沖縄の屈辱の日そして昭和の日 | 沖縄の文化と歴史ブログ

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昨日4月28日は今から64年前の1952年4月28日、第二次世界大戦における日本敗戦後のアメリカ占領から独立を果たしたサンフランシスコ条約が発効された日なのです。

安部内閣はこの日を日本国の「主権回復の日」としました。

しかしこの条約によって日本はアメリカの占領から独立を果たしたわけですが奄美諸島と沖縄諸島は日本から切り離されたのです。

そしてサンフランシスコ条約締結後から現在まで米軍基地が沖縄に集中しているのは周知の事実です。

沖縄県は過重な基地負担と沖縄差別の始まりとなった4月28日に沖縄が日本から切り離された事実をもって主権回復ならぬ沖縄の「屈辱の日」としたわけです。

さて今日は4月29日、「昭和の日」となっています。

昭和天皇崩御によって元号が昭和から平成に切り替わって早28年の歳月が経ちました。

かつての昭和天皇誕生の日であった「天皇誕生日」が昭和の時代を顧みる昭和の日という公休日になったわけです。

昭和の歴史は第二次世界大戦、敗戦による米軍統治、戦後の復興、高度経済成長に集約できるでしょう。

とりわけ第二次世界大戦は日本が軍事国家に突き進んでアメリカに真珠湾攻撃を仕掛け、文字通り世界を相手に戦った世界的にも国内的にも大きな歴史の転換期を迎えた一大イベントでした。

沖縄はこの大戦により日本国内唯一の悲惨な地上戦の犠牲となりました。

これは事実上、沖縄が米軍の日本本土上陸の盾となった結果でした。

当時の日本政府は米軍の日本本土上陸を断固阻止するために沖縄を捨て石とし、沖縄での徹底的な持久戦に持ち込んだわけです。

結果として日米双方で20万人余の多大な犠牲を払ったのです。

実は当時の米軍は沖縄の次は九州への上陸をも計画していたそうです。

しかしこの沖縄戦における予想以上の激戦による甚大な犠牲で当時の米軍は日本本土上陸を思いとどまったそうです。

その後、米軍は広島へ原爆を落とし、続いて長崎へも原爆を投下しましたが、どちらも沖縄に劣らぬ多大な犠牲を払った末に日本は全面降伏、終戦を迎えました。

そして全面降伏後の日本はアメリカの占領政策により戦後の復興からひたすら高度成長に突き進むわけです。

そして皮肉にも現在はかつての敵国アメリカと運命共同体となり経済的にも軍事的にも共存共栄の強固な同盟国となりました。

かつてはアメリカがくしゃみをすれば日本がカゼをひくといわれました。

しかしアメリカの国力の低下により今や日本がくしゃみをすればアメリカがカゼをひくという関係になりつつあります。

いずれにしても日米関係は今までもそしてこれからも持ちつ持たれつという関係であることは間違いないことでしょう。

さらには世界における経済的、軍事的な中国の台頭により日米同盟は今後益々強化されることでしょう。

沖縄はアメリカにとって終戦後から現在に至るまで太平洋のキーストーン(要石)であり続け、アメリカの世界戦略基地として重要な位置付けにあります。

日本の防衛庁は防衛省に格上げされましたが、いずれは自衛隊も日本軍に格上げされる可能性も限りなく高くなりました。

そして核武装も視野に入ってきているという情報も取り沙汰されている昨今です。

その矛先は中国?それとも北朝鮮?

今後の国際情勢から目を離せません。

どうなる日本!!

NO WAR, NO MORE HIROSHIMA NAGASAKI !!
(戦争反対、広島、長崎を繰り返すな!!)