さまざまな理由で大学進学を諦める若者は少なくない。しかし、意欲さえあれば、通信制の放送大学は、いつでもどこでも学ぶことができる。学費は国公立大学の3分の1程度と安く、特に経済的な事情を抱える人の「学びセーフティネット」にもなっている。新型コロナウイルス禍でリモート授業が広く普及したことや、ネット上の仮想空間「メタバース」で交流できる新たな取り組みも人気を集め、近年は10代、20代の若者の入学が増える傾向にある。(くらし報道部デジタル委員 升田一憲)

放送大学北海道学習センターの所長と談笑する八代優葉(ゆうは)さん(左)

さまざまな理由で大学進学を諦める若者は少なくない。しかし、意欲さえあれば、通信制の放送大学は、いつでもどこでも学ぶことができる。学費は国公立大学の3分の1程度と安く、特に経済的な事情を抱える人の「学びセーフティネット」にもなっている。新型コロナウイルス禍でリモート授業が広く普及したことや、ネット上の仮想空間「メタバース」で交流できる新たな取り組みも人気を集め、近年は10代、20代の若者の入学が増える傾向にある。(くらし報道部デジタル委員 升田一憲)

学位授与式の終了後、全員で記念撮影に臨む放送大学の卒業生ら

 2024年3月30日、札幌市北区の北海道大学の構内で、放送大学の学位記授与式が行われた。式があった情報教育館は放送大学北海道学習センターの拠点施設になっており、学生は映像授業を見たり、面接授業を受けられたりする。
 出席者は60、70代のシニア層が比較的多いため、20代の若手はひときわ目立つ。式の終了後、卒業生の八代優葉さん(24)は北海道学習センター所長の山田義裕さんと一緒に記念撮影に臨んだ。「本当によく頑張りましたね」とねぎらいの言葉を掛けてもらうと、八代さんがほほ笑んだ。就職先も決まり、「4月からも頑張ります」と応じた。この日、終始笑顔だった八代さん。放送大学を選んだのには、ある理由があった。
スマホがあればどこでも授業が受けられ、仮想空間で仲間と交流もできる。放送大学を選ぶ若者が道内で増えている理由をこのあと紹介します。

■ダブルワーク続けながら学ぶ
 八代さんは道東の釧路市で育ち、地元の中学に進んだ。1年生の秋、原因不明の発熱が続いた。喉元に違和感を覚え、気分がどうも優れない。体がだるく、起き上がれない日もあった。釧路市内の釧路江南高校に進学後も症状はなかなか改善しなかった。
 八代さんは母と弟の3人家族。ぎりぎりの生活だったため、飲食店で仕事をしていた母からは卒業後、自活することを求められた。大学には行きたかったが、進学するなら学費を自ら工面する必要がある。しかし、高校でアルバイトは禁止されていた。
 高3の時、甲状腺機能低下症と診断され、服薬治療を始めると症状も徐々に落ち着いてきた。しかし、出席日数が足りず、同級生と一緒に卒業するのは難しかった。念のために受けた高校卒業程度認定試験(旧大検)には幸い合格していた。
 「先生は私の体調を気遣いつつ、卒業式まで在籍することを勧めてくれました。残念でしたが、最終的には中退になりました」
 八代さんはめげることなく、自宅近くのパン屋でアルバイトをし、大学受験の勉強を続けた。長野県のリゾート施設で住み込みのバイトも行った。朝と夜、食事の給仕を務めた。

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心理学の勉強を目指す人向けに作られた放送大学のパンフレット

20歳になり、ある程度のお金もたまったが、通学制の大学への進学は現実的ではなかった。日々の食費や家賃などの生活費を考えると、通信制の放送大学は魅力的だった。さらに、最も学びたかった心理学は、関連科目が多数開講され、体系的に学ぶことができる。
 「東大や有名大学で教えていた先生が多数いる上、学費が安いこともあって、放送大に決めました」

卒業証書を手に笑顔を見せる八代優葉さん(写真の一部を加工しています)

進学後はコールセンターのスタッフや児童会館のパート職員というダブルワークを続けながら、学ぶことができた。「二つの仕事を掛け持ちしながら、隙間時間に勉強できたのは本当に幸運でした」と話す。幸い、日本学生支援機構の給付奨学金ももらえ、授業料は全額免除となった。
 八代さんは4月から愛知県内の児童養護施設で働く。もともと子供に関わる仕事を希望し、幼少時につらい経験をした子供たちに手を差し伸べたいと常々思ってきた。
 ようやく自分の夢に一歩近づいた八代さんは「施設で暮らす子供たちも18歳を超えれば、自立を促されるのが現状です。私と似たような境遇の子供をひとりでも支えていきたいと思っています」
■学生数は全国に8万7千人

放送大学は1983年に設立された通信制大学で、私立大学に相当する。教養学部教養学科のみの単科大学で、「社会と福祉」「心理と教育」など計六つのコースがある。学生数は全国約8万7千人、北海道では約3500人が学ぶ。入学試験はなく、18歳以上で高校卒業や高校卒業程度認定試験合格などの要件を満たせば、誰も入れる。
 必修科目もなく、自分の好きな科目(1単位、または2単位)を選び、計124単位を修得すれば、大卒資格である「学士」(教養)の学位を取得でき、卒業となる。最短2年で卒業でき、最長で10年間在学できる。BSテレビやインターネットを介して行われる放送授業のほか、北海道学習センター(札幌)、サテライトスペース(旭川)などで対面の面接授業がある。

年齢構成は幅広く、50代以上が半数を占める。北海道内では、高校卒業間もない18、19歳での入学者は長らく20人前後で推移してきたが、2022年度は43人と急増。23年度は前年比7人減の36人。24年度は4月入学のみで25人だった。10月入学もあるので、30人台に達しそうだ。
 18、19歳で入学した学生の出身高校を分析すると、近年は通信制高校の卒業者が多く、22年度は16人、23年度は13人と4割弱を占めた。学生の入学相談などにも応じている北海道学習センター主幹の加福千明さん(66)は、若年者が増えている要因について「スマホやパソコンで動画の授業を好きな時に見られるのも大きい。オンライン授業にも慣れ、放送大学にも違和感がないのではないでしょうか」と話す。

放送大学北海道学習センター主幹の加福千明さん

道内の進学高に進んだものの、周囲になじめずに退学し、2019年に科目履修生で放送大学に入学、今春卒業した若者がいた。加福さんは「この生徒さんは成績が実に優秀でした。不登校など多少のつまずき、挫折があっても再び学びたいという意志を持つ人には放送大学という機会をぜひ考えてほしい」と話す。
■北大のサークルにも参加
 好きな場所、好きな時間に学べる放送大学の利点を最大限に生かし、充実した学生生活を送っている若者もいる。

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「幅広くいろいろなことを学ぶことができた」と話す佐藤直樹さん=放送大学の図書室で

釧路市出身の佐藤直樹さん(22)は、北海道大学を2年連続で受験したものの失敗。2浪するかどうか、大いに迷った。親にはこれ以上、金銭的な負担は掛けられず、かといって学費の高い私立大学は考えられなかった。
 「放送大学を調べてみると、憧れだった北大の構内に学習拠点(北海道学習センター)がありました。北大のキャンパスに通って勉強できる上、学費の安さも魅力でした」
 2021年に放送大学に入学すると、北大合唱団に入ることができた。「友達は放送大生より、北大生の方が多いです」と話す。
 佐藤さんは実家からの仕送りはなく、完全に自分で生活費を賄っている。道内に拠点のない企業からの依頼を受け、化粧品やおもちゃなどさまざまな品物を扱う営業代行の仕事をフリーでしている。塾講師も掛け持ち、家賃や食費などを稼ぐ。
 釧路や旭川など道内各地を営業で回ることも多く、「結果的に決まった曜日、時間に授業を受けるのは難しかったと思います。移動の合間など空いた時間をうまく活用し、スマホで授業を視聴していました」と話す。

放送大学の学生なら自習もできる休憩スペース

不断の努力のかいもあって、単位も順調に修得し、来年3月には卒業できる見込みだ。鉄道模型の趣味も生かし、卒業後はおもちゃの修理を専門で扱う会社を立ち上げられないか、夢を膨らませている。
 「放送大学では、能動的に勉強をすることができました。今では選んで本当に良かったと思っています」
■メタバースによる支援も
 放送大学北海道学習センターは10代、20代の若者も充実した学生生活を過ごすことができるよう、支援体制の強化も進めている。一つがメタバースを使った支援だ。
 メタバースとは、インターネット上の仮想空間。学生の居住地は道内各地に点在していても、パソコンやスマホ、タブレットから気軽に参加できる学生交流の場だ。24時間いつでも入室可能で、チャット機能を使って分からないことを教え合ったり、相談したりできる。
 北海道学習センターの加福さんは「これからも若い学生の声も積極的に取り入れ、少しでも勉強しやすい環境をつくっていきたい」と話している。

2024年4月20日 10:00(4月20日 12:18更新)北海道新聞どうしん電子版より転載

放送大学 学費の安さ、地域問わず 10代の若者入学増える | 拓北・あいの里地区社会福祉協議会(仮) (ameblo.jp)

<コロナが変えたくらしの姿>第7部 学び直しのチャンス (1)大学通信教育のいま 自宅学習しやす | 拓北・あいの里地区社会福祉協議会(仮) (ameblo.jp)