嘔吐恐怖症持ちにとって、妊娠とはとてもハードルの高いことだと思う。
つわり、出産時の吐き気(痛みよりも痛みによる吐き気にばかり不安がいく)、子育て、どれを取っても不安と恐怖がつきまとう。

幼い頃は大人になれば、この怖さを克服して、私も母のような"普通"の大人になれると思っていた。
でもいつからだろう。
年を重ねても治っていない。それどころかより、リアルに嘔吐に関することを捉えられるようになった分、悪化している気すらする。
と思うようになった。

結婚がまだ全然遠い段階でも、漠然と妊娠と子育てに関する不安を抱えていた。
夫と出会い、結婚がより現実のものとなってきた時、その不安はますます強まっていった。
私は親になれるのだろうか。そんな資格あるのか。耐えられるのか。
子どもを持つのは嘔吐恐怖症が治ってから?じゃあいつ治る?
そんなことばかり考えていた。
でも不思議と自分の中に、子どもを持たないという選択肢はなかった。

そんな折、カウンセリングの先生に妊娠ついての不安を相談した。
先生は「どうせ直ぐに治らないんだから、作っちゃいなよ」とおっしゃった。
ええっ、そんな簡単に!とも思ったが、
「そうなったらどうにかするんだから。絶対なんとかなるんだから。」とも言われて、
ああ、確かにそうかもしれないな、と納得している自分がいた。

夫は子どもの欲しい人で、そのことは結婚前から知っていた。
「つわり中のサポートはなんだってする。子どもの嘔吐処理も、自分ができる時は全部自分がする。できることはなんだってするけれど、子どもを産むことだけは自分にはできない。それだけはお願いしたい。」と話してくれていた。

夫の気持ち、先生の言葉が大きな後押しとなった。
そしてそもそも自分の中に子どもを持たないという選択肢がなかったということが、自分自身の本能的な答えな気がして、
結婚したら妊活をしようと思うようになっていた。

妊活をしたからといって、すぐに子どもを授かるとは限らない。
世の中には、不妊で悩んでいる人がたくさんいる。
現に、私の母は6年の不妊治療の末子どもを授かった人である。
小さい頃から母の話を聞いていたので、子どもを授かることが、どれほど尊いことかは知っていた。
ありがたいことに、妊活を開始して2ヶ月で、赤ちゃんは私たち夫婦の元に来てくれた。
初めて心拍を確認した日には、愛しくて涙が出た。

つわりで苦しむ毎日の中で、弱気になったり逃げ出したくなったりする。
これから起こるであろう様々な恐怖に絶望的な気持ちになったりもする。
わかってはいたけれど、妊娠したからといって、人はすぐに変わるわけではない。
こんな不安定な私が母親なんて、早々に妊活に踏み切ったことは無責任だったのではないかと思うこともある。
けれど、子どもを授かった以上、私は私にできる最大限をしていくだけなのだとも思う。
どんなに理想の母親像を描こうとも、自分は自分以上の何かになることはできない。
自分の中でのベストを尽くしていく。
それができていれば、その気持ちを忘れなければ、それでいいのだと思う。
もちろんベストの天井をあげる努力は必要だと思うけれど。
そして何より、子育ては一人でするものではない。
心強いパートナーがいる。
夫はこれまでも私を導いて来てくれた。
きっとこれからも、私が泥沼にはまりそうになった時には、私を引っ張りあげてくれると思う。
私も支えられるだけでなく、夫を支え、夫の居場所になりたいと思う。
ふたりで支え合いながら、愛しい我が子を育てていきたい。
(こんなかっこつけたことを言っていても、吐き気が強まると途端に投げやりになる私…(;´д`))

昨日電話で、母が私に
「赤ちゃんはお父さんとお母さんを選んでやってくるんだよ~。選んで、来てくれてありがとうって思わないとね。」
と言っていた。
その真偽はわからないけれど、その考え方も素敵だなと思った。
そして仮にそうだとしたら、中々物好きな赤ちゃんだなとも思った。
私を成長させるために来てくれたのかな。
母の奮闘する姿をきっと見守ってくれるんだね。
とりあえず、子どもまで嘔吐恐怖症にさせたくないので、子どもの前では、びくびくしないようにしないとな…
あっ、もしかして、そもそも夫がお父さんがよくて来たとか!
なんてごちゃごちゃ考えながら、今日もベッドでつわりとともに過ごしています。
赤ちゃん、何はともあれ、私たちの元に来てくれて本当にありがとう。
毎日頑張ってるね。一緒に成長していこうね。