今回のはキースさんは出てきません(^。^;)
 
 
 
チャーリーさん
 
虫が嫌いな人ってけっこう多い。
小さな虫、ハエとり蜘蛛とか、蟻ですら苦手で、
見かけたら「何とかして」と大騒ぎ。
 
チャーリーさんがまさにそんな人だった。
 
キースさんの働いているレンタルビデオ屋でみんなでダベっていると、
店内にブーンと羽音をたてて、アブが入ってきたことがある。
「うわー、虫、虫、虫!誰か追い出して!」
チャーリーさんは大騒ぎ。
おかげで他のメンバーは、紙を丸めて虫を追いかけ、
チャーリーさんのテンションにのまれてしまう。
 
チャーリーさんにはトラウマがあった。
何年か前の夏の夜、屋外ライブがあって、
「助っ人」の掛け持ちで出演した。
 
ひとつめのバンドの演奏が終わって、
着替えのために汗ばんだTシャツを脱いだら、
シャツに何百匹という小さな羽虫がはりついていた。
「うわ、気持ち悪ぅー」と思いながら、
飲みかけの紙コップの中を覗いたら、
ジュースの中にも大量に虫が浮かんでいたそうだ。
 
次のバンドでステージに上がったら、
今度は飛び交う虫が気になって演奏できない。
あまりの虫の数に、発狂しそうになったとのこと。
 
その日以来、虫に対して苦手意識が芽生えたんだけど、
虫嫌いを決定づける事件に遭遇する。
 
チャーリーさんの仕事場は、
プレハブの事務所だったんだけど、
休日明けに出勤したら、
その事務所内でハエとり蜘蛛が孵化していた。
壁、天井、床、仕事机や書類の上までクモだらけで、
パニックになってしまったそうだ。
 
 
「虫嫌い」さえなければ、
チャーリーさんはいい人だった。
業界人っぽい軟派な軽さで、
いつも女の子のことを話していた。
ドラムの腕前はかなりのもので、
高校生バンドが叩く音とは、存在感が違った。
「長いからね~」とチャーリーさんはいう。
毎日毎日、何年も太鼓を叩き続けたことによって、
「ポン」と軽く叩くだけでも、伝わり方が全然違うのだ。
手数とか技というよりも、
「オレはちゃんとここにいてるよ」って安心できるリズム、
クセの無さがクセそのものっていう感じで、
とても演奏しやすかった。
メンバーはみんな、この人のドラムを気に入っていた。
 
 
ワイマンさんは車を持っていた。
高校生バンドしか知らなかった僕は、
それだけで「大人な感じ」がした。
 
遅くまで練習した日は、
車で駅の駐輪場まで送ってくれた。
助手席にはチャーリーさん。
車のステレオからは、
僕が聴いたことがないカッコいい洋楽が流れていた。
「ダニー・ハサウェイっていうんだよ」と教えてくれた。
ある夜のこと。
いつものように僕が河内長野の駅まで送ってもらった帰りの話。
ワイマンさんとチャーリーさんで、
女の子目当てで、スナックに寄ることになった。
チャーリーさんの友達が働いているそうで、
ふたりは妙にテンションが上がっていた。
 
「道の説明がややこしいから」という理由で、
運転はチャーリーさんに交代した。
実際に僕が見たのはここまで。
車はブロロンと夜の闇に消えて行った。
 
チャーリーさんは、手慣れた運転で、
地元の人しかしらない裏道を使ったそうだ。
前後に他の車の気配はなく、
ヘッドライトがさびしく狭い農道を照らす。
タバコを吸うために、
ワイマンさんが助手席の窓をあけると、
湿気をおびた独特の夜の空気が車内に入ってきて、
バンドの練習で疲れたカラダを心地よく冷ます。
 
突如、「ブーン!」と、
車の中に何かが飛び込んできた。
大きな羽音の虫、おそらくカナブンだ。
登場のインパクトに、ふたりとも「うわ!」とびっくり。
さらに不幸なことに、その虫が、
虫嫌いのチャーリーさんの胸のあたりにとまった。
「ギャー!」
「ホホホホホ!」
  
ハンドルを握る者を失くした車は、
田んぼにダイブ
えらいこっちゃである。
本当に、えらいこっちゃである。
 
携帯電話のない時代、
泥まみれになったふたりは、
人通りのない深夜の農道をフラフラとさまよいながら、
電話を貸してくれる民家を探さなければならなかった。
 
 
ワイマンさん
 
 
高校生の僕は、楽器屋のメッセージボードで、
ローリング・ストーンズのコピーバンドのメンバー募集をした。
集まったメンバーは全員社会人
僕は戸惑うことだった。
 
「□□の○○と申します」
男は恭しく僕に名刺を差し出した。
グレーの背広に縁の大きな眼鏡、細面の顔半分を埋め尽くす青々とした髭剃跡。
幼稚園児がこの人の似顔絵を描いたら、
きっと宇宙戦艦ヤマトのデスラー総統のように、
水色で顔を塗りつぶすだろう。
   
名古屋だったか静岡だったか、
遠方からこの大阪に赴任してきたという。
繊細で折り目正しく、生真面目な印象の大人だったし、
明朝体で書かれた彼の氏素性からは、
律義さが漂ってくる。
「高校生相手に敬語で喋るなんて」
「何もこの席で名刺を配ることはないのに」
   
僕が某楽器店のメッセージボードで募集をかけた、
ローリングストーンズのコピーバンドのメンバー募集、
次にコンタクトをとってきたのは、この人物だった。
ベースギター担当、本当はきちんと苗字で呼んでいたのだが、
便宜上この人を、ワイマンさんと呼ぶことにする。
  
ワイマンさんは「好印象」を売って歩くような人。
背筋をピンと伸ばし、
就職試験の面接を受けているようなハキハキ度だ。
またワイマンさんはメンバーで唯一、自家用車を持っていた。
高校生バンドしか知らない僕には、
それだけでも別次元に感じられたし、頼もしくも感じられた。
 
話は冒頭に戻る。
彼が名刺を差し出したのは、ローリングストーンズのコピーバンドとして集まったメンバーの、
記念すべき初顔合わせの席だった。
富田林のとある喫茶店。
発起人である僕が
メンバーをひとりずつ紹介した際の出来事である。
僕もそれまでワイマンさんとは電話で
2回ほど話しただけの初対面だった。
 
ドラム担当のチャーリーさんとも、
その日が初対面だったのだが、ワイマンさんとは正反対の気さくな人で、
ちょっと軽薄なイメージが業界人っぽくて、
内心ドキドキした。
 
自己紹介ではそれぞれ、
「吉本くん、女子高生紹介してよ!」とか、
キースと呼んでくれ」(またか!)とか、
好き勝手な挨拶をしていたが、
ワイマンさんのそれは妙に畏まっていて、
「□□の○○と申します」にも、どう対処していいのか分からなかった。
 
すっかりおなじみ、ギタリストのキースさんは、
例によって独自の世界観に生きている人。
滑舌が悪く抑揚のないイントネーションで、、
「バドある?」とバドワイザーを注文したのだが、
ウエイトレスには「ダダ、ダル?」としか聞こえず、
意志の疎通に時間を取られたりしていたが、(結局その店にアルコールはなかった、めんどくせー)
そんな昼下がりの喫茶店に、
ひとりだけ商談を詰めに来たような身なりと態度のワイマンさん。
やはり曲者である。
 
「皆さんは、やはりローリング・ストーンズがお好きで?」
と訊いてくるところが営業トークである。
営業マンはいつも分かりきった話をする。
晴れた日に「いい天気ですね」とか。僕やチャーリーさんならまだしも、
キースさんを見れば一目瞭然、
犬を指さして「これは犬です、ネコではありません」という、
中1の英語の教科書と一緒である。
 
「私、ローリング・ストーンズをやりだしたのは、
まだ日が浅いんですよ、
皆さんに納得していただけるベースが弾けるかどうか・・・」
などと謙虚な物言い。
その点、キースさんなんかは例の調子で、
「ストーンズはオレのカラダの一部」などと、
尿路結石みたいなことを言うし、
チャーリーさんは「ホンマはプログレのほうが好き」などと、
これはこれで身も蓋もない。
 
でも、僕を除いた3人は確かにバンド活動や音楽体験が豊富で、
いろんな経験を積んできたようだ。
僕なんてあの頃はまだ外タレのコンサートに行ったこともなく、
「音楽を聴いてきた」といっても、
まだまだ受験勉強みたいなものだった。
 
ただ、キースさんはストーンズの話題から外れると面白くないようで、
「フン!」とか「ケッ!」とか言いながら、
欠けた歯の隙間にストローを突っ込んで、
上手にミックスジュースを飲んでいると思っていたら、
おもむろに席を立って、レジ横の赤電話の前まで行き、
「フォーフォーダダーダー!
・・・ちがう!フォーフォーダダーダー!
・・・ちがう!フォーフォー、ダ・ダー・ダーやて!しばくぞ!」と、
と受話器を持って怒鳴っている。
 
僕たちのみならず、喫茶店の店員、他の客まで、
一斉にキースさんを見た。
 
「電話越しで親子けんかでもはじまったか」と思ったら、有線放送に堀ちえみの「東京シュガータウン」をリクエストしていた。
こっちが「フン!」や「ケッ!」と言いたいところだ。
 
僕はそのとき、謙虚で腰の低いあのワイマンさんが、
アイツ、バカじゃねぇか!」って、
汚いコトバを呟くのを聞き逃さなかった。 
僕は大人も捨てたものではないと、少しだけ安心した。 
リクエストにお応えし、
ボツ記事「キースさん」の続編をアップします。
 
<これまでのあらすじ> 
高校生の僕は、楽器屋のメッセージボードで、
ローリング・ストーンズのコピーバンドのメンバー募集をした。
最初に連絡してきたのは、僕より10歳以上も年上のギタリスト、
通称「キースさん」だった。
 
僕はキースさんがバイトしていた小さなレンタルビデオ店にもよく足を運んだ。
店内のモニターでは、いつもB級のホラー映画が上映されていた。
たいていキースさんは、店の汚れたパイプ椅子に座って、ギターの練習をしていた。
 
キースさんは前歯が抜けたり欠けたりしていたので、
さ・し・す・せ・その発音が苦手だった。
また、若干の舌足らずだったので、
ら・れ・る・れ・ろも不得手ときた。
しかもコトバのイントネーションに抑揚がないので、
基本的に「何を喋っているのかよくわからない人」。
特に接客などで、明瞭に喋らなければならないときほど、
その兆候は顕著で致命的だった。
  
「いらっしゃい」が「ダーハイ」と聞こえたり、
「ご返却はいつですか?」という確認も、うっかりしていると、 
「ダーダーダー」としか聞こえなかったりして、
ヒアリングと想像力の弱いお客さんを困らせていた。
 
ところがほとんどの場合、
キースさんが数回首を振って、「ニカっ」と微笑んだら
お客さんも「こんなに歯がスカスカだったら喋りにくいだろうな」と納得し、
イマジネーションを膨らませて、
差し障りなく会話が成立するという、
なかなかハートフルな展開をみせる、そんな愉快なビデオ店。
 
また本物のキース・リチャーズを意識してか、
外人みたいに大げさなゼスチャーをする。
困ったり迷っりしたら、
両のこめかみを押さえて「うーん」と長く唸るし、
「さっぱり分かりません」という表現をするとき、
肩をすくめ、手のひらを持ち上げて、
最悪の滑舌で「ダダーダーダダ」である。
(どこの国の人やねん)
  
そんなキースさんにもなんと彼女がいた。
僕がキースさんとバンドの将来について語っていると、
上下蛍光オレンジ色のスウェットを着て、
「ちんちくりん」という表現がもっとも的を得ているような、
ショートカットで小太りの女性が、
フーフー息を切らしながらずかずか入ってきて、
空いている椅子にどっかと腰を下ろした。
どつき漫才の正司敏江みたいな女性だった。
  
「コレ、俺の女!」と親指を立てて、
キースさんが僕に紹介した。
「何をエラそうに!」と、ひょうきんな敏江さん(勝手に命名)。
これは何やら面白い展開が期待されるゾ。
  
敏江さんは夜食のお弁当を届けにきたようで、
がさがさと手提げ袋から黒いプラスチックの弁当箱を出した。
なにやら弁当箱に白い絵が描かれている。
キャラクターものだ。
 
良く見ると、なになに、B・a・i・k・i・n・-・k・u・n ん?
そのキャラは僕も缶ペンケースを持っていたけど、
お弁当という「食べ物」に「バイキン」とか、 
お前のセンスを疑うぜ、敏江!
思わず二度見したぢゃないか!
 
    
敏江&キースはしばらくイチャイチャして、
最後には人目をはばからずチューをして、
慌ただしく敏江さんは、ドカドカと帰って行った。   
一応、キースさんには社交辞令として、
「お弁当いいですね~結婚しないんですか」と訊いた。
  
するとキースさんは「・・・してるから」と答えた。
「あ~はい?」
「あの女、旦那持ちやで」
「え~?!」
キースさん、人妻と不倫しておりました。
頭に赤いリボンつけて、晴れ着を着せたら正司敏江みたいな女性と!
 
「つい、ファンに手を出してしもた
とキースさん。
僕は頭の中がパニック、クエスチョンマークとビックリマーク。
何しろ高校生なもので、
ただれた大人の恋愛事情には免疫がなく、
純粋に少しでも面白い展開を期待した僕がバカでした。
スルーしておくべきだった
「なあ、オレ思うんやけど、
今度のバンドは、こういうのはナシにしとこう」
キースさんはマルボロの煙をくゆらせ、僕にこう言った。
  
バイキンのお弁当箱には、
「ふりかけ」か「ゴマ」で、
「スキ」と文字が描かれていた。
原始人の象形文字ではなく、人妻・敏江の手によるものだ。
敏江め・・・。
他人事ながら、すごく重たい気分がした。
  
 
 
 
おいおい
まだつづきそうや~ん(≧o≦)