病の原因と怪我の原因と故障の原因、この三つの原因を比べると見えてくることがある。
病の原因は科学医学でもさっぱりわからない。
わかっていれば病不調はとっくの昔に解決している。
怪我の原因ははっきりわかるから、機械の故障の修理同様に治療出来る。
怪我と機械の故障は「見える」から原因も修理法もわかる。
病は「見えない」から原因も修理法もさっぱりわからない。
病は見えないものも多いが、ガンのように症状が見えるものも多い。
見えれば簡単に修理出来そうなものだが、手術で除去、薬で抑えても治すことは出来ない。
見えるのに何故出来ないのか。
見えるものが単純な怪我ではなく、何でそれが出来たのかわからないからだ。
つまり、がんの発症は見えても、何故それが発症するのかがわからない。
原因がはっきりすれば怪我や機械の故障同様に対処出来るはず。
原因の糸口すら掴めないほどまったくわからず、多様な原因説が氾濫しているのは、常識学問の中に答えはないと言うことではないのかな。
機械は故障原因がわかれば簡単に治せる。
怪我は原因がわかっても人に治せるわけではなく、医学も治癒力のサポートしか出来ない。
病気はサポートしようにも出来ず、原因を知ろうにも手がかりすらない。
これらのことから導き出せることは、生命に関しては学問の中ではなく外に活路を見出すしかない。
明らかに欠けている分野が大き過ぎる。
野生動物がならない病気に何故人間だけがなるのか。
生命の仕組みが解明されないから中心部が欠けているのであり、解明すればよい。
中心部とは意識のことであり、心身と普段言っているように意識と体を持つのが生命であり、当たり前のことだな。
意識の解明にまったく歯が立たないのなら、これまでの見える部分の学問も間違っていることになる。
人間・動物・昆虫を問わず、その体を動かすのは「判断」して筋肉に「信号」を出す意識だ。
機械で言うなら「運転手」に該当する。
だから手足を思うまま動かせるし声も出せる。
運転手が何処にいてどうやって体を動かすかわからないのに、何故体の構造だけがわかるのか、これこそ世界の七不思議ではないのかな。
運転手の構造がわからないのに何で操縦席の「脳」の構造がわかるのか。これでは脳の不調も治せるはずがない。
病不調の原因は、これだけ探して見える範囲に見つからないなら、残るは意識の仕組みの中にしかない。
意識の動力と維持制御法と指揮系統の仕組みの解明が先決だ。
ただし、今の常識学問は除外して考えないと思考の迷路に入る。
近々発行する「生命エネルギー理論」ですべて解明する。
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