野人とタコのバトルの歴史は長く、小学生の頃からだから50年くらいになる。
泳ぎも潜水も半人前の時分からタコを狩り続けていた。
コツがわかれば泳げなくても子供でも簡単に捕まえられるのがタコだった。
低学年の頃は大人に騙され、タコを「世にも恐ろしい人食い」と教えられ、初めて生きた大ダコを見せられた時には戦慄が走り、タコが悪魔に見えたのだ。
それから夢枕にまで巨大ダコが現れ、八本の長い脚で首を絞められてうなされた。
タコは、いつも夢に現れて野人を踏みつぶす「ゴジラ」、背中に覆いかぶさり恐ろしい言葉を囁く「山姥」と並ぶ最大の天敵だった。
木刀や手裏剣で完全武装して、お化けや幽霊退治に夜中に出かける程だったが、妖怪山姥だけは・・あれはイカン。
野人のオナゴの苦手意識はヤマンバ恐怖症の時代から引きずっている。
まだ・・怖いし・・腰も引ける。
天敵のタコを打ち負かせたのは4年生の頃で、タコの美味しさが恐怖に勝った。
4年生の頃から櫓を漕ぐ事を覚え、1人で海に漕ぎ出し釣りや潜りの技を磨いた。
タコの調理法は浜で焚火して丸ごと放り込むか持ち帰って茹でるかで、刺身など思いもよらなかった。
道具は魚もタコもモリだったが、当時、完成品のモリは店頭になく、モリ先とゴムは買ったが、万能ナイフ「肥後の神」で山から数本の笹竹を切り出し、竹にキリで穴を開けて針金で固定して作っていた。
高校卒業するまで10年近くモリ作りに励み、石鯛や黒鯛用の長モリからタコ用の短モリまで常時3本は備えていた。
ゴルフで言うなら・・・目的に合わせたクラブのようなものだな。
大潮の干潮時は腰まで海に入れば捕れるし、くるぶしの深さにもタコはいる。
擬態を使うタコを見つけるにはやはり経験がいるし、捕獲するのにも技術はいる。
この夏のお特訓では大人でも見つけるのは難しく、穴を教えても捕獲に四苦八苦。
しかし、タコの生態の仕組みが理解出来れば難しくもなく、これが野人の言う「物理」の応用なのだ。
理があれば成るべくして成り、理がなければ成るべくして成らない、人間の暮らしすべてに当てはまることではないだろうか。
森の生き物や植物から学んだことも貴重だが、魚やタコから学んだ知恵も大きい。
太古の昔から先人達がそうしたように、野人は「狩り」を通して理性と知恵を磨いた。
それらは学校や親から学んだ社会学より、理科生物よりはるかに貴重な生態物理学だった。
求めた答えが出るか、失敗、あるいは怪我を負うかは組み立てた方程式次第。
やり残したことがあまりにも多く、卒業したくなくて未練たらしくいつまでも小学校の正門にしがみついていた。
生ダコで 吸愛 傷心6年生
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タコ 踏んじゃって・・パンツ脱がされる