HIROTOの日記の巻

HIROTOの日記の巻

仙台で活動中のMELODICPUNK BAND FEEBLE-GRINDでBassvocalをやっているHIROTOの日常。日々思う事や影響を受けた音楽やculture、TATTOO、、好きな事を書いてます。憧れのバンドはMxPx。

http://mxpxtrackintarget.wixsite.com/punkrock

7月入ったー!と思ってた矢先、あれれ?もう終わりかけてるぞ?なんなら8月がもう既に終わりに差し掛かり、、秋が見え始めそう。と思ったら9月かよー!


気付けば日にちだけが過ぎ、やりたかった事とか考えてるうちに自分だけ未来に進んでなく、何も進まないまま置いてきぼりになっている感がある。


俺は変わるんだ!とか言ってる奴に限って変われないと思うんだな。実際そういう人を身近で見てきた。

人は環境に9割位左右されるらしい。

極端な例えだけど、バンドマンな自分の周りにいる人が、(常日頃接する人達だとして話してます。)皆ゴリゴリのバンドマンでやる気がありモチベーションも高く、常にバンドや音楽での夢を語ってる人がいたとする。場所はライブハウスとか職場とか。そんな人達と常日頃一緒にいたら必然的にモチベーションは上がるんじゃないか?と思ってる。

まぁ分からないんだけどさ。

ここまで言っても結局は自分の気持ち1択かもしれない。

変わらない事を俺カッコいい!と思う人もいるし、何としてもこの状況を変える為にも俺は変わるんだ!と思って変わるもいる。


常日頃に周りが仕事の愚痴とか誰かの不満とか文句とかそんな事しか話してなかったら心が死んでしまう。相談とかで話を聞くのは別だけど。

音楽とかwarped tourの話とか機材の話とかtattooの話とか映画の話とか、くだらない失敗談とかすべらない話とか、夢とか、そんな事を語りたいよねー、どうせなら!


と、言うわけで日記の時間です。

待たせたな!(METAL GEAR風)

過去と最近の出来事をここに書き残していこうと思います。


★OWEAKのイベントを観にBIRDLANDへ行ってきた。



元々OWEAKギターのババ君に誘われてて観に行ってきた。と言っても途中参戦だったんだけど。

怖い位にお酒がバンバン出るイベントでしたねw
元々ライブハウスってこんな感じだろ!って思うような雰囲気でした。床も誰かがこぼした酒で汚れてたし。この日BIRDLANDでは過去1でお酒が売れたそうです。すげぇ!

誰かのライブを観るとインプットになるよねぇ。途中からだけど観たバンド達は全部個性あってリアルな現場がそこにはありました。
マイメンのRelentsは以前と変わらない振り切れたパフォーマンスがあり、観てて安心。同年代が命燃やしてライブをしているのをみるとモチベーションも上がる。
人のライブを見ると自分もライブがめちゃくちゃにやりたくなる。こればっかりは昔から変わらない。ちょいちょい新曲を混ぜてきてる辺りも上手いなぁーなんて観てました。AGE OF KIDもOWEAKも圧巻のライブ。

はー、悔し。

あ、素直な気持ちが。

上手い人達でライブやってもそれなりの回数こなしてないとグルーヴって出ないと思う。同じメンバーとずっとやり続ける人達の方が絶妙なグルーヴがあると思うんだよな。
俺が言うなよって話だな。

素晴らしい位に心が満たされて1日を終えましたとさ。


★7/4 石巻で弾き語り



順番が前後しちゃうんだけど、弾き語りツアーと称して日程を組んでまして、その初日が石巻でした。元々バンドで誘われてたんだけど、ちょっと厳しそうだったので弾き語りでお願いをしたら出演する事が出来た。

この日は仙台のALIEN BACK HEADのレコ発。誰かのレコ発に入れてもらえるのはバンドをやっている中ではとても光栄な事。微力ながら最高な1日を作りたいと考えてた。

ABH赤間さんは牡蠣食ってきたみたいで途中からお腹痛くて苦しんでたな。

職業柄「え?ノロウイルスか?」と思い、ガチで警戒してしまった、ごめん。

そんな赤間さんとは同じ接骨院に通う仲間。

ったく、どんだけ腰使いまくってんすか?

オトナー!

馬鹿野郎、仕事だ。資材持ったり移乗介助したり排泄介助で中腰になったり、色々ある、

何度もやってきた事だけど、バンドで音源を作って形にして、宣伝してツアーを回って、自分らの自主企画でツアーを締めくくって一区切りをつける。で、また次の目標に向かって走り出す。

良いよね、本当に。

自分の中ではバンドって一生終わらない部活動みたいな物として見てる。あ、小さい株式会社としても見てるかな。

歳はあんまり関係無いかもしれないな。心が情熱で燃えてればもう青春かも、何歳でも。赤い炎と青い炎が常に渦巻いている感じ。

誰かの力を借りないとやれない人達もいるし、やらない人達もいる。俺も最初はRIPPLE堀越店長が色々と教えてくれて一つづつ覚えていったタイプ。

今まで沢山のバンドの節目を見てきたけど、レコ発の時が何だかんだで1番輝いている気がする。当たり前か。

ツアーをちゃんと回ってるだけあって盤石なライブでしたABH。

そしてしっかり打ち上げもガッツリやっていったらしいですw お疲れ様です!



今回の自分の様子はYOUTUBEにもUPしているので、興味がある人は見てみてください。


帰りの独り夜中の運転は色々とエモかった。


はぁ〜バンドで死ぬ程ツアーとかライブやりてぇっちゃーおらなば。


★7/30.7/31高円寺と両国


弾き語りの音源を作って自分のエゴとわがままでツアーを組んで回りたい!と思ったのが去年年末辺り。そこから形にしてブッキングして今に至る訳なのだが、もう10数年前に誘われた弾き語りがあって、それが自分の中では弾き語りのターニングポイントでした。
STUDSのタクさんは常に刺激をくれる人だったけど、この時はまだそんなに親しくなかったからね。
その方はもう音楽業界から離れてしまっているんだけど、30歳そこらの自分にはとにかく説得力のある言葉と気持ちが伝わってきた。
別にライブって何か話す場でもないんだけど、話さないと伝えれない事があるじゃない?不思議かな、バンド始めた頃って全然今よりも喋れなかった。「何を喋ればいいんだろう?」と一気に頭が真っ白になるというか。これって歳を重ねる事だったり喋る経験値を増やしていく事で慣れて上手くなっていくというか。俺は今でも下手だけど。
弾き語りって特に喋りが大切な気がする。
ほとんど経験値が無い状況での弾き語りはもう悲惨でしたね〜。良くやったわ自分w

後々調べてみたら、その方は元々メロディックパンクのバンドをやってた方で、年齢も含めるとそれまでやってきた経験値が付加価値になってたんだろうな。とにかくかっこよかった。

1人で場の空気を作れたり変えれたりする力を身につけたらさ、バンドでやった時に最強だと思わない?

この言葉が当時の凹んでた自分には突き刺さりました。

あれからだいぶ時を経たんだけど、少しはフロントマンとして成長したのかな俺は。

いつまでも成長したい!と思う気持ちが今の自分を突き動かしている。

でも早口は駄目だw


今回の高円寺と両国編はYOUTUBEに動画がUPされているのでそちらも見てもらえたら嬉しいです。

高円寺はSHACHIのタケさんにお願いをして組んでもらいました。
これは弾きたがりの縁ですねw
また弾きたがり出たいな〜!

2日間東京だったので宿に連泊してそこから会場に向かう事に。なかなかギリギリだったけどホテル予約出来ただけ良しとしよう。

しかし天下のGoogleナビでは電車の乗り換え案内が心細く、結果的に乗り場が分からなかったり乗る電車を間違えたりと盛大に田舎者あるあるをやってしまった。仙台ではこんなに乗り換えはしないよ。大体1本で行ける。

乗り換えを間違えまくってスタートの5分前にフォーキース酒場に到着しました。

まずは到着したから良しとしようじゃないか、、。

この日は完全にバンドマンの弾き語り!

その言葉に尽きました。

出演者皆知り合いだったからね。
  
酒場がしっかりライブハウスみたくなってましたね。

レコ発て事で有り難くトリで歌わせてもらいました。

最高!に尽きました。

全くと言って良いほど売れてないんだけど、ここには売れるとはまた別の世界線が存在しましたね。まず楽しくない事には駄目だよね。

昔から自分に言い聞かせてる言葉があって、

「目の前の事に対してまずは一生懸命やる」

これはそんなに間違いではないのではないか?と思い始めている。

目の前の事案に対して一生懸命向き合う、楽しむ、本気でぶつかる。

これが出来ない、やれない人がさ、他に何が出来るんだろう?何なら誰がそいつを見てくれるんだろう?

そう思います。

その結果が高円寺だったり、今回の全国の繋がりだったり、今までやってきた事なのかな〜と。

話は戻るけど打ち上げを終えてしっかり電車で宿に戻ってきてこの日は終了。




翌日は両国SUNRIZE。



SAVESのキッシーにお願いして何とか組み込んでもらえました。

パインさんが居るという事もあるんだけどさ。

この日は電車で直ぐだったので迷わず到着。

去年のツアーでここに来たなーなんて独りエモくなる。

到着したら長野のTHE RAPIDがリハしてました。ここも実は同年代(ギターのモヒ君)なんだよな。数年前に会った時はそんなに話せなかったんだけど、今回は色々話す事が出来ました。良い意味でバンド長く続けてる人ってやっぱどこか変わってるよね。その位突き抜けれないと続けれないよなぁ。

ライブはしっかり歌い切りましたよ俺。当たり前か。

しっかりパインさんからのダメ出しももらいました、ありがとうございます。

ちゃんと打ち上げもあり、テキーラも飲み、日付が変わる前にちゃんと宿に戻れました。健全!!

★8/6.8/7 8/31. 盛岡、弘前、米沢

真夏の東北をアコギ一本で駆け抜けてきました。



盛岡は去年のツアーで行った時から「ここは通いたいなー、、」と感じる事がありまして、なるべく間を空けずに行きたい!と思い連絡して組んでもらいました。

行きは下道で。時間もあったのでのんびりしながら北上していきましたね。

対バンの子達がベテランだったり若手だったり、仙台であまり組まされそうにないようなメンツでちょっと嬉しくなりました。

打ち上げもバーカウンターでの立ち飲みスタイル。こういうので全然良いです。



自分よりも一回りも二回りも歳が違う子達を見てると「そっかぁ俺にもこんなに若い時があったよなぁー」と謎のエモタイムになっちゃいましたね。ギラついてて野心ある人は大好きですね。俺も常にそう在りたい。俺の場合はTATTOOでド派手に偏見勘違いされる可能性があるので変な殺気オーラは出さないようにしよう、、。

この日は昔仙台に住んでたバンド仲間が見に来てくれてさ、それも嬉しかった。バンドのライブを見せれなかったのは残念だけど、俺がこうやって通ってればお互いの生存確認になるよな。

心の中では常にNO USE FOR A NAMEを鳴らそうぜー!アコースティックベースもありがとう!大切に使わせてもらうよ!


翌日は青森県は弘前市。前日の熱気を一関の古戦場で洗い流していざ弘前へ。



高速道路で大鰐弘前で降りる度に6thMANはこんな遠い所から彼方此方へ駆け抜けてたのか、、と、感心します。カッコ良すぎだろ。

KEEP THE BEATに到着したらその6thMANの元片割れ(しょーや)がいました。
変わらないなぁ相変わらず!

ほぼ大多数のバンドマンが八戸へ行くムーブなのに俺は弘前。いやぁ俺は弘前が好きだからね。誰か亀houseをクラウドファンディングで復活させてくれよ?
今度はちゃんと楽屋は別に作ってね。あとトイレも綺麗なタイプに直してくれ。

リハ終わりでR.A.Dへ行くムーブかまして1つミッション完了。
この日はthis is 弘前!みたいなボスクラスの演者ばかりで震えました。いや、この日の詳細が分かった瞬間から俺は楽しみで仕方なかった。

案の定ライブは全て最高に良かった。

俺はありがたい事にアンコールまで貰えたし。

いいよね、うん。だって本分は歌いにきてるんだからさ。力一杯歌えました。

打ち上げもこれまた面白かったし、まさる君のラーメン屋に行けたので二つ目のミッション完了!




ただのイエスマンじゃなくて、自分の事を思って意見を言ってくれる人は大切にしような!と思えた夜。

批判する人からは一瞬で離れましょうw
俺がそうだったので。


日にちが空き、山形県は米沢へ。

ここも10年前かな、よくバンドで来てました。それこそSWEET&SOUR LIFEや、神奈川のSTUDSのお陰ですかね。

米沢で知り合って今でも繋がりがあるのはSHE TURNS ME ONのたかひろ君。貴重な同い年バンドマン。この日も出演してくれて胸熱。

いつも来てた米沢ARB、この日は正面のシャッターが開いててさ、それにテンションがあがった。いつもバンドで来た時は閉まっていたからね。中はしっかりと良い感じのBARになってました。



自分はしれーっとライブをやりに来たけど、ここを昔から護っているゴロウさんは凄いと思います。バンドと同じで好きじゃなけりゃ続けれないよきっと。ライブやれるのはさ、そこを護ってるローカルヒーロー達がいる事を忘れないでね。

この日は山形名物のスガマさんだったり久々に再会したバンドマンの子だったり、米沢のギターヒーローが来たり、続けてて良かったなぁと思えるエモい夜でした。

皆年取りましたねw

タシロックもYONEZAWA ROCK FES 頑張ってくれ!

てか、実は凄い漢なんだなw
知らなかったぜ!


この3人とも同い年だってよ、、



と、ここまでを書き殴ってみたから乱筆乱文龍虎乱舞なのはまぁ勘弁。

コツコツ書き足してたのもあるので、加筆。

パインさんが8/28に永眠されました。

俺そういえばパインさんと初めて会ったのはいつだったかな?と記憶の検索をかけてみたら、2012年頃?でした。今は無き老舗ライブハウスの古河SPIDERで竹中さん企画だったかな?思い出せないんだけど、対バンでPINZE がいて、BxCxGのギターのカズさんと酒を酌み交わしてたのを覚えてます。打ち上げで蕎麦が出てきて、パインさんが蕎麦つゆにテキーラを入れて後輩に食べさせてて、その後輩は悶絶してましたね、、。
そこから府中FLIGHTで再会して、そこから新宿ACBの店長になって、そこからFEEBLEはよくACBに行くようになったんだよね。なんというか、行きやすくなった、これが1番。それまでとても敷居が高いイメージだったんだけど、パインさんが良い意味で間口を広げてくれたので気軽に行けるようになりました。
THE ANSWER レコ発の東京ファイナルでは散々な結果になり、俺は打ち上げで泣いてしまったんだよぅー。あぁ、良き思い出。

沢山のきっかけと叱咤激励とお酒をありがとうございましたパインさん。

向こうでは先にアラタ君と乾杯していてくださいね。

俺は俺らしく全力で生き抜こうと思います。







へばね★


今日の一曲

FEEBLE-GRIND / SOULMATE