1609年、琉球は薩摩に侵攻されましたが薩摩は1606年に徳川幕府から琉球侵攻の許可を得て1609年までの3年間を準備期間とし綿密な戦略を立てました。
それはまず琉球に対する言いがかりをつける詰問状を琉球王国に送りつけたのです。
それは簡単に表すと以下のような内容です。
1.豊臣秀吉から琉球侵攻の許可を受けた大名から薩摩が琉球を防いだことに対する恩義を忘れていること。
2.琉球の漂流船を救助したことに対する徳川幕府への御礼がないこと。
3.徳川幕府と中国との仲介を頼んだことを粗略に扱い薩摩のメンツをつぶしたこと。
以上の理由により薩摩は琉球侵攻の準備をしているが日中貿易の仲介をするなら考えても良い。
というまさしく戦線布告ともいうべき無茶苦茶な内容だったのです。
さて、この続きは明日をお楽しみに❗