四十八段目 《悲しみに》 | 《階段の途中》 マジすか小説&AKB小説

《階段の途中》 マジすか小説&AKB小説

マジすか学園の小説です。
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突然現れた二人の女に、小柄な男は舌打ちをした。
「くそっ、次から次へと邪魔しやがって。何なんだよてめぇら」
低く威圧的な声。成り行きを見守っていた悦子達は息を飲み、病室に張り詰めた空気が流れた。
しかしそれは、大堀の口から零れた酷く場違いな笑い声によって呆気なく破られた。
「うふふ」
「なに笑ってんだよ」
「別に」
貴方達があまりにも雑魚キャラっぽくて――大堀はそんな言葉を口に出さずに飲み込むと、意識を失って床に倒れたままの板野を指差した。
「私達はこの子の先輩よ」
男達が怪訝そうに眉根を寄せる。
「あァ?先輩だ?」
大堀の後ろでは浦野が板野の傍に屈み、ため息を吐いていた。
「また負けてる・・・」
大堀が後ろを振り向く。
「うふふ、もしかしてシブちゃんって凄く弱いのかしら?」
「かもしれない。まぁ、そこは駒谷の指導でなんとかなるでしょ。それに・・・」
「それに?」
「私は嫌いじゃないし。こういう奴」
浦野の言葉に大堀はクスリと微笑んだ。
「そうね。私もよ」
板野を壁際に座らせ、浦野が立ち上がる。大堀の横に並び、男達と対峙した。
「さて、とりあえずこっちを片付けますか」
無表情な浦野と、微笑む大堀。
そんな対照的な二人に、しかし一つだけ共通しているものがあった。
それは余裕。
二人の表情には微塵の焦りも、僅かな緊張も窺えない。
それが余計に男達を苛立たせる。
「クソガキが・・・」
長身の男が唸るように言葉を吐き捨て、その横で小柄な男が一歩前に出た。
「俺達はさっさと金を取り返して帰りてぇんだよ。怪我したくなきゃ余計な真似すんじゃねぇ」
「あら、怪我は嫌ね」
笑みを崩さぬまま大堀が肩を竦める。浦野は退屈そうに髪の毛をいじっていた。
堪えきれずに長身の男が怒鳴る。
「舐めてんじゃねぇぞッ!俺達が誰かわかってんのかッ!」
「いいえ、知らないわ」
「このガキッ」
長身の男は大堀に飛び掛かろうとしたが、それを小柄な男が止めた。
「まぁ落ち着けよ。知らねぇってんなら教えてやろうぜ」
そう言って小柄な男は唇の端を吊り上げた。浦野はその笑みに酷い不快感を感じたが表情には出さなかった。
その横で、大堀はじっと男を見詰めていた。
まるで、その黒い眼で何かを見抜くように。
「俺達はなぁ、天馬会って組の幹部やってんだよ」
大堀から笑みが消え、初めて浦野の表情が動いた。男の名乗った名を反芻する。
「天馬会、ですか・・・」
「どうやら知ってるみてぇだなァ」
“天馬会”。
それは“裏の世界”を統べる組織の名。
男達には確信があった。この名を名乗れば誰もが怯えると。
例え、それが嘘だとしても。
それほどまでに天馬会の存在は強大だった。
大堀と浦野が顔を見合わせる。それを見て小柄な男はニヤリと笑い、悦子達に歩み寄った。
「さて、馬鹿なガキ共は放っといて、さっさと金を渡してもらいましょうか」
悦子が震える手で久美と理久を抱き寄せる。
「早く金渡せよ。無理ならガキ共はどうなっても――」
「うふふ」
笑い声。長身の男の言葉が不自然に途切れる。
男が振り向いた先には、その黒い眼でじっと自分達を見詰める大堀がいた。
薄く弧を描いていた大堀の唇が、ゆっくりと一つの言葉を紡ぐ。
「――ダウト」
男達の表情が凍り付いた。
「ダメよ、嘘なんてついちゃ。私には全部わかるんだから」
君はペガサスじゃないわ――そう言って大堀は愉快そうに笑う。漆黒のスカジャンが笑い声に合わせて嘲けるように揺れていた。
全てを見抜く、大堀の黒い眼。
相手の些細な動作からそこに潜む意識を読み取る眼。
ばくばくと跳ねる心臓を押さえ付け、小柄な男は叫ぶ。
「嘘だと?ふざけたことぬかしてんじゃねぇ!」
「無駄ですよ。この人に嘘は通じません」
「嘘じゃねぇって言ってんだろッ!」
浦野は呆れてため息を吐いた。そんな浦野に大堀が声を掛ける。
「浦野、悪いけど確認してくれないかしら?」
「仕方ない・・・」
不承不承に頷いた浦野が携帯を取り出す。ストラップも何もない地味な携帯だった。浦野は気乗りしない様子で携帯を操作し、やがて耳にあてる。
男達は動揺から立ち直れないまま黙って浦野を見ていた。
「もしもし。私」
「お、おい、どこに掛けてんだよ」
長身の男が不安気な声を上げる。大堀は自分の唇に人差し指をあててそれを遮った。浦野は通話を続ける。
「訊きたいことがあるんだけど、私が最後に集会に行ってから新しく幹部になった人っている?」
男達が息を飲んだ。大堀はただ愉快そうに笑っていた。
「・・・うん。そう、わかった。ありがと」
パタン、と携帯を閉じる音がやけに大きく病室に響いく。携帯をポケットに落とし、浦野は男達に向き直った。
「えっと、私のお父さんって天馬会の一番偉い人なんですよ。だから嫌でも覚えちゃうんですよね、幹部の方々の顔」
男達は手のひらに気味の悪い感覚がじんわりと広がるのを感じた。
「でも、私が記憶してる幹部の方達の中にあなた達はいません。もしかしたら新しく入った方かもしれないと思い、お父さんに確認しましたが、どうやら違うみたいですね。というか、普通わかりますよね。組長の娘の顔くらい」
小柄な男が低く呻く。その目は何かに救いを求めるようにキョロキョロと辺りを彷徨っていた。
その横にいた長身の男はごくりと唾を飲み、震える唇で抵抗を試みた。
「そんなのてめぇが嘘ついてるだけじゃねぇのかよ!」
「なんなら」
浦野の声が男の言葉を掻き消す。
それはゾッとするほど機械的で平坦な声だった。
「誰か一人、呼びましょうか?」
長身の男が固まる。助けを乞うように後ろの小柄な男を見た。その視線を受けた小柄な男は、強く唇を噛み締めた。
「・・・帰るぞ」
苦虫を噛み潰したような顔で言葉を絞り出す。
そして、大堀と浦野の横を通って病室の扉に向かった。
「ねぇ」
すれ違い様、大堀が男達に声を掛ける。男達の足が止まった。
「最後に質問。あの人達の借金は本当なの?」
その問いに、悦子の肩が微かに揺れた。
数秒の沈黙の後、小柄な男が口を開く。
「・・・本当だ」
嘘だった。
大堀の黒い眼を使うまでもない、誰が聞いても明らかな嘘。
男達にも隠す気は無かったのだろう。
男達はそれきり何も言わずに病室を出ていった。
「シブヤお姉ちゃん!」
理久が板野に駆け寄る。
久美は戸惑いを隠せない様子で、男達が出ていった扉と自分の母を交互に見ていた。
そして、悦子はぼんやりと天井を見上げた。その瞳から一筋の涙が落ちる。だがそれは、決して喜びの涙ではない。
そのことがわかっていたからこそ、大堀と浦野はただ黙って病室を出た。
病院の通路を二人は並んで歩き出す。
すれ違ったナースに声を掛け、悦子の病室で板野が気を失っていることを告げた。ナースは驚いた顔をしていたが、二人はそれ以上何も説明しなかった。
二人はしばらく無言で歩いていたが、やがて浦野がため息を吐いた。
「あら、そんなにお父さんと電話するのが嫌だったの?」
「まぁね。でも今回の目的はことを穏便に済ませることだったし、口で解決できたからよかったよ」
「裏の世界の浦野。うふふ」
「だじゃれ?」
笑い会う二人。
二人は悦子達の事には触れなかった。軽々しく何かを言える立場ではないことを、なにより自分達が痛感していたから。
自分達はあくまでも助っ人なのだ、と。
「にしても、中西が入院してたなんて・・・驚いたわ。まぁ、部長と野呂は知ってたんでしょうけどね」
「そうね。でも、本当に大堀も知らなかったの?その眼があるのに」
「喧嘩以外じゃ仲間に使わないって決めてるのよ」
浦野は隣を歩く大堀を見る。いつもと変わらない表情だった。
「・・・中西は、何で入院してるんだろ」
「さぁ、私にはわからないわ」
「ていうか、中西は今どこにいるの?今回のことは中西に頼まれたんでしょ?」
大堀は黙った。何かに気付いた浦野の表情が曇る。
「まさか・・・」
「わからないわ。でも、最悪のケースだけは防がなきゃいけない。私達だけで彼女を止められる保証は無いけどね・・・」



病院の表玄関の反対側に位置する、周囲を木々に囲まれた空間。
逃げるように病院を後にした男達は、人目につかないその場所で立ち止まった。
「くそっ、どういうことだよ!」
小柄な男が拳を壁に叩きつけた。
長身の男が苛立たし気に呟く。
「なんで天馬会の娘が・・・」
「とにかくアイツに報告だ」
頷いた長身の男が携帯を取り出す。
小柄な男はその横で煙草を取り出した。口に咥え、火を点ける。
「俺だ。いったいどういうことだよ!天馬会の娘が関わってるなんて聞いてねぇぞ!」
携帯に向かって怒声を上げる長身の男。
小柄な男は忌々し気に顔を歪め、濁った煙を吐き出した。
その時、風が吹いた。
紫煙が風に呑まれて一瞬で消える。
「おい、矢神!聞いてんのか!俺達はお前の指示に従ったんだぞ!」
長身の男は怒鳴り続け、小柄な男は風を鬱陶しそうに顔をしかめた。
ざわり、と木々が揺れる。

「それ、どういうこと・・・」

何かを――何もかも圧し殺した声。
男達は振り向く。
そこには、一人の女が立っていた。
風に吹かれた長い髪が無造作に舞う。女は顔に掛かった髪を払おうともせず、乱れた髪の隙間から男達を鋭い目で睨んでいた。
そして目を惹くのは、その身に纏った璧緑のスカジャン。
風が吹き、スカジャンが舞う。
木々はただ揺れていた――震えていた。
「ねぇ、どういうこと?今、矢神って言ったよね」
中西里菜は、男達を睨み付けたまま静かに繰り返した。
「なんだよテメ――」
長身の男の言葉が途切れる。
殺気。
威嚇でも、警告でもない。
正真正銘の殺気だった。
「ねぇ、矢神ってどういうこと?それは、あの子達の名字だよね?」
中西が一歩男達に近付く。殺気が男達を喰らう。長身の男は小さく悲鳴を上げ、まだ通話中の携帯を地面に落とした。中西がそれを拾い上げる。
「矢神、久志・・・」
表示された名前を見た瞬間、中西の心を激情が駆け巡った。
怒り、呆れ、そして悲しみ。
「どういうこと?」
握り締めた携帯にピシリと亀裂が入る。
「ねぇ、どういうこと?」
「あ゛ぁぁア゛ア゛」
中西の放つ殺気に耐え切れなくなった長身の男が、壊れたような歪な叫び声と共に駆け出した。握り締めた拳を中西に放つ。
バキッ――と何かが砕ける音がした。鮮血。それなりの重量を持つ物体が地面に落ちる音。
地面に崩れ落ちたのは長身の男だった。長身の男が放った拳より先に、中西の拳が長身の男を砕いていた。
中西は拳を握り締めたまま、情けなく震えている小柄な男に近付いていく。
「お願いだから教えて。どうしてあの子達の父親と連絡してたの?」
皮一枚切り裂いた鋭いナイフが頸動脈に押し当てられているような、そんな恐怖が男を包み込む。
小柄な男はガタガタと噛み合わない口を必死に動かした。
「あ、アイツが俺達に提案して来たんだ。一緒に金儲けしないかって」
「――ッ!」
中西の目が見開かれた。その口は痙攣したように不気味に動き、呼吸は不規則に吸っては吐いてを繰り返す。
やがて、笑い声が漏れた。
「は、はは・・・。ふざけないでよ。じゃあ、借金は嘘なの?ねぇ・・・じゃあ全部無駄だったってこと?久美ちゃんがやりたいことを我慢して働いてたのは、理久君が毎日友達と遊ばないで病院の手伝いをしてたのは、二人のお母さんがぼろぼろになるまで働いてたのは、全部、何の為だったの?」
「俺達の、薄汚ない欲の為だ」
中西から表情が消えた。
その時、男は覚悟した。
自分は死ぬんだ――と。
中西が拳を振り上げる。次の瞬間、視界が大きく揺れた。痛みを感じる間も無く、男の視界は黒く染まった。


病院裏に絶え間なく鈍い音が響く。
中西は拳を振るい続けていた。
誰も守れない――奪うことしか出来ない拳を、中西は振るい続けていた。
大切な理久達の幸せを奪った男達から、それ相応のモノを奪う為に。
拳が返り血に染まる。構わない。とにかく殴らなければ。壊さなければ。奪わなければ。
中西は涙を流しながら真っ赤な拳を振るい続けた。