四十九段目《大丈夫の意味》 | 《階段の途中》 マジすか小説&AKB小説

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「うー、うー」
「少しは落ち着けよ」
部室の中をぐるぐると歩き回っている駒谷に、見かねた麻衣が声を掛けた。駒谷が僅かに語尾を荒げて麻衣を振り返る。
「落ち着いてなんかいられないよ!」
「ったく・・・」
麻衣はため息を吐いて椅子の背もたれに体重を投げた。
「部長は心配じゃないの?大堀が予想した通り、中西が暴走してるかもしれないんだよ?」
「大堀と浦野がいれば心配ないだろ」
「でも!大堀は前に中西に負けてるし、浦野だってあのままじゃ・・・。それに反逆同盟との戦争も近いんだしあんまり四天王を怪我させない方が――」
「大丈夫だ」
麻衣の一言が駒谷の言葉を遮る。
「“三人”を信じろ。大丈夫だ」
麻衣の瞳と目が合う。繰り返された“大丈夫”という言葉が、駒谷の胸に広がっていた不安を晴らしていく。
――大丈夫。そんな気休めのような言葉でも、部長が言うと安心できる。
「・・・そうだね」
「お前は野呂の手伝いしてこい」
「えー面倒くさいー」
「いいから行け」
文句を言いながらも駒谷は部室の壁に掛けられている桜色のスカジャンを肩に羽織って部室を出ていった。

階段を降りていく駒谷の足音が遠ざかる。
残された麻衣は足音が聞こえなくなったところで目を閉じた。抑えていた感情が唇の隙間から零れる。
「くそ・・・」
何が“大丈夫”だ。
大堀と浦野なら中西を止められると信じたからそう言ったわけではない。
本当はわかっていたからだ。病を患った中西が以前の強さを失っていることを。
「あいつはもう、強くない」



病院裏で中西を見つけた浦野と大堀は、目の前の光景に思わず動きを止めた。
中西が拳を振り下ろす度に大きく揺れる碧緑のスカジャン。その拳が振り下ろされる先には、赤黒い塊があった。
中西の背中に渦巻く碧緑の殺気に足が竦む。
先にその呪縛から抜け出したのは大堀だった。
「・・・行くわよ」
「えぇ」
大堀は足の裏から這い上がる悪寒を掌で握り潰し、駆けだした。振り上げられた真っ赤な拳を後ろから掴む。中西が振り向いた。
「大堀・・・」
振り向いた中西の頬に残る涙の跡。胸に痺れるような痛みを感じた。
「・・・やり過ぎよ、中西」
「やり過ぎ?」
大堀の言葉を反復し、中西は不思議そうに首を傾げた。
「ははっ、何言ってんの?まだだよ。コイツらは・・・コイツらは私が!」
殺すんだ――そう叫ぶと同時に中西は掴まれていない方の拳を大堀の鳩尾に突き立てた。大堀の口から濁った息が洩れる。鳩尾を庇うようにして体を曲げた大堀の頭部に中西が上段蹴りを放つ。その動きには仲間に対する遠慮など微塵も感じられなかった。
「くッ――」
大堀は迫る蹴りを左腕で受ける。骨を折られる程度は覚悟していたが骨が折れた様子は無い。大堀の思考に疑問が浮かぶ。
――手加減された?それとも・・・。
しかし大堀はすぐにその疑問を頭から追い出した。考え事をしながら対処できる程、目の前の脅威は甘くない。
大堀は痺れた左腕を横に大きく薙いで中西を見た。
「話しても無駄みたいね」
「邪魔するなら大堀でも殺すよ」
「無理よ、それは」
「は?」
中西が地面を蹴る。対する大堀は中西の動作を読み取ろうと“黒い眼”を凝らした。しかし見えたのはあらゆる意識を呑み込む狂気の奔流。狂気に覆い隠された意識からは行動の意図を読み取ることが出来なかった。
大堀の“黒い眼”は中西に通用しない。
「やっぱりダメね・・・」
大堀は軽くため息を吐いて拳を握った。中西が間合いに踏み込む。瞬間、大堀が拳を飛ばす。中西はそれを左腕で弾き、右拳を飛ばした。拳が大堀の頬を捉える。漆黒のスカジャンがゆらりと後ろに傾く。倒れていく大堀を見て、中西は僅かに緊張を解いた。刹那、上半身と入れ替わるように大堀の右足が中西の顎を目掛けて打ち上げられた。
「――ッ!!」
中西は咄嗟に大きく背を反らしてそれを躱したが、バランスを崩して後ろに数歩よろめいた。大堀が起き上がる。二人は距離を置いて拳を構えた。
中西が乱れた息を整えて駆け出そうとしたその時、トンッという軽い音がして中西の瞳は輝きを失った。
力無く倒れる中西の体を後ろから抱き止めたのは、中西の首に手刀を落とした浦野だった。
「緊張した・・・」
ふぅ、と安堵の息を吐く浦野。大堀が笑顔で歩み寄る。
「お疲れ様。だけどもう少し早く出来なかったのかしら?」
「無理だって。中西の意識が完全に大堀に向くまで迂闊に近寄れなかったもの」
意識を失った中西を左右から支えて二人が歩き出す。
「ねぇ浦野。その手刀どうやるの?小嶋陽菜にも使ってたわよね」
「う~ん。たぶん口で言っても出来ないよ」
「うふふ、天馬会の一人娘として幼い頃からあらゆる武術を叩き込まれた浦野だから可能な技ってことかしら?」
「なんか馬鹿にしてない?」
「うふふ、そんなことないわよ」
大堀は楽しそうに笑った。
会話が途切れ、浦野は目を閉じている中西の横顔を見た。病的なまでに白い肌を斑模様に染める返り血。そしてそれを流す一筋の涙の跡。
「あの男逹どうする?」
浦野の問いに大堀は首を横に振った。
「わからないわ。ま、放っておけばいいんじゃないかしら。目を覚ましたら自分で病院に行くわよ」
「生きてる?」
「えぇ」
「でも、中西にあれだけ殴られたら・・・」
「大丈夫よ」
浦野は何故、大堀が大丈夫と言い切れたのか気になったが、大堀の表情を見て聞くのを辞めた。それは悲しそうな横顔だった。
浦野の視線に気付いた大堀はいつものように柔らかく微笑んだ。
「ねぇ、とりあえずこの子の返り血をどうにかした方がいいんじゃないかしら?」
「そうだね。これじゃまるで人殺しだ」
言ってから浦野は慌てて口を押さえた。
――失言だ。
「ごめん・・・」
「いいわよ。でも本当の人殺しにならなくて良かったわ」
「大袈裟だよ・・・大堀」
自身に言い聞かせるように呟いた浦野に対して大堀は、そうね、と呟くだけだった。