今回のブログは、メモのように記録し、簡単に思ったことを書きたいと思う。
で、今回のテーマは「猫ひろし」について。
先日、ロンドン五輪の男子マラソンにカンボジア代表として出場することが決まった。
オリンピックに出場するためにカンボジアの国籍を取得したのである。
どうやら賛否両論あるようだが、僕的には構わないと思っている。
理由は、国籍にはそれほどの価値しかないからである。
つまり、条件さえ揃えば、誰でも短期間で国籍を変更できるのだ。
ただ、僕は日本人のことを日本国籍人だと考えている。
カンボジア人でいうと、カンボジア国籍人である。
どういう意味かというと、日本人の定義付けがすごく曖昧でわかりにくいのである。
例えば、猫ひろしのようにオリンピックに出場するために国籍を取得したが、カンボジア人としての愛国心が無い人もいる。
そもそも日本人とはどういう人のことを指すのか。
日本で生まれた人、日本に住んでいる人、税金を収めている人、国旗を持っている人、土地を持っている人、教育を受けた人、日本人の遺伝子を受け継いだ人、日本が好きな人、など。
さて、日本人でもすべて当てはまる人もいれば、当てはまらない人もいる。
つまり、定義がすごく曖昧なのである。
そして、何を基準として日本人とするのかもむずかしい。
愛国心があれば日本人かというとそれも違うし、それなら宇宙人が日本に対して愛国心があれば日本人になれるかというとそうでもないし(笑)
考えれば考えるほど難しい。
そうすると、いつから日本人であるのかということも気になってくる。
起源や先祖を辿るとまた新たな問題が出てくると思うし、日本文化が形成された時代も関係してくるだろう。
諸説混沌として答えはでない。
だから、日本人というのは無理があるので、日本国籍人という言い方を僕は再度提案するのである。
またそうすることで、多様な社会に対応できるのではないかと思う。
時代によってそういった価値観も異なるし、社会自体が変化していることも事実だし。
つまり、共同体の形も変化しているということだ。
それがいいのか悪いのか定かでないが、僕はそれはそれでいいと思うのである。
まとめると、現時点において、日本人とはっきり定義できるのは国籍だけである。
しかし、その拠り所としている国籍すらも、猫ひろしのようにオリンピックに出たいからという理由だけで変更可能なのである。
と、思うのである。
ちなみに、皇族の方々にも国籍はあるようです。
言い換えると、皇族の方々も国籍を変更できるのである。
つまり、猫ひろしのようにオリンピック出たいと彼らが思ったら、国籍をカンボジア人として変更できるのである。
そうなったら国旗もって応援いくかも(笑)
もちろんカンボジアの国旗を持って!!
以上。