「移動スーパーの店長」(前編) | 風に吹かれて マイ・ヴォイス

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なりゆきまかせに出会った話題とイメージで、「世の中コンナモンダ」の生態系をのんびり探検しています。これはそのときどきの、ささやかな標本箱。

 都はるみの歌った「三日おくれ~の 便りをのせて~」、これがおれの商売のラッパみたいなもの。知らない人もいるだろうがパチンコ屋のむかしの軍艦マーチみたいなものだ。元気が出る歌だ。春夏秋冬、半径大体10キロの移動商売先の、お年寄りや若い忙しい母親を泣かせる歌だ。何で泣くのかって? 言葉のアヤというものでしょう。

 これでも東京で、会社勤めをほぼ20年やって、子どもがいないのを幸いにカミサンを連れて生まれ育ったこの地方町に帰ってきた。事情はいろいろある。ここで、遠い親戚にあたる電気屋で働いていたとき、山のほうに住むこれも親戚のジイさんに頼まれて、勤め帰りに頼まれた肉や魚を時々届けてやってたら、なんとなくアテにされて、そのジイさんの友だちとか、友だちの友だちとかいうお年寄りたちにもすっかり頼りにされるようになってしまった。こういうのはおれが背負いこむことではなく、まちがいなく地方行政の福祉のやることだと考えたし、本業の仕事に障るので断ることにした。ところが、運命のいたずらというやつか、勤めていた電気屋の店主が急に亡くなって店を閉めるということが重なった。結果は、とにかく移動販売業をすることになった。そこのおかみさんにうまいことのせられたこともある。「竹にだって節がある」とかナンとか、商売嫌いのオヤジにはこっぴどく説教された。が、もう決めたこと、中学校の同級生のやっている中古車屋で、2トン車を移動スーパー車仕様にいじってもらった。こうなると、腹が決まるも決まらないもなく、話がどんどん転がった。転がったというより崖から落っこちたようなものだ。

 冷凍車じゃないのに肉や魚を扱うこともあって、役所の面倒くさい手続きが山ほどあったが、そこはカミサンがうまくやってくれた。おかげで役所におれのすることの理解者ができたり、コツを教わって、氷をたっぷり使った衛生管理もバッチリだ。

 もう5年になる。カミサンはおれより年下で、防衛大学校中退という変わり種。中退の理由は訊いても教えてくれないが、本人もわからないというのが真実らしい。おれと違って感覚的なものが突き出た体質なのだ。中退といえば、おれのオヤジは安田講堂で沈没した。おれも中退派。オヤジと同じ本郷にある赤い門のでっかい大学を、3年で中退した。なぜだって? テレビのバラエティーなどで笑い声やざわめき音をかぶせるような効果、そういうおれの大きらいな「かぶせ」が、自分のまわりにじわじわと見えてきたからだ。まわりの変な自意識の連中についていきたくなくなったということだ。くわしくはうまく言えない。ただ、どうせかぶせるなら、堂々と、「トラック野郎」のデコトラ「一番星号」のようにスカッとしたものにしてほしかった。生意気にも世間を見た気がした。そういう路線はそれでおしまい。

 ここに住みついて天職に出会ったような気がしている。・・・今では町の雑貨屋や市場の連中ともしっかり親しくなった。おかげでゼロに近かった商品知識も広がった。売っているどのパンがうまいか、どの日用品が利幅がいいかもよく分かっている。扱うのは、料理油や調味料、それに歯磨き道具や乾電池まで、日用雑貨が中心だ。自前で作れる野菜や若者向きの文房具、流行の下着類、ゲーム、大型家電以外はだいたい扱える。そうでなくちゃ「スーパー」とはいいにくい。ほんとうはスーパーでなく専門店というのが、おれの知っているおれの主義のはずなのだけど、それにこだわる歳でもない――。もともと頼まれるとイヤとは言えない性格が裏目に出たとカミサンは言うけど、おれは表目が出たと思っている。内心、楽しくなってきている。 

 さて、こんなふうに自分のことを話していると話しが長くなってくる。話したかった、過疎地という所のバアさんやジイさんの生き方の話や、集落の、伝えたい実態話ができなくなってしまう。で、「三日おくれ~の」に話をもどしたい。そういえば、「三日おくれ」という歌詞の歌は生鮮食品を扱うにはふさわしくないと、お客の中学校教師に言われたことがある。たかが歌詞の話だろうといいたかったが、なるほどとも思ったし、相手はお客だった。ちょっとは考えたが、この曲には理屈抜きで元気がもらえる。元気第一の現実路線で突っ走ることにした。いまどき、カネをかけずに元気をもらえるものなんてほかに何があるだろうか。この点は大事なことだ。バアさんジイさんたちもそういう意見の同志だ。もっとも、そのうちあの人たちは、「あなた変わりは ないですか~」の《北の宿から》のほうが好いと言い出すに決まっている。

 では本論、ではなく本道に、話をもどそう。当然だけど、鉄道の通るところにある大きな町(今は山の中まで「市」になっているところも多いが)から離れるにしたがって、観光地は別にして、地域単位の人口は小さくなる。おれのビジネスは、人が多いにしろ少ないにしろ、そういう集落地域相手だ。回っている地域は、「スーパー」はおれの移動車だけだし、コンビニはまずない。だけどこういう集落には大体、りっぱな道路が整備されていて、移動販売には強い味方になる。

 ――突然ですが、このままいくと、地域の人々とそれらを通した地域の話に入る予定の紙幅がない。そこで、ここまでを前編として、後編は次にということにさせていただきたい。