人知なき戦い | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

昔、菅原文太主演の「仁義なき戦い」と言う映画があった。

戦いの歴史は古く、組織対組織の戦いは利害関係から生じるものだ。

持つ者と持たない者、互いに生き残る為に戦争が始まった。

持つものとは食糧であり、集団生活を可能にした農業が戦いだけでなく産業や学問の始まりでもある。

戦いには宣戦布告や、「やあやあ我こそは~」と名乗る源平時代の仁義が美徳とされた時代もある。

やがて仁義なき下剋上の戦国時代、暗殺が横行した幕末、国が窮した太平洋戦争を経て今の平和がある。

日本人は戦乱のない暮らしを得るまで2千年の時を要した。

海外では未だ戦乱の渦中にある国も多い。

平和で豊かな暮らしに満ちたはずの日本も何かがおかしい。

一般犯罪、政党、団体、企業間の争い、最近は事業仕分けでもそれが見られる。

信念を持った主張もあるだろうが、利権や既得権などの欲から生じるものが多く、必要性を訴えてお金を使う。

国家は負債を抱え、失業者は増え、高齢化、過疎化、一次産業や伝統産業の衰退、さらに健康や環境は悪化の一途をたどっている。

ここまで乱れても責任者不在、相手も見えず、終わりのない戦いを繰り広げているようなものだ。

相手がいないのだから仁義もない。

必ず原因はあるのだが、因果関係がはっきりしない。

これは仁義なき戦いと言うより、「人知なき戦い」と言う方がふさわしい。

間違っていたからこのような結果になったのだが、主因を追及することなく対策を打ち出す。

前向きな人知とはお金と労力を使うことなのだろうか。

医療もそうだが、いまだに主な病気の原因も特定出来ず対処療法に走り続けている。

近代科学をもってして数10年、国も民も病み、繁栄したのは製薬会社と化学薬品会社と言うのも皮肉な話。

そろそろ後ろ向きになって足元を見たほうが良い。

足元の大地も病み、世界の海も警告を発している。

根本から間違っていたからこのような結果になり、すべて人々に返って来る。

人知なき戦いはこれ以上御免こうむりたい。

大気汚染、海洋汚染は年々進み、絶滅種は海山川を問わず増え続けている。

熊や猪や鹿や猿も山が正常なら人間の領域は侵さない。

生命の本質すらとらえてはいない人類の存在は地球の為になっているだろうか。

地球に暮らすすべての生き物のリーダーとしての使命があるはずだ。

何も変わらないのなら自らの手でやるしかないだろう。