”この地で生きる!” | わたしの夢はどこに・・・

わたしの夢はどこに・・・

私ってなに?本当にGIDなんだろうか?まだまだ彷徨っています。
その中で多くの方のブログを見させていただいて、いろいろなことを教えていただきました。
このブログは自らの心の整理と、一つの事例として他の方の参考になったらお返しになるかな
と思って開きました。


 

20年前にはわたしが女性の戸籍を取得しているなんて

  ひとかけらも考えられませんでした

  2年前は女性の戸籍を手に入れるまでのお時間がカウントダウンしている時でした

でもまた再び家族と共に近くで済むかもしれないことになるなんて

  やっぱり思ってもいませんでした

  ブログでは何回となく書いていますが、常にその地が終の棲家になるように

  この時も移ってから4年経ち、自治会の班長&部長として半年ほど過ぎた時で

  班内の人や自治会や各種団体の役員の方々にわたしと言う人間が認知され

  女性性で暮らしていける状手ごたえを得だした時期で

  さらに頑張ろうと思っていた時期です

 

そして子供たちはもちろんのこと、(元)奥さんとの交流も

  草刈りや修理等々の作業が主ではありましたが

  たまの家族旅行へのお誘いや

  進学にあたって家を離れた上の子や

  母子コミュニケーションが難しくなってきた下の子との交流

  (元)奥さんの配慮もあって、共通の二人の子の親同士という形で

  コンタクトは取り続けてきました

 

6年前に「勝手にRLE」と称して、GIDに取り組むために家を飛び出した時には

  最悪すべての関係が切れることも覚悟しての行動でしたが

  思っていた以上の交流を続けさせてもらいました

それがここにきて、さらにその関係性が深まろうとしています

  もちろんわたしは既に戸籍の改性が終わっているので

  改めて夫婦に戻ることはないし

  この先同性婚が認められても再婚はないと思います

 

昨年弟が亡くなり、やはり母を地元に呼び寄せました

  このことは2年前には全然考えられないことではなかったですが

  具体的には何も考えていませんでした

それが今は近くにいることで、月に何度かは様子見をしているし

  白寿の誕生日には初めての母娘お泊り旅をしてきました

  同じように考えてもみなかった下の子との二人でのお泊り旅もできました

 

要はいつも自分としてどうしたいかの想いは、常に持ち続けて

  それに向かって歩み続けて行かなくてはいけないのだろうと思いますが

  その取り巻く環境は自分の意思だけでどうにかなるものではなく

  その時々で、先をどうするのか、したいのか、に照らし合わせて

  常に軌道修正していくのかな、と思います

 

今は新たなステージへの質の転換点かな、と思っています

  先ずは自分の想いが第一であるのは言うまでもないですが

  (元)奥さん、そして子供たちの考えを聞きながら

  一年くらい時間をかけて準備していきます(^o^)

 

明日は向こうの家に、わたしの使っていた部屋の片付けに行きます

  その時、お年玉として渡す図書カードを買いに出ました

お母さんの親戚筋が近くにたくさんいるので

  子どもたちはそれなりにお年玉が集まるのですよね!

  だからこそお母さんに多くが預かられてしまうのです(^o^;)

      ・・・・”取り上げられる”とも言う(^o^;)

それでわたしは小さいうちからお年玉は現金ではなく

  図書カードで渡していたのです

  そうすればお母さんにあずかられることもなく

  場合によっては図書以外にも使えるしね!

  この辺りは子供たちはたくましいものですし、そういう知恵も大事だと思うからです

 

子どもたちはそれぞれの個性の下

  よくもわるくも、しっかりわたしの子供たちです(^o^)

  今ではわたしが子供たちを心配するだけでなく

  子供たちにわたし達のことを心配かけてしまっています

  そろそろその比率が逆転していくのですかね・・・

 

PS.今朝も朝から走ってきたのですが

  ”昨日の疲労”が出たのか。今日の累積疲労なのかはわかりませんが

  股関節や太ももを中心に違和感が半端ないです!

  もう明日はどうしようかなぁ~と、軟弱にも考えちゃっています

  走らないまでも、歩いて来るだけでも、定時刻起床は継続していった方がいいのかな・・・

 

  三日坊主の恐れあり!