四十七段目 《理由》 | 《階段の途中》 マジすか小説&AKB小説

《階段の途中》 マジすか小説&AKB小説

マジすか学園の小説です。
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「理久君、かな?」
中西の病室に向かっていた理久は、男の低い声に名前を呼ばれて足を止めた。振り返り、自分を呼んだ人物を確認する。
小太りで小柄な男と、ひょろりとした長身の男だった。
見知らぬ男逹に、理久は訝しげに眉根を寄せる。
「おじさん逹・・・誰?」
「僕達は君のお母さんのお友達だよ」
そう言って、小柄な男は笑みを浮かべた。理久の警戒心が和らぐ。
「お友達?そうなんだ」
「だから、僕達を君のお母さんの病室に案内してくれるかな?」
「うん。いいよ」
長身の男の申し出を快く受け入れ、理久は歩き出した。
――お友達が来たら喜ぶかな?
母が喜ぶ様子を想像した理久がクスッと笑う後ろで、二人の男は薄っぺらな笑みを顔に貼り付け、口角を吊り上げた。



手が震える。その震えがカップの中の液体に伝わり、琥珀色の水面を小刻みに揺らした。水面に写った自分の顔がバラバラになる。
板野はゆらゆらと湯気が上がるココアに慎重に唇をつけた。
「熱ッ!」
慌ててカップから口を離す。ココアに触れた上唇がひりひりとした。
「くそ、何で熱いの買っちまったんだ・・・」
飲むことを諦め、板野は座っているソファーの端にカップを置いた。ため息を吐きながら、正面の通路に目をやる。
この通路を通らなければ久美逹の母親がいる病室には辿り着けない。つまり、この通路を見張っていれば異変が起きてもすぐに気付ける。
そう――守れる。
「守れる、か・・・。中西先輩はどうして・・・」
守れない――そう言った中西の真意が、板野は未だに理解出来ないでいた。
四天王の一角を担う以上、中西先輩も相当に強いはずだ。少なくとも自分よりは。
だがそれでも、中西先輩は守れないと言う。それはいったいどういう意味なのか。
板野はまだ湯気の立つココアを一口啜った。


「シブヤお姉ちゃん!」
「あ?中西先輩のとこ行ったんじゃねぇのか?」
ココアを飲み終えた板野のもとに、理久が小走りにやってきた。
「うん。でも途中でお母さんの友達に会って――」
立ち止まった理久が後ろを振り返る。
「ほら、あの人達」
理久が指差す先には、こちらに歩いてくる二人の男がいた。
「こんにちは」
小柄な男が額の汗をハンカチで拭いながら気さくな笑顔で頭を下げる。
「ども・・・」
――このタイミングでの来客。どう考えてもおかしい。
会釈を返しながら、板野は探るような目で二人を見た。
「何か付いてますか?」
長身の男が自分の頬を撫でて首を捻る。
「いや、何でもないっす・・・」
「じゃあね、シブヤお姉ちゃん。早くお母さんのところに連れてってあげなきゃ」
理久が歩き出すと、それに続いて二人も足を動かした。
遠くなる三人の背中が久美逹の母親の病室に消えたところで板野も歩きだした。
――本当に友達なら良し。もし違うなら・・・
異変があればすぐに向かえるようにと、板野は病室の近くの壁に耳を澄ませて寄り掛かった。



トントンと扉をノックする音がして、矢神悦子は笑みを零した。ベッドの上にゆっくりと半身を起こす。
「理久ったら、母親の病室くらいノックしなくていいのに」
「お母さんの言うことをちゃんと守ってる証拠だよ」
母――悦子のベッドの横で、久美が笑顔を返した。
「久美、なんか急に変わったわね」
「え?どこが?」
笑顔が明るくなったわ、と悦子が答えたのと同時に、扉の向こうの理久が声を上げた。
「まだ入っちゃダメー?」
「あ、忘れてた。いいわよ、入りなさい」
横滑りの扉が開く。中に入ってきた理久が悦子のもとに駆け寄った。
「お母さん!お母さんのお友達、連れてきたよ!」
「え?友達?」
心当たりが無い悦子は表情を曇らせる。
その時、理久が開けっ放しにしていた扉が閉まる音がした。
扉に目を向けた悦子の目に二人の男が映り込む。

「探しましたよ。悦子さん」

にたぁと小柄な男が笑った。悦子の表情が一瞬にして恐怖に染まる。
「どうして・・・」
金を返せと追い掛けられた恐怖が甦る。硬直した体をなんとか動かし、ナースコールに手を伸ばす。
だが、その手は長身の男が放った蹴りによって弾かれた。
「――ッ」
「余計なことすんじゃねぇよ」
「お母さん!理久ッ、なんでこんな人逹つれてきたの!」
悦子を庇うように二人の前に立った久美が、理久を怒鳴り付けた。
「大声出すなよ。誰か来たらヤバいだ――」
ろッ――小柄な男が久美を殴る。耳に残る、鈍い音。久美が小さく悲鳴を上げて床に倒れた。
「久美!」
「お姉ちゃん!」
ベッドから身を乗り出して悦子が叫ぶ。理久は二人の男に向かって駆け出した。
「理久!ダメ!」
理久は悦子の制止にも止まらず、小さな拳を振り上げる。
「お姉ちゃんを――いじめるなッ!」
「うるせぇなぁ。何度も言わせんなよ・・・」
小柄な男が理久に手を伸ばした。首を掴む。
「う・・・」
首を掴まれた理久は、握り締めた拳をだらりと下ろした。
「理久ッ!」
「悦子さんよぉ、俺達は言ったよな?今度逃げたらガキ共はどうなっても知らねぇって」
そう言って、小柄な男は理久を掴む手に一段と力を込めた。
久美は未だ起き上がらず、理久は苦し気に呻いている。目の前で暴力を振るわれる我が子の姿に、悦子は悲鳴を上げた。
誰でもいい。誰でもいいから――
「助けてっ!」

「その手を離せ」

扉の方から発せられた威圧的な声。その場にいた誰もが一瞬、動きを止めた。
床に伏せている久美が声のした方に顔を向ける。
瞬間――鳥肌が立った。全身を畏怖の念が駆け巡る。
「シブヤ、さん?」
久美の問いには何の反応も見せず、板野友美は殺気にも似た激情を瞳に湛え、小柄な男を睨み付けていた。
「その手を離せ」
「おや、さっきのお嬢さんじゃないですか」
長身の男が恭しく頭を下げる。
「これは少し戯れているだけでして・・・」
「もう一度だけ言う。その手を離せ」
板野は長身の男には一瞥もくれず、小柄な男に向かって言った。
その目は、理久を掴む小柄な男だけを見ている。
「チッ、下手に出れば・・・おい」
小柄な男が長身の男に目で合図を送った。長身の男が頷き、板野の頭部を狙って蹴りを放つ。
板野はそれを屈んで躱し、一足で小柄な男との距離を詰めた。拳が霞む。
「シッ―――」
板野の拳が小柄な男の肘を撃ち抜く。男は咄嗟に理久を離した。咳き込む理久を悦子が抱き寄せる。
「おー痛い痛い。いきなり酷いなぁ」
肘を擦りながら小柄な男がニタニタと笑う。同時に背後で長身の男が構える気配を感じた。
板野は前後を同時に警戒しつつ、床に伏せている久美に声を掛ける。
「久美、大丈夫か?」
「はい。ちょっとくらくらしますけど大丈夫です」
「そっか。じゃあ、礼治にこのこと知らせてこい」
「わ、わかりました!」
返事をした久美が立ち上がり、扉に向かって走った。しかしそれを長身の男が遮る。
「行かせるわけねぇだろ」
「チッ・・・久美、もういい。母さんと理久のそばにいろ」
「でも、シブヤさんはどうするんですか?」
「早くしろ!バラバラだと守りにくい!」
板野の怒声に、久美は慌てて移動した。それを確認した板野は、久美逹三人を背に二人の男と対峙する。
「なぁ、お嬢さん、何か勘違いしてないか?俺達はあくまでも、貸した金を返してもらいに来ただけだぜ?」
小柄な男が嗤う。板野は吐き捨てるように言葉を返した。
「は?金を返してもらうだけでガキを殴る必要があんのか?」
「仕事だよ」
「くそが・・・」
強く拳を握る。手のひらに鋭い痛みが走った。見ると、長いネイルが手のひらに喰い込んでいる。
薄い桃色のそれを一枚剥がす。
「てめぇらはマジでぶっ飛ばす・・・」
「お嬢さん、一つ忠告しておこう。俺達は“裏の世界の人間”だ。敵に回す覚悟は出来てんのか?」
「知るか。目の前の敵が誰だとか、そんなもん関係無ぇんだよ」
一枚、また一枚とネイルを剥がし、落としていく。
全てのネイルを剥がし終え、板野は強く拳を握った。
「私の後ろに守りたい奴がいる。だから――守るッ」
踏み込む。床に散らばったネイルがバリバリと悲鳴を上げて砕けた。
握った拳を小柄な男の顔面に叩き込む。よろめいたところに追撃を加えようと足を動かす。瞬間、耳元で鳴る風切り音。左側から迫る黒い塊。反射的に左腕で防ぐ。それが長身の男の蹴りだと気付いた時、左腕を重い衝撃が襲った。ミシリと骨が軋む。
「いい反応だ」
殴られた頬を擦りながら、小柄な男が笑った。先程のダメージは無いようだ。
「チッ、効いて無ぇってか・・・」
「女子高生のパンチなんか痛かねぇよ、お嬢さん」
小柄な男の左足が揺れる。咄嗟に後ろに下がって躱そうとしたが、そこには久美逹がいた。
「――くっ」
一瞬の迷い。板野の脇腹を男の左足が貫く。
重い――板野の脳裏に篠田の蹴りが甦る。
「うっ・・・」
がくりと膝が折れ、床に手を付く。男の革靴が視界に入った。どっちの男だろうか。疑問に思うも、顔を上げられない。
男と女の差。体格の差。力の差。大人と子供の差。人数の差。経験の差。
たった一度の蹴りで、板野は埋められない差を悟った。
その上、場所も悪い。互いに回避が出来ないこの狭い空間は圧倒的に自分が不利だ。
私の軽い拳は男逹にダメージを与えられない。しかし逆に、男逹の重い拳は一つ一つが確実に私を弱らせる。
――勝てない。
浮かんできた弱気な考えを振り払うように、板野は勢いよく立ち上がった。
「アアァッ!」
勢いのまま、目の前の小柄な男に肩から突っ込む。男は呻き声を上げて尻餅ついた。
追撃はしない。すぐに長身の男を視界に捉える。雄叫びを上げながら拳を放つ。一発、二発。力の限り打ち付けるも、男の表情は変わらない。
「ガキがいくら殴っても意味無ぇよ」
男の足が動く。来る――そうわかっていても動けなかった。先程のダメージが思ったより効いてたらしい。
長身の男の蹴りが脇腹を抉る。重い。内臓が悲鳴を上げる。口から無理矢理酸素が吐き出される。
それを取り戻すかのように息を吸いながら拳を握り、放つ。長身の男の頬に当たった。しかし手応えは無い。
すぐに逆の手を握り締めたが、腹部に男の蹴りが迫っていた。
衝撃。一瞬遅れて訪れる鈍い痛み。
「ぐ・・・」
なんとかそれを耐えた板野に二発目が迫る。激痛が走り、蹴られるがまま受け身もとれずに壁に衝突した。
何とか倒れないように踏みとどまるが限界は近い。
「シブヤさんッ」
「シブヤお姉ちゃん!」
久美と理久の声が、嫌に遠い気がする。
――また守れないのか。
視界が揺れる。後ろを振り向くと、久美が、理久が、そして二人の母親が、自分を見ていた。
「は・・・」
――なんで私はこんなことしてんだ?関係無いじゃん。
二人の母親なんて初対面だし、二人とだって別に・・・。
笑えた。他人の為に体を張って、殴られて――そんな自分が、笑えた。
――やめようかな。
だが、そんな思いとは反対に、目は男逹を捉える。手は強く拳を作る。足は男逹に向かう。
一歩、男逹に向かって踏み込む。激痛に顔をしかめた。間違いなく今までで一番痛い。
自分の呼吸がうるさい。鼓動がうるさい。
そこら中が熱くて痛い。
もう一歩、男逹に近付く。
たった数歩しかない距離が酷く遠く感じる。
男逹の呆れたような顔が見えた。
三歩目。踏み込むと同時に拳を振り上げる。
それを見て小柄な男が、はぁ、とため息を落として手を動かした。
あれ?速いな――そんなこと思った次の瞬間、腹部に男の拳がめり込んでいた。
「うっ・・・」
あぁ、私が遅いのか。床に倒れ込みながら、一人で納得する。
――負けた。また負けた。
頬に床の冷たさが伝わる。
音がしない。視界が歪む。
全てがぼやけて見える。
そんな不鮮明な視界の中で、ぼんやりと黒と赤の二色を見た気がした。

「酷いですね、これは」
「うふふ、よく頑張ったじゃない」

聞き覚えのある二つの声だけが、音として理解できた。
「大丈夫よ。後は任せて」
鼓膜を揺らす妖艶な声。
板野はそこで意識を失った。