一昨日までに沖縄の高校生が大麻所持で逮捕されたそうです。
北谷町の繁華街における沖縄署の夜間パトロールの職務質問で摘発されたそうですがショッキングな事件です・・・・・・・
実は高校生の大麻所持による逮捕は2009年にもやはり沖縄署で起きています。
沖縄署の管轄は中部の沖縄市、北谷町など米軍基地所在地であり良くも悪くも常日頃からアメリカ人との交流、接触が比較的多い地域なのです。
そして沖縄市と嘉手納町にまたがる極東最大の米空軍基地といわれる嘉手納基地がある地域であり昔から何かと米軍関係の事件が多い地域でもあります。
基地があるからとは言いたくないのですが環境的には一因となっている要素もあることでしょう。
北谷町にはアメリカ村がありますし沖縄市には空港通りといって嘉手納空軍基地ゲートから続く横文字の街があります。
沖縄の祖国復帰前は白人街、黒人街があって日常的に白人と黒人の対立抗争があった地域であり、かつてはリトルアメリカと呼ばれていた地域でもあります。
あの有名なコザ暴動もこの地域でありましたし米軍とは切っても切れない地域なのです。
ちなみにコザ暴動とは祖国復帰前の米軍統治下における歴史的な事件であり米軍がやりたい放題していた時代に沖縄の人達の日頃のうっぷんが爆発した事件でした。
事件のキッカケはある日、沖縄市のメインストリートで米軍属の車が沖縄の人と交通事故を起こしMP(米軍警察)が事故処理に当たった際に不公平な対応をしたことに端を発したのです。
当時は米軍属が飲酒運転で沖縄の人をひき逃げして死亡させても米軍の裁判では加害者である米人は無罪となって米本国へ強制送還され、うやむやにされるのが当たり前となっていた時代です。
そういうことがいくつも積み重なってあのコザ暴動が自然発生的に起こるべくして起きたわけですが米軍属の車だけを何十台と狙いうちにして焼き払ったのです。
良くある海外で起きる暴動との決定的な違いはいわゆる暴動にありがちな略奪、暴行などの凶悪事件は起きなかったことです。
ちなみに焼き払われたのは全て米軍属の車だったそうですが米人に危害を加えることはなかったそうです。
それはまさしく当時、事件現場にいた沖縄の人達の理性と良識が働いた結果でした。
そして当時の米軍は米軍属の人達に戒厳令及び外出禁止令を出しまさしく戦争さながらの状況でした。
事件が起きた原因は米軍も充分承知していたはずですが当時の沖縄の最高支配者である米軍のランパート高等弁務官はこの出来事を批判していました。
確かに暴動という手段は決して褒められたことではありませんし社会的に許されることではありませんが本来おとなしい沖縄の人々をそこまで追い詰めたのは一体どこの誰なのか?
・・・・・・・・ということです。
あれから50年以上が経過していますが2度と起こしてはいけない事件です。
昨今の基地問題は一体どこに着地点を見い出すのでしょうか?