母は今、私の目の前でベッドの上に横たわっています。ホスピス病棟へ移動してからすでに20日が過ぎました。話すこともできず、声さえ発することもできません。なぜなら彼女は眠った状態だからです。
昨日から、いつもスポットで使用していた薬を連続的に使っています。NIPRO SP-10という機器に入った睡眠薬のような薬を、連続的に少しずつ投与していきます。医師曰く「体のだるさを取っていく薬」だそうです。具体的な名前は聞き出せませんでしたが、それを使うことにより、眠ったような状態を作り出し、意識レベルを下げ、緩和していくそうです。
※モルヒネではないようです。
そうすることで、起きている間のだるさや痛み、そして苦しさで持って行き場のない体を和らげていくようです。ただし、これを使うことで、二度と意識が戻らないとのこと。つまり今生では彼女との会話はもちろん、目を合わせることすらできなくなるということです。それは事実上のお別れを意味します。
※人の話や触れた感覚はわかると言われているようです。
医師曰く「この薬を使い始めると、今までの症例では1~2日ぐらいしか命がもちません。1週間から2週間など考えられません。」と説明されました。
最近母は、便に混じって大量に出血をしています。すでに癌が大腸へ転移し、相当お腹をいじめているようです。もうすでに鎮痛剤なしでは苦痛に耐えれことができるレベルではありません。もちろんこの体では治すことなど不可能です。
あとは激痛を抑え、疲れきった体を和らげることしかありません。つまり『安楽死』しか残された道はないのです。もちろん法律では安楽死は認められていません。医師も『安楽死』とは口が裂けても言いません。その代わりに「だるさをしっかり取っていきます。」と言われます・・・ 断る理由など私たち家族にはありません。それが何を意味するのかも薄々感じています。
看護士さんも「この薬を使い始めると、一日単位ではなく、数時間単位で状況が変化していきます。」と説明がありました。「だからできる限りついてあげてください。」とも言われました。そして私が本日の宿直となりました。
薬を使い始めてからすでに31時間が経ちます。24時間過ぎたころに血圧が最高でも70ぐらいまで低下してきました。医療的にも秒読み開始レベルといったところです。いつでも全家族に招集がかかってもおかしくない状況です。肩で呼吸し始めると、あと数時間だそうです。その前に手足の先が冷たくなるという兆候も見られるようです。現状その両方はありません。疲れきったようにぐっすりと心地良さそうに寝ています。
母は今まで何度も奇跡を起こしています。ホスピスへ移動した当初も2,3日から1週間ぐらいと余命宣告されたにもかかわらず、すでに2週間経過しました。医師曰く「お母様はよく頑張っておられます。生命力がお強いようです。」とのこと。
心臓が強いのか?何か心配事があって、なかなか死に切れないのか?いずれにせよ過去数回、医師が余命宣告した期間をはるかに超えてきている母です。だから今回も越えるような気がしています。嬉しいような辛いような複雑な気持ちですが、それも本当にこれが最後だと実感せざるおえません。そしてその事実を受け止めるしかないのです。今はただ、楽に死なせてあげたい。それだけです。