自然循環の仕組み観察会 | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

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三日前に野人農法講習会の案内をし、それからは農法が生まれた経緯をたどって来た。野人農法とは野菜の作り方ではなく、そのようなものは何もない農法なのだ。

かと言って土壌を作るわけでもなく、自然放任栽培のように何もしないわけでもない。

野人農法を一言で言うならば、環境を整え循環の仕組みを作る農法だ。

つまり、講習会は農法と言うよりは自然循環の勉強会のようなものだ。

これを応用するなら、家庭菜園にも向いているが、農業にするなら数学を駆使した「地球物理学農法」となり、耕すことなく周年豊富な産物を生む。だから一度作ってしまえば耕運機もクワも力仕事も無縁になる。数学物理学の数式などはまだその段階ではないからブログでは発表していない。数学物理学もまた自然界から生まれたものだ。

今回の講習会はそのような難しいものではないから自然が好きな人はこぞって参加してほしい。普段何気なく見ている海や山や野原、道端には欠かさず生物達のドラマが繰り広げられている。草や生き物たちがどのようにして最高の土壌を築き上げるのか、その働きに目を向けて欲しいと願っている。常識がひっくり返る程の発見があるかも知れない。野菜もその場で生で食べ放題だ。

当たり前のことだが、自然界の仕組みを知り、改めて生命と言うものを考え直せば、野菜とは何か、植物とは何か、人間本来の健康とは何か、理解が深まることだろう。

野菜の養分、ミネラル、繊維、効能ばかり注目されているが、そうではないことに野人は確信を持っている。何万年も生き抜いた人の体はそんな脆いものではなく「完全」であり、最小限の完全な食べ物さえあればどのような環境にも順応するように出来ている。

スーパーでは四季を問わず周年野菜が買える時代になり、医学は進歩しても人の体は悪化する一方でいまだに原因がわからないのだ。医食同源の意味も薄れつつある。

食を中心に健康管理には細心の注意を払い、定期健診を受け続けてもガンや病気の不安はなかなか消えない。人類が解明出来ないと言うことは基本的な「何か」が間違っていると考えるべきだろう。その方向へは進まず、病気を抑え込む方向に向かっているようだ。

野人の思考は単純で、「余計なことをしたか」「必要なことをしなかったか」これしかない。

そう考えればそう幾つもないはずだ。その程度の実験に科学医学実験室はいらないはず。

野人もまだまだ勉強中だが、この農園は野人に新たな発見をたくさんもたらしてくれた。それは今も日々続いている。



     自然科学講師 伝次郎ムー