東シナ海流65 野人の決意 | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

総支配人になったおっさんは誰に相談することもなく船を手配した。

それなりの装備をした大型船かと思えば、ちっこい漁船を改造した船だった。

屋久島・硫黄島・鹿児島海域を走るクルーザー有王丸は60トン、最も古い為朝丸は20トン、処女航海で諏訪之瀬島に来て野人が助力した諏訪瀬丸は20トン。

 

しかし、離島遠征瀬渡し船として進水した「朝凪」は14トン。

荒海を走る船ではなくブリの幼魚「モジャコ」をすくって活かす為の漁船だった。

大きな水槽に海水を満水状態にして船は安定するが、水槽を水を入れず客室に改造したものだから不安定でコロコロ、小さな波でもひっくり返りそうになる。

安上がりと言うか、手抜きと言うか・・

 

なんだ・・これは

 

大学で船の設計を専攻していた野人はこの復元力が最悪な珍船に絶句した。

こんなもんはトカラの荒海どころか穏やかな湖も走れん。

2人の死者を出した諏訪之瀬島の海難事故が頭をよぎった。

 

瀬渡し船業務は特殊であり船舶課のメンバーは経験がない。

特に船乗りは岩場や暗礁近くに船を寄せることを恐れ極端に嫌う。

総支配人となったおっさんは外部に船長を求めたが頓挫した。

こんな半端なちっこい船でトカラ海域遠征をやれる男などいない。

引っ込みがつかなくなり切羽詰まって野人に白羽の矢を立て、じいさんに頼み込んだのだ。

 

入社以来赴任する先々で責任者はいるが、業務はすべて野人任せで仕事を教わることもない。

じいさま直轄であり指令もじいさまから、じいさまの許可なく動かせない。

役割はダイバーとしての魚類・海底調査と、客のお相手と、じいさんのお守、船乗りとして専任すればそれらが出来なくなりじいさんも困る。

 

それに船員でもない本社社員に危険な船長業務への辞令を出すわけにもいかない。

野人の所属は同じヤマハでもヤマハ発動機ではなく、正式には日本楽器製造株式会社、つまり楽器会社なのだ。

 

それでじいさんは本社の伊藤常務に判断を託したのだが、常務から相談を受けた時に野人の腹は決まっていた。

こんな危険な業務、近場ならともかく遠くの島々を荒らしまわる海賊行為はヤマハがやることではない。

絶対反対の立場だったが、野人はその仕事を引き受けた。

 

サメの海への単独潜水調査も異様だが、黒潮本流への遠征瀬渡し船長も一部上場企業本社の正社員としては異様。

まあ、前例のない社長室での面接試験や、特務手当や危険手当なども異様なのだから、それでもいいよう・・

 

伊藤常務は野人の身を案じて言った。

 

「あのおっさんは何があっても責任取る男ではないぞ」

 

「わかってます」

 

「それでも引き受けるのか?」

 

最も海と船と魚を知る野人はこの事業反対の筆頭。

何が何でも止めなければ大変なことになる。

あの勢いから野人が断っても誰かがやらされるだろう。

場合によっては大量の死者を出す恐れが強く、じいさんの夢も挫折することになりかねない。

これまで頑張って来た多くの人達の苦労が水泡に帰す。

 

しかし、言ってもじいさんには通用しないことも知っている。

 

「やってみないとわからないだろうがパンチ!」は、じいさんの口癖。

 

しかしやってみてからでは手遅れになることもある。

じいさんの首根っこを掴んでも止めさせなければならない。

その為に野人はこの任務を引き受けた。

 

1年間やってからじいさんに直談判、この事業から撤退させる。

野人がやらなければ仲間の誰かが犠牲になり必ず死者が出る。

あの船をトカラ海域で臨機応変に乗りこなせる男などいない。

大波の舵取りを間違えれば即転覆だな。

 

遠征航海で窮地を乗り切るのは気象・海象データ、技術、判断力だけでなく、最も重要なことは危機を察知する本能だ。

だから躊躇なく引き受けたが、命を捨てる気など毛頭なく誰も死なせない。

 

礒乞食のおっさんは喜ぶだろうが、野人が仕えるのはおっさんではなくじいさん。じいさんの為にそうするのが当然と思っている。

そう常務に言うと、しばらく沈黙していたが静かに言った。

 

「お前の考えること、やることは誰も理解出来んし誰もやれん」

 

野人に諏訪之瀬島と口永良部島で2度命を助けられたことを感謝しながら言った。

 

「お前の思い通りにやれ 1年間だけ頼む」」

 

了解があれば船舶課への転勤辞令は必要なく、所属は今のまま、会社命令ではなく独断で宿泊施設と船舶部門の掛け持ちでやることを常務に伝えた。

そうすればじいさまも困らず、磯釣りでも船釣りでも面倒見れるし丸く収まる。

そう伝えると・・

 

「ほんとにお前は抜け目がないのう・・」

 

「ところでもう一つ頼みがある」と常務は言った。

 

船舶課は船員漁師達の男の集団で内輪揉めが絶えない。

何とかそれを束ねてくれという依頼だが・・

野人は25歳で下から6番目の若さ。

役職も権限もなく、上は親子ほど年の離れた諸先輩方をまとめろというのも笑える。

 

「ついでにやりますから」

 

「おう そうじゃ ついでで いいわい」

 

入社以来、危ない仕事、ややこしい仕事はすべて野人に回って来る。

毎回そうだが、野人の決意に悲壮感も迷いも伴わない。

周囲がどう思おうが常に淡々麺のようなものだ。

やれる確信と根拠があれば後はその時に考えればよい。

水の流れに逆らって水を制することは出来ない。

 

 

 

伊藤常務と野人

     アップ

立命館大学で野球部エース、社会人野球でエース

プロゴルファーでじいさんに見込まれヤマハゴルフ場支配人

取締役からごぼう抜きでヤマハリゾート社長に・・

社長退任から70代で亡くなった後も野人の会社の株主だった

 

 

 

 

 

 

 

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