解決にならない猪と鹿の駆除2 | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは


長年積み上げて来た協生理論を再編成、まず一次産業の復興、過疎化対策として協生農法を考案、その波及の道を進んでいる。

農地放棄、過疎化に拍車をかける猪や鹿や猿の猛威に手をこまねいているわけではない。

「成せば成る」の物理方程式「野人兵法」の真髄とも言える方法、順番で実践している。


各地で猪や鹿肉の有効利用、ジビエ波及が進んでいるが、農業復興にも環境修復にも繋がらない。

それらは駆除した彼らの有効活用に過ぎず、農地の荒廃は止められない。

農地も重要、山も重要、野生肉も重要、どれも大切なもの、立体的な仕組みを踏まえて同時進行で計画を進めている。

全て解決する方法はこれしかない。

「だろう・・」ではなく、すべてを満たす方法はこれしかないのだ。

猿を山奥へ戻し、猪や鹿肉をこれまで以上に活用、山の麓でも安心して農業が営め、生態系を破壊せず土砂崩れなどの災害も招かず、河川も海も汚さない・・それを目指す。


元は陸も海、海も陸も基本的な仕組みは同じ、海からの水の始発点は山頂。

陸での生命活動の基盤であり、陸に保水する役割を担う山を動かさずして目的は果たせない。


人間の食の本質に合った重要な食材は、1に野生の本質を持った肉、2に野生の本質を持った果肉、3に野菜、茶、穀物などその他農産物だ。

しかしこれらの問題を解決する進め方は逆になる。

1に野菜、茶などの農産物、2に果樹、3に食肉だ。

農業として成り立ち収益性の高いのが野菜類であり、収益はよくないが広域に渡り楽に生産出来るのが果樹、これらの環境が整わなければ出来ないのが肉だからだ。

そこまで行ってやっと山林が手掛けられる。


山から手掛けるのが理想的なのだが、いきなりやるには膨大な経費と手間がかかり過ぎる。

農業が成り立ち、過疎化に歯止めがかからなければ山へは進めず、入る人もいない。

接近し過ぎた境界線を知恵と工夫で元の線まで押し戻すのが最優先。

そうなれば山は宝の山、放っておいても人は夢を抱いて山へ進出する。植林政策で山の頂上まで制したように。

欲でもいい、意欲と呼んでもいい、人を駈り立てるものがあればそうなる。


山の復元を税金でやれば財政は破綻してしまう。

山の生態系を取り戻し、人間が動物とうまく協生しながら農業を営むにはこれしかない。

これらの基盤は協生理論であり、その代表は協生農法、1年草野菜に始まり多年草の研究、茶園へ進み、さらに大がかりな果樹園を手掛けようとしている。

そして誰も使わない夏猪や鹿の活用に取り組んでいる。

行き当たりばったりではなく、これらの計画を確固たる道理をもって進めているのだ。


人間を始め、陸の全ての生物は山から始まる水の循環の中で生かされている。


続く・・ 次回終章


殺生と慈悲

http://ameblo.jp/muu8/entry-11545315502.html

世界と日本の食糧事情

http://ameblo.jp/muu8/entry-10673306844.html


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