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札幌市内の心療内科などを、あたった結果をまとめました。
 
話がつながっているので、一応これまでの経緯のリンクも貼っておきます。
 
 
数年前なら、化学物質過敏症であることを医療機関に伝える時、「初めて聞いた」というような反応が返ってきていました。今回はすんなり話が通ったので、化学物質過敏症という病名の浸透性を感じました。
 
私の主治医の診断結果は、この記事の下のほうに載せています。
実は…主治医とは、私の病状の根本的な部分について話したことがありませんでした。これは心理士の先生に対しても同様で、私が人に心を開けなかったからです。
 
特に「人との会話が困難である」という症状の部分は曖昧にしか話していません。上手くできないことに対する罪悪感と、人間不信が強かったためです。

 
▲メンタルクリニック札幌大通
 
通院歴、診断名、薬の有無を聞かれ、「化学物質過敏症のため薬は飲めない」ことを伝えると
 
「カウンセリングがご希望なら町のクリニックへ。」とのことでした。
 
電話に出た方は中年の男性っぽい感じでした。事務的な感じ。
 
 
▲こころメンタルクリニック
 
HPを見る限りでは患者の立場になって考えてくれそうな印象で、この病院に一番ひかれました。
残念なことに、複雑性PTSDと解離性障害は専門外でした。
 
スタッフが全員女性で、受付電話の対応はすごく感じがよかったです。
 
 
▲S心療内科
 
電話で解離性障害と複雑性PTSDかもしれないことを話すと、PTSD担当の先生は「診察できない」ということで、院長先生が一度診てから、継続できるか判断するということになりました。
 
予約の時点では転院を考えていましたが、予約から診察まで日数があったために私の考えが変わり、当日は転院ではなくセカンドオピニオンで受診することに。
 
院長先生とうまく喋れるかわからなかったので、経緯や症状を書いた紙を見ていただこうと思ったら「医師は私だけなので時間もないですし…」と止められました。
 
このため、どこから説明していいのか混乱してしまい、トラウマとなった彼の話からしてみましたが、上手く伝えられませんでした。
 
また、診察のわりと最初のほうで、↓こういう会話もありました。
 
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先生 「複数性PTSDになる人は、子供の頃に虐待を受けているので、18歳で症状がでてるなら複雑性PTSDではないよ。」
 
私 「私、虐待うけてますよ?」
 
先生 「…うん。」(わずかに戸惑うも、ご自分の話を続ける。)
 
このあと虐待について、先生は一度もふれませんでした。「発症が18歳なら虐待について聞く必要がない」と、お考えだったのかもしれませんね。
 
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この出来事によって、私の「困った思考パターン」がでてしまい、トラウマの内容についてほとんど語る事ができませんでした。
 
「困った思考パターン」というのは、相手に少しでも否定的な言動をとられると「この人に話してもわかってもらえないだろう」という気持ちになって心を閉ざしてしまうことです。
 
こうなると自分のことを一切語らなくなります。徹底的に心を閉ざすのです。
このパターンは子どもの頃から私の中にあり、しかも性格が頑固だったので頑なでした。
 
院長先生に「他に持病はあるか?」と質問をされた時の会話の中で、「その…化学物質、過敏症?」と言われました。その表情などから、化学物質過敏症という病気を信じていないような印象も受けました。
 
医師の診断書があると印象がかわりますから、この病院に診断書を持っていけば良かったですね。
 
 
最終的に院長先生の見解は、「不安障害のようなものではないかと思う。」でした。
 
それはそうですよね。トラウマについてほとんど語ってないですし。
 
 
家庭環境については、生まれたときと今の家族構成だけを伝えしました。
 
どんな家庭環境だったかとか、両親が離婚したとか、どんな虐待があったとか、一切聞かれていないので話していません。
 
質問されるのをつい待ってしまうのも私のパターンであるのですが、これはまだ整理できていません。
 
院長先生からは「ご主人の年齢は?」とか「ご主人の職種は?」「お父さんの職種は?」「生まれた場所は?」など、素人の私からすると「病気と関係あるのかな?」と感じる質問が結構あり、母の仕事に関しては聞かれませんでした。
 
先生は患者や家族の仕事については気になさっているようでした。
 
統合や解離症状について話したときは(うーん。どうかなぁ。わからないなぁ)というような表情で私の話を聞いておられました。
 
レイプ後の私に傷ついた自覚が薄いこと、性的逸脱行為について話すと、私の話を聞いて考えてはおられましたが、コメントはありませんでした。
 
 
対人症状について話したときなど、私がちょっと泣きそうになってしまったりなどがあったのですが、先生は患者に感情的になられるのが重いんだろうなという雰囲気でした。
 
必要なことだけ淡々と答えたり話すことを望んでおられたのではないかと思います。
 
 
私が少しでも感情的になると、院長先生はなだめる素振りをされることもありましたが、私は感情を引っ込めるのが早いほうなので大丈夫でした。
 
院長先生は、ある程度は「話を聞こう」という姿勢はありました。高圧的ではなかったです。
 
 
私のイメージでは、精神科医は患者が感情的になった場合は同調せず、淡々と受け流すような感じなので、「院長先生は何らかの原因で精神的に余裕がないのかもしれないな」と、帰宅してから思いました。ご高齢ですし、お疲れだったのかもしれません。
 
 
診察を受けた直後は「時間とお金とエネルギーを無駄にした」と思いました。
 
でもこれだけ観察できていて、会話の内容を記憶して、会話の流れもつかみ、相手からの質問に対して答えられている。麻痺は多分なかったし、自分の思考や感情もある程度はありました。
 
初対面の人とでもここまで話せるようになったという発見ができたことと、自分のパターンに気づき言語化できたのは良かったです。次回へ向けての気づきもありました。
 
 
▲さっぽろ麻生メンタルクリニック
 
診察前に、これまでの経緯を短くまとめたものをつくっていき、先生に説明する時にチラチラみながら話すことができたので役に立ちました。
 
私の生育歴から順番に聞きながら、とんどんパソコンに打ち込んでいく先生。パソコンやキーボードだけ見ているのではなく、こちらを見て真剣に聞いてくださっています。
 
一通り話し終わったあと「桜さんの症状を否定するわけではないですよ」と前置きがありました。
 
先生の見解は「複雑性PTSDはやっぱり虐待。他の先生は診断するかもしれないけど、僕は複雑性PTSDとは診断しない。」とのことでした。
 
私の場合は完全な育児放棄などのネグレクトがありましたが、肉体的・精神的な虐待については激しくないです。そして、最大のトラウマは元彼だと思います。
 
やっぱり「虐待で直接、発症していないから」なんだろうと思います。
 
 
「桜さんの生育歴から考えれば(トラウマになった元彼に)依存するのは当然。」と先生に言っていただけた時、自分でも思ってたけど、こういう風に断定されるとホッとするというかそういう感じもありました。
 
私が同級生以外で本当に心を許したのは、父親と、トラウマになった元彼の2人だけです。
 
 
先生に私の心を見透かすような指摘をされた部分もあり(私も気づいてなかったのに、バレてる)と、思わず笑ってしまいました。
 
また「(私のパターンが)回避なんですよね」ともおっしゃられていて、確かにそうですし、自覚はあります。機能不全家族とか虐待サバイバーの話などもされていました。
 
先生は患者の立場にたって考えてくれる方かなとも感じました。納得いかなかった私が、思わず食い下がってしまったのですが、嫌な顔もせずきちんと答えてくださいました。
 
先生に化学物質過敏症の診断書をお見せすると、すんなり受けとめてくださいました。
 
 
最後に「今日はセカンドオピニオンということだったけど、僕だったら早く治せると思うよ」とおっしゃっていました。私には見えていない(気付いていない)ものが先生にははっきり見えていて、回復への道筋があるのだと思います。
 
信頼できそうな先生ですし、試しにこの病院に通ってみたいなと思ってます。
 
 
▲主治医の診断
後日、私の担当医も待っていた、セカンドオピニオンの結果が出たので、再び診察に行ってきました。
 
とりあえず、「社会恐怖」という診断でした。(昔は対人恐怖とも呼ばれていた。)
 
対人関係で自律神経系の症状(動悸、息切れ、発汗、震え、腹痛、頭痛など)がでやすいようですが、私にはそういう症状はありませんでした。緊張や不安というよりも麻痺や解離でしたし…。
 
また、社会恐怖の根底にあるのは「他者からの否定的な評価が怖いこと」だそうですが、私の場合は「人や世界に対する捉え方、価値観や信頼感が根底から崩れた」です。
 
違和感の原因を書いていくとキリがないので、この辺にしておきますが…さっぽろ麻生メンタルクリニックの先生も、私の担当医も「診断名は決めないほうがいい」とおっしゃってました。
 
診断名を決めないほうがいいのになぜつけるのかというと、自立支援医療のためです。
 
自立支援医療には3種類あり、私の受けているのは精神通院医療です。精神科への通院と投薬の自己負担が軽減されます。
 
申請には医師の診断書が必要になります。受給者証は1年毎に更新され、2年毎に診断書を提出します。
 
 
 
あれだけの症状と四半世紀に渡って格闘し、苦しみ続け、最終的につけられた病名にはピンとこないという…。
 
まぁ、主治医とも2年に一回くらいしか会いませんし、薬なしで自分で症状をある程度はコントロールできるから軽く見られるのではないかと思います。
 
人との接触を徹底的に減らし、これだけの年月をかけて試行錯誤しながら自分の症状をここまでコントロールできるようになったということです。
 
 
娘と接していて対人症状がでてしまい、悪戦苦闘していた頃に書いた記事を読み返してみると、どういう状況になっているのかが、今ならわかります。
 
現在はそこからは抜け、縛りが減って自由度が高くなり、環境は変わってないのに世界が明るく感じられるようになりました。認知の歪みが消えた感もあります。
 
 
私のこれまでの経緯、思考や言動が無理なく整理できるのが複雑性PTSDだったので…もやもやはあります。
 
でも最終的に「治す」という方向は同じです。たぶんある程度は普通に生活できるくらいまで治ったと思いますが、私の目指すところはまだ先にあります。
 
もやもや感は手放して、気持ちを切り替えていきます。
 
 
私のこれまでの経緯を読んでくださっている皆さんにも様々なご感想があると思います。
ご迷惑、ご心配をおかけしてしまった方がいらっしゃいましたら申し訳ありません。
 
複雑性PTSDの記事は、この記事のリンクを貼ってそのまま残してしておきます。
 
 
最近は身体からのアプローチについて調べたり実践したり…ほかにも色々とやっています。
化学物質過敏症にもいい影響があるといいなと考えてはいますが、これらについてはまた今度書きます。
 
 
 
いつもカウンセリングしてくださっている臨床心理士の先生は勉強熱心です。身体からのアプローチを主としていらっしゃいます。
 
私がコンプリメントトレーニングのことをお話しているので、心理士の先生も森田先生の本を購入し、コンプリメントを実際につかったりされています。
 
気になるのは…褒められたり資質を認めて頂いても、私の心には入りづらいということです。前よりは少し入りやすいんですが、それでもまだ入りづらいです。人に褒められても嬉しいとは感じません。
 
 
この状態は、心に傷がつきづらいということでもあるので、まだ無意識に何かを守ってるのかな…と考えています。母との関係が原因っぽい気はしてます。
(一定の距離以上は母が踏み込んで来んで来ることがないように、私がガードしている。というあたりかもしれません。)
 
 
心理士の先生とはこのまま繋がっていたいので、さっぽろ麻生メンタルクリニックと、今の病院と、どっちの病院も通いたいな…。掛け持ちはダメかな?
 
自立支援医療は基本的に一つの病院にしか適用できませんので、仮に双方通うことになった場合は、どちらかの病院が3割負担となります。
 
掛け持ちについては、今度カウンセリングにいったときに相談してみようと思います。
(追記)さっぽろ麻生メンタルクリニックに行くのはやめました。
 
(2019.3 追記)
完治したので、精神科は卒業しました。