新型コロナウイルスの流行が続く中、自宅で過ごす時間が増えた人は少なくない。せっかくの時間を無駄にせず学び直しの機会にしようと、前向きに捉える40~60代もいる。最近の大学は地域住民や中高年、再就職を目指すビジネスマンらを対象とした多彩な授業や講座を用意し、生涯学習、再学習の場となっている。大学と縁のなかった人の掘り起こしにも力を注ぐ。コロナ下で意欲的に学ぶ人々とともに、最新の大学事情を紹介する。

 恵庭市の非常勤職員野田峰二子(ふじこ)さん(60)は毎日、夕食を済ませると机に向かう。こども家庭福祉や人間関係論などのテキストを読み込み、リポートを書く。ピアノの練習も欠かせない。

 昨年4月から、兵庫県にある豊岡短期大学こども学科の通信教育部で学び、幼稚園教諭の資格取得を目指している。子どもが大好きな野田さんは「今後の人生は、子どもたちと関わって生きていきたい。時間に追われる毎日ですが、目標に近づいていることを思うと、苦にはなりません」と笑顔で話す。

 高校卒業後、陸上自衛隊に入隊。同僚と結婚し、会計など総務の仕事を続ける傍ら、3人の子どもを育てた。54歳で定年退官した後は、恵庭市の臨時職員となって働いた。時折、旅行も楽しんできた。

 しかし、2年前のコロナ流行後、旅行には行けなくなった。夫は定年退官し、子ども3人も独立。「残りの人生を悔いのないようにしたい」と、昔から夢だった幼稚園の先生への思いが日増しに膨らんだ。

 「やるなら、コロナでこもりがちな今だ」。資格を取得できる短大、大学の資料を取り寄せた。乳幼児教育で知られる豊岡短大は2年間で幼稚園教諭二種免許状を取得でき、協力関係にある札幌の専門学校では対面授業も行われていた。長女(31)も「お母さんのやりたいことをやったら」と背中を押してくれた。

 通信教育は自学自習が基本だ。孤独を感じることもある。野田さんは対面授業に行くと、20、30代の同級生にも積極的に声を掛け、電話番号やメールアドレスを交換した。分からない箇所を教え合ったり、情報交換をしたりしてきた。卒業に必要な単位数は62で、1年間で42単位を取得した。

 一方、卒業して免許状を取得できても、年齢の面から採用されるかという不安がつきまとう。でも、資格がなければ、幼稚園教諭になることはできない。「産休を取る先生の補助でもいい。早出、夜勤などシフトに入ることでサポートしていきたい」と、子どもたちと向き合う日を思う。

 宗谷管内利尻富士町で美容室を営む上田みゆきさん(48)は2017年から、放送大学(千葉市)で勉強を続ける。高校卒業後、美容師の資格を取得して仕事を優先したが、4人の子育てが一段落すると、興味のあった心理学などを学びたくなり、同大に入った。

 テレビやラジオの授業を視聴するだけでなく、北大構内の北海道学習センターで土日を中心に対面授業も行われる。上田さんは授業や試験で年に7、8回は札幌に行く必要があった。利尻―丘珠間を飛行機で移動し、ホテルに4日ほど泊まると費用は約10万円に。「スタッフに仕事を任せ、家族の協力も必要。大きな負担でした」と明かす。

 しかし、コロナの流行で、オンライン授業が増えた。単位認定試験も、自宅で受けられるようになった。学習環境は劇的に変わった。上田さんは「札幌へ往復する負担が減り、時間も費用も労力も削減できました」と喜ぶ。

 卒業まで必要な単位は残り45。「あと2年で卒業したい」。上田さんは明快な目標を口にした。

■広がるネット活用授業

 各大学はコロナ下で、夏休みに行うスクーリングの中止などを余儀なくされ、講義映像を動画で配信するスクーリングや授業の充実に力を入れている。自宅で単位修得試験を課すなどの工夫も凝らす。

 公益財団法人・私立大学通信教育協会(東京)によると、加盟する全国56校のうち、34大学・短大がネットを活用した授業を導入済みだ。分からない箇所を繰り返し見られるため、学生から好評という。

 東京都世田谷区の産業能率大学は、入学希望者向けの個別相談で、オンライン会議システムZoomを使っている。大学のホームページで日時や空き状況を確認でき、随時申し込める。同大通信教育広報課は「帯広や北見など、札幌以外の方も気軽に参加している。地域差がなくなっている」と説明する。

 道内の約40人が学ぶ京都橘大学は昨年9月、交流の機会を増やそうと、オンラインでバーチャルな大学空間を提供する「oVice」(オヴィス)を試験的に導入した。自分のアバター(分身)が他の学生のアバターに近づくと、会話できる仕組みだ。

 今年から定期的に催し、人脈づくりに役立ててもらっている。同大生涯教育・通信教育課長補佐の岡本俊さん(38)は「気軽に連絡を取って、勉強へのモチベーションも高めてほしい」と話す。

 放送大学(千葉市)は各科目の単位認定試験を旭川や函館など道内5会場で行っていたが、2022年7月以降、パソコンで受験できるようにする。一部の科目では、問題や解答用紙を自宅に送り、提出してもらう「郵送受験方式」で実施する。

■卒業への道のり 何度もリポート提出/勉強時間確保が鍵

 大学通信教育は広く門戸を開いている一方、卒業への道は決して平たんではない。

 札幌市清田区の全国通訳案内士、真下陽(ましもあきら)さん(51)は2010年4月から、慶応大学文学部の通信教育で学ぶ。読書好きで英米文学に興味があった。30代後半で北大大学院文学研究科に合格したものの、仕事との両立を考えて断念した経験がある。最終的に「自宅で自分のペースで学べる慶大での通信教育を選びました」。

 学習はテキストを正確に読み、深く理解することに尽きる。読み終えると、科目ごとに「〇〇について論ぜよ」といった課題に基づき、2千~4千字のリポートにまとめる。

 国際基督教大学の出身で、得意の英語は難無く単位を取れたが「リポートはどう書いたらいいのか、戸惑いの連続でした」。テキストやネットの書き写しでは到底、合格点はもらえない。参考文献を最低2、3冊は読み、自分の論を展開しなければならない。1科目に2、3回のリポート提出が必要で「なかなか合格点をもらえませんでした」と振り返る。

 添削で指摘された箇所を何度も考え、修正した。年度をまたぐと課題が変わってやり直したり、提出期限が1日過ぎて不合格となったりした。アメリカ文学研究という科目では、計9回も提出した。

 一方、夏休みなどに数日間、対面で授業を受けられるスクーリングは、通信教育ならではの得がたい経験だったという。仕事の日程を調整し、3回出席。「意欲的な学生が全国から多く集まり、大いに刺激を受けました」

 慶大もインターネットで受講できるメディア授業を充実させている。真下さんは「何度も繰り返し見られ、テキストより理解が進む」と利点を語る。大学に在籍できる期間は原則として12年だが、延長して卒業を目指している。

 

 

 学びを一度断念し、再挑戦した人もいる。

 旭川市の佐々木裕三さん(61)は学校の事務職員だった30代の時、「法律の知識を身に付け、仕事にも役立てたい」と一念発起し、中央大学法学部の通信教育課程に入学した。単位をいくつか取ったものの、仕事との両立は難しく「2年で断念しました」。

 定年が見えた2018年、「もう一度、やり直したい」との気持ちが強まり、再入学した。かつて在籍した時と比べ、動画での講義を好きな時に視聴できる科目が複数開講され、判例などを検索できるサービスも充実していた。「通信教育でも勉強をしやすい環境が、格段に整っていました」

 仕事が定時で終わり、毎日の勉強時間を確保できたことも大きかった。佐々木さんはコロナ下で存分に勉強し、昨年3月、無事に卒業した。

 「自信がつき、やり遂げた充実感でいっぱい。意欲のある人なら、通信教育でも通学制と遜色なく学ぶことができる。一人でも多くの人に挑戦してほしい」(編集委員の升田一憲が担当し、4回連載します)

<ことば>大学通信教育 地理的、時間的な制約から通学が困難な人のために設けられた正規の大学教育課程。1950年、文部省(現文部科学省)に認可された。高校卒業など入学資格があれば筆記試験はなく、原則として書類選考で合否が決まる。全国42大学、26大学院、11短大が開講しており、道内では唯一、北海道情報大が設置する。

 指定のテキストを読み、課題のリポートを提出し、単位修得試験に臨む。一定の点数を取ると、単位が認定される。夏休みなどは大学で教官の授業を受けるスクーリング(面接授業)を受講する。スクーリングで一定の単位数を取ることを課す大学も。卒業には通学と同様、124単位以上を修得しなければならない。

4/28 11:05 更新 北海道新聞どうしん電子版より転載