のイメージとしてよく使われてます。ラブキラキラ


。。。と、私のかぐや姫好きと月好きはお分かりいただけたかと思いますが、まず私が飛びついたのは、神功皇后について調べていた際に見つけたある情報でした。びっくりビックリマーク


実は,少し前に神功皇后について調べていて、あることに気づいたんですね。

神功皇后の別名が、"おきながたらしひめ"、息長足姫命、息長帯比売命、という息長氏出身であること。そしてかぐや姫ではないかと言われている歴史上の人物の一人の名前が、息長真若中比売(おきながまわかなかつひめ)とも言われていること。(応神天皇の妃であるらしい) 息長の性はそんなに沢山は出てこないんですよね。だからまず、そこで「ん?!何かありそうだな。。。」と感じたんですね。


そして、調べていて更に知ったのが、かぐや姫の物語が神功皇后の人生がモチーフになっているという説もある!ということでした。びっくりキラキラ


〜という説もある!っていうのは、いろんな説があるものの、これだ!と言えるだけ全ての辻褄が合うっていうのが極めて難しいんですよね。例えば仲哀天皇崩御後、神功皇后の片腕として政治を支えた武内宿禰とか記録では天皇5代(神功皇后を除いて)にわたってお仕えし、320才ぐらい生きたって言われてます。もちろん、人間としては今の常識ではあり得ない!ってなりますけど、もしこれが高次の存在であったとなれば、テロメアの操作が出来たりしてたとも聞いたことありますし,西洋ではニコラス・フラメルなど、やはり325歳まで生きたとかありますもんね。一概には否定できないのが、何かしらやっぱり関係あるよね、っていう様々な事実なんですね。


竹取物語って、日本最古の物語として最後には月は帰る,っていうファンタジックなものには仕上がってはいるものの、例えばかぐや姫に求愛していた貴公子など実在の人物と特定できたりもしているようですし、時代背景を皮肉っている,と解釈もされてるじゃないですか。


かぐや姫が竹から産まれた,というところも面白いんですよ。かぐや姫自身についても、それらしい人物像として、実在した古事記に出てくる迦具夜比売命(かぐやひめのみこと)がいて、彼女の父親の名前は大筒木垂根王(おおつつきたりねのみこ)といいます。この筒木→筒の木→竹、ということで竹から産まれたとも言える、ってことらしいです。ニコニコ またまた面白いのが神功皇后の祖先を辿って行っても、ひいおじいちゃんの代に、山代之大筒木真若王(やましろのおおつつきまわかのみこ)がいて、同じ大筒木を名乗ってるんですね。大筒木の前に、山代之,とありますが,これは現在の京田辺市(山城の国)で筒木は現在では『筒城』で、筒木とも豆々木とも書いたりするんだとか。で、実際ですね、筒木という地名にもあるように、見事な竹林がたーくさんある地域なんです。立ち上がるスタークラッカーこの地域の竹は東大寺のお水取りの時に使われる竹何だとか。照れ


木津川ぞいの竹林です。キラキラ


のどかな風景。キラキラ手前も奥の山肌も全部竹です。キラキラ


で、この地域には古くから、九州から移り住んできて月神信仰を持ち竹細工に優れた隼人(はやと)族が住んでいるんですね。


話はまだまだここでは終わらなくて、この隼人族の月神信仰はそのまま月読命に通じてまして、まず私が神功皇后ゆかりの酒屋神社があるというので見ていると、やはり京田辺にも月読神社がある!ということを知りました。びっくりキラキラ


で,今回はその月読神社と酒屋神社に行くことにしていたのです。歩く


。。。結果、どちらの神社にもお参りできて、どちらももちろんとっても素敵でしたよ。おねがいキラキラ


そちらはまたおいおいご紹介するとして。。。

それ以上に計画していなかった場所にも偶然立ち寄ることが出来まして、そこがまた月読命や神功皇后、かぐや姫のこの土地との繋がりを更に確信的なものにしてくれたんです!びっくりキラキラ


。。。やっぱりブラブラ心のままに歩くのって大切だなぁってつくづく思いました。

今回、宇治市から始まって、八幡市,そして京田辺市と、グーグルの道案内に出てきたからそれをたどっていただけなんですけど、お陰でこんな素敵な観光スポットにも遭遇しましたよ!


単なる橋と思いきや。。。


この橋を最初に目にした私のリアクションは、「何だこの素敵な橋はびっくり!」でした。ニコニコ


高さはあまり無いものの、本当にピョンと飛ぶと落ちるので結構怖いです。驚き

いろいろテレビや映画で使われてるらしいですよ。


木津川。河川敷ではお茶が栽培され、素敵なサイクリングコースになっています。

すごく気持ちよかったです。ニコニコキラキラ


渡ってから観光スポットだと知りました。照れ


で,せっかくなので月読神社の写真も一枚だけ。

綺麗なオーブ映り込んでますね。気がついてませんでしたが。笑 こちらも本当に素敵な空間でした。キラキラ


多分『神功皇后 + かぐや姫 + 月 +竹 』は少なくとも何回か続くか,今後訂正とかも出てくるかもしれませんが、その都度分かったことなどお伝えしていければと思います。照れ


次回はその思いがけなく立ち寄ることになった薪神社についてご報告しますね。


許します!ありがとう!感謝します!嬉しい!楽しい!大好き!愛してる!よかった〜!幸せ〜!ついてる〜!

そして私は決断する!!真顔キラキラ

 

それではまた〜UMAくん音譜

 

YOSHIKA流れ星

星 I Am That Am. お月様

おはようございます。YOSHIKAです。流れ星

 

少し温かくなったかなって思ったら昨日は日中も寒かったので、これぞ三寒四温!とか思ってた私です。照れ

皆様はいかがお過ごしですか?

 

先日京都の伏見にある藤森(ふじのもり)神社へ行ったということをお伝えしたかと思いますが、今年は午年!ということもあり、この神社は勝ち馬で有名だとのことなので、皆様にもご紹介しておこうと思います。

 

やはりおもしろいもので、ご縁のある神社や地域、私自身のエネルギーが上がる場所で彩雲や虹とかが出ることが多いようで、実はこの神社も初回参拝時にきれいな彩雲が境内から見れましたので、この神社もせっせと3回通いました。ニコニコ(動画も撮れてるのでまた後でお見せしますね。ウインク

 

藤森神社は今から約千八百年前に神功皇后によって創建された古社で、京都、平安京の南方を守護するとともに洛南深草の氏神として、朝廷から武家、庶民にいたるまで広く崇敬されてきたという歴史のある神社です。三韓征伐後、凱旋した神功皇后がこの地は神が宿る地である、と、纛旗(とうき = いくさ旗)を立て、兵具を納め、塚を作り、祭祀を行ったのが当社の発祥だと言われています。

 

菖蒲の節句発祥の地とされる藤森神社。菖蒲は勝負に通じることから、勝ち運のご利益があるといわれています。5月1~5日の『藤森祭』での迫力満点の駈馬神事も有名です。馬に関係の深い、馬主、騎手などの競馬関係者や、競馬ファンだけでなく、スポーツ選手や高校野球チーム、受験生、何かに勝ちたい!という方々の参拝も盛んな神社だそうです。(実際勝ち馬が出てる、っていう情報もどこかで見たんですが今回書いてる時見つけられませんでした。)

 

この勝ち運のいわれは、やはり神功皇后の三韓征伐の勝利があるんでしょうね。そして、神功皇后って一般的に馬にご縁がある神様のようで、他にも馬を祀っている神社も多々見られます。調べてみるとご自身白鷹というお気に入りの馬がいたというお話です。(その馬をお祀りしている神社も岡山にあるようです。)

 

藤森神社の御祭神は沢山いらっしゃるのですが、境内で紹介されているのは、よく知られている神様のみ、って感じがしました。

境内にある情報からわかるのは、主祭神として素盞嗚尊、日本武尊、応神天皇、神功皇后などのお名前が挙げられていたと思います。その他、日本書紀を編集した舎人親王は学問の神様として文武両道を目指す学生さんとかが合格祈願とかされてるようです。磐長姫が方位を司る神様としてお祀りされていたことにも驚きご縁を感じました。

 

詳しくは公式ホームページをご覧になるといいかと思います。(磐長姫など、ホームページには書かれていない情報もあります。)

 

本殿は、中央(中座)、西殿(西座)、東殿(東座)とあり、中座に主祭神の素盞嗚尊、別雷命、日本武尊、応神天皇、仁徳天皇、神功皇后、武内宿禰が祀られてます。神功皇后から見て義父、子供,孫、仕事のパートナー、と、素戔嗚尊と別雷命以外、家族仲良く!って感じで祀られてるんですね。ここに素戔嗚尊が祀られているのも面白いなと思いましたし、ここでは触れませんが、別雷命がここにいるってこともものすご〜く意味があるな、と私は感じたんですけどね。ウインク

でも、実際拝殿でお参りしている分には中座が真ん中にあるんだろう、っていう他には西座と東座がどこにあるのかもわかんない感じです。

 

この西座に舎人親王、天武天皇二柱、東座に早良親王、伊豫親王、井上内親王の三柱が祀られています。

 

末社として、八幡宮社、大将軍社、霊験天満宮、七宮社などが本殿の背後にあります。この大将軍社には方位神として磐長姫がご祭神として祀られています。

 

あと、とても興味深かったのは、この東座の早良親王にはまた神功皇后の三韓征伐の武勇伝と同じく、『戦わずして勝つ』という実話が残っている点です。

 

早良親王が蝦夷で反乱が起こった時に征討将軍として向かうことになり、その前に藤森神社にお参りして戦勝を祈願されたんですね。そしたら、これを聞いた反乱軍は畏怖し、乱は戦わずして平定された、というものです。立ち上がるスタークラッカー

 

私が鞍馬の由岐神社のある場所でいただいた『戦わずして勝つ』という言葉。スポーツとかルールをお互いが守ったうえの正々堂々とした“戦い”ならともかく人と人が起こす災いについてはやはり本来はいろんな意味で身近にも戦わずに解決できること、って多分沢山あると思います。例えば誰かから何かを奪おうとすることは、相手が自分にないものを持っている、相手が自分より上、優っている。。。そういう観念から起こるものなんだそうで、そういう人は権力、お金、自分本位の正義とか、もしくは一般的に自分より力が強いとされている存在などを掲げて、自分が正しいことを主張したり、相手より優位に立とうとしたり、脅かしたりかしたり、何かを奪ったり、傷つけたりなどなどするわけですよね。

 

一人ひとりが自分の内面に向かい、内なる神というものが自分の中にも存在する、ってことがわかると、まず人から何かを奪おうとかする必要性がないことに気づくはずなんですね。何故なら、”神”的な力を自分自身も持っているんだ、ってことに気づくからです。自分自身で何かを創造する、ってことが可能だ、その力が自分にはある、ってことに気づくわけです。

 

神功皇后は70年日本の政治の頂点いたと言われてますが、その間に、三韓征伐の勝利に始まり、その後は数々の起こりそうな反乱を未然に防ぐということをしてるんだそうです。

 

ここまで日本中いろんなところで神様として祀られている、ってこと、ちゃんと理由があったんですね。私は神功皇后は単に神様の言葉をご信託として下ろしていただけではないと感じています。何故なら、私がこれまでお参りすることができている彼女創建の兵庫の廣田神社、生田神社、長田神社、 敏馬神社、と見ていても、陰と陽のエネルギーバランスが絶妙だな、と感じるわけです。びっくりキラキラ一つ一つの神社ももちろんそうなんですけど、彼女が創建した神社が場所、位置、祀っているご祭神など、それぞれの地域一体のエネルギーバランスが考えられていて、天津神、国津神に偏ることなく、更に(今回の別雷命もそうですが)古事記や日本書紀に出てこない神様とかのご神託も聞いて動いてたり、ご祭神になってたり、とかしてますよね。これは単に、降りてくるご神託を何でもかんでも鵜呑みにして言うことをきいてる、っていうわけではなく、彼女自身がちゃんと自分が自分自身の中にも神性を認識できて(ハイヤーセルフとつながっていて)、判断そして決断できないとやっぱり無理なんですよ。それをね、日本という国のトップに立ちながらやってた、ってことはやっぱりスーパーママりん(本当に失礼極まりなかったですショボーンあせる)どころの話ではなかった。。。っていうのをひしひしと感じております。

 

その辺のエネルギー関係についてはもう少しくわしく、旅が終わった後にご説明しますね。ウインク音譜

その他にも、藤森神社ってホントいろいろ面白いんですよ。大将軍社の方位神についてや、のぼり藤の紋、不二の水。。。。などなど。。。また機会を持って順々にお話ししていきたいです。

 

お待たせしました。

それでは今回の藤森神社の写真をどうぞ。立ち上がるクラッカー

 

鳥居です。もうここから神社が結構な広さあるのお分かりですね。照れ

 

お馬さんとのぼり藤の紋です。馬

 

お手水所もお馬さん。馬

 

本殿です。立派!びっくりキラキラ

 

上の写真の更に左手に舎人親王がお祭りされてて沢山の絵馬が飾られてます。風が吹くとカラカラと心地よい音をたててました。照れ

 

菖蒲の節句発祥の地とされる藤森神社。

5月には迫力満点の駈馬神事も行われます。

 

七福神もいらっしゃいます。その奥には何故かお地蔵さん達と大日如来様も。ニコニコ

 

こちらは裏手の末社。手前右が八幡宮社です。梅が咲き始めてました。

 

こちらが本殿の左手にある神功皇后が旗を立てた、っていう場所。

写せてないですが、この右手手前には藤森稲荷社と 『不二の水』っていう御神水もあります。お水をいただきに来てる方もいらっしゃいました。

 

それではここから本格的にお馬さんコーナーです。馬馬馬

 

2026年は午年ってことで『馬九いく』が絵馬になってます。

 

 

 

こちらも2026年の絵馬。お馬さん走り始めました!

 

こちらは舎人親王の御祈願の絵馬の絵。これもかっこいいですよね。

 

お休みどころ。

この建物の上部壁に沢山のお馬さんが走ってます。馬馬馬音譜

 

『藤森祭』での駈馬神事の様子でしょうか。。。

 

お馬さんは走る!馬DASH!音譜

 

走る!馬DASH!馬DASH!音譜

 

走るビックリマークビックリマークビックリマーク馬DASH!馬DASH!馬DASH!音譜

 

競馬のことはよく知らないのでここに絵になっているお馬さんたちのことはどういうお馬さんなのか全く存じ上げないんですが、これらを見ると本当にご利益があるんだろうな。。。って気がしますよね。

 

今回私は手書きの御朱印のみをいただいただけなんですけど、御朱印も虹色の切り絵の特別御朱印とかもありまして、と~っても素敵です。(ググったら出てきますので是非ご覧ください)あと、私はかわいい革製の馬のお守りが欲しかったのですが我慢しました。お願いビックリマーク

 

いかがでしたか?私は神功皇后つながりで知った神社なんですが、ググるとやっぱり勝ち馬の神社ってことで大々的に出てきますね。でも神社の由来を知ると、もっと好きになれる神社だと思います。

 

アクセスは京阪の墨染駅から徒歩5分。

歩くのはちょっと距離がありますが、伏見稲荷大社とも城南宮、御香宮、桃山御陵など徒歩圏内の距離です。

京都伏見に来たときは是非どうぞお立ち寄りくださいませ。ニコニコラブラブ

 

許します!ありがとう!感謝します!嬉しい!楽しい!大好き!愛してる!よかった〜!幸せ〜!ついてる〜!

そして私は決断する!!真顔キラキラ

 

それではまた〜UMAくん音譜

 

YOSHIKA流れ星