ワイマンさん
高校生の僕は、楽器屋のメッセージボードで、
ローリング・ストーンズのコピーバンドのメンバー募集をした。
集まったメンバーは全員社会人。
僕は戸惑うことだった。
「□□の○○と申します」
男は恭しく僕に名刺を差し出した。
グレーの背広に縁の大きな眼鏡、細面の顔半分を埋め尽くす青々とした髭剃跡。
幼稚園児がこの人の似顔絵を描いたら、
きっと宇宙戦艦ヤマトのデスラー総統のように、
水色で顔を塗りつぶすだろう。
名古屋だったか静岡だったか、
遠方からこの大阪に赴任してきたという。
繊細で折り目正しく、生真面目な印象の大人だったし、
明朝体で書かれた彼の氏素性からは、
律義さが漂ってくる。
「高校生相手に敬語で喋るなんて」
「何もこの席で名刺を配ることはないのに」
僕が某楽器店のメッセージボードで募集をかけた、
ローリングストーンズのコピーバンドのメンバー募集、
次にコンタクトをとってきたのは、この人物だった。
ベースギター担当、本当はきちんと苗字で呼んでいたのだが、
便宜上この人を、ワイマンさんと呼ぶことにする。
ワイマンさんは「好印象」を売って歩くような人。
背筋をピンと伸ばし、
就職試験の面接を受けているようなハキハキ度だ。
またワイマンさんはメンバーで唯一、自家用車を持っていた。
高校生バンドしか知らない僕には、
それだけでも別次元に感じられたし、頼もしくも感じられた。
話は冒頭に戻る。
彼が名刺を差し出したのは、ローリングストーンズのコピーバンドとして集まったメンバーの、
記念すべき初顔合わせの席だった。
富田林のとある喫茶店。
発起人である僕が
メンバーをひとりずつ紹介した際の出来事である。
僕もそれまでワイマンさんとは電話で
2回ほど話しただけの初対面だった。
ドラム担当のチャーリーさんとも、
その日が初対面だったのだが、ワイマンさんとは正反対の気さくな人で、
ちょっと軽薄なイメージが業界人っぽくて、
内心ドキドキした。
自己紹介ではそれぞれ、
「吉本くん、女子高生紹介してよ!」とか、
「キースと呼んでくれ」(またか!)とか、
好き勝手な挨拶をしていたが、
ワイマンさんのそれは妙に畏まっていて、
「□□の○○と申します」にも、どう対処していいのか分からなかった。
すっかりおなじみ、ギタリストのキースさんは、
例によって独自の世界観に生きている人。
滑舌が悪く抑揚のないイントネーションで、、
「バドある?」とバドワイザーを注文したのだが、
ウエイトレスには「ダダ、ダル?」としか聞こえず、
意志の疎通に時間を取られたりしていたが、(結局その店にアルコールはなかった、めんどくせー)
そんな昼下がりの喫茶店に、
ひとりだけ商談を詰めに来たような身なりと態度のワイマンさん。
やはり曲者である。
「皆さんは、やはりローリング・ストーンズがお好きで?」
と訊いてくるところが営業トークである。
営業マンはいつも分かりきった話をする。
晴れた日に「いい天気ですね」とか。僕やチャーリーさんならまだしも、
キースさんを見れば一目瞭然、
犬を指さして「これは犬です、ネコではありません」という、
中1の英語の教科書と一緒である。
「私、ローリング・ストーンズをやりだしたのは、
まだ日が浅いんですよ、
皆さんに納得していただけるベースが弾けるかどうか・・・」
などと謙虚な物言い。
その点、キースさんなんかは例の調子で、
「ストーンズはオレのカラダの一部」などと、
尿路結石みたいなことを言うし、
チャーリーさんは「ホンマはプログレのほうが好き」などと、
これはこれで身も蓋もない。
でも、僕を除いた3人は確かにバンド活動や音楽体験が豊富で、
いろんな経験を積んできたようだ。
僕なんてあの頃はまだ外タレのコンサートに行ったこともなく、
「音楽を聴いてきた」といっても、
まだまだ受験勉強みたいなものだった。
ただ、キースさんはストーンズの話題から外れると面白くないようで、
「フン!」とか「ケッ!」とか言いながら、
欠けた歯の隙間にストローを突っ込んで、
上手にミックスジュースを飲んでいると思っていたら、
おもむろに席を立って、レジ横の赤電話の前まで行き、
「フォーフォーダダーダー!
・・・ちがう!フォーフォーダダーダー!
・・・ちがう!フォーフォー、ダ・ダー・ダーやて!しばくぞ!」と、
と受話器を持って怒鳴っている。
僕たちのみならず、喫茶店の店員、他の客まで、
一斉にキースさんを見た。
「電話越しで親子けんかでもはじまったか」と思ったら、有線放送に堀ちえみの「東京シュガータウン」をリクエストしていた。
こっちが「フン!」や「ケッ!」と言いたいところだ。
僕はそのとき、謙虚で腰の低いあのワイマンさんが、
「アイツ、バカじゃねぇか!」って、
汚いコトバを呟くのを聞き逃さなかった。
僕は大人も捨てたものではないと、少しだけ安心した。