気の科学17 神と魔の世界 | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

神と魔、これだけ歴史上長きに渡って世界中で使われてきた言葉はない。神と魔はこの同じ地球に存在する。細部に至るまでは理解してはいないが、大まかな事はわかっている。野人は「霊の世界」も同じだがその分野の本は読んだ事がない。何故わかるのかは読者の想像に任せる。野人の戯言と捉えてもらってもかまわない。「気の科学」を始めた時、ここまで話すつもりはなかったが避けては先に進めなくなってきた。先にはまだ「進化論と神化論」が控えているのだ(笑)。さらにムー大陸やアトランティス、海底遺跡やピラミッドまで入るとブログの主旨が大きく逸れてしまうから適当に話すことにする。

人類の歴史からもわかるように、神と魔は人と共に歩いてきた。つまり、人の心そのものなのだ。宇宙の微粒子から物質が生まれ、さらに生命、意識が生まれ進化していった。それは神の成せる業とも言われるが、野人はそこまで偉大な宇宙創造の神をまだ知らない。

万物には陰陽の法則があり、意識も例外ではない。上下、左右があるように善悪がある。人は必ずこの二つを併せ持つ。どちらが勝るか誰にもわからない。それは自分の心が決めることだからだ。芥川龍之介の蜘蛛の糸や、映画スターウォーズ、ネバーエンディングストーリーでも考えさせられたと思う(笑)。作者はそれらのことに気付いていた。

神も魔も意識エネルギーが進化したもので、その力関係も数もほぼ同じだ。地球上には多くの宗教があり呼び名も分かれてはいるが、神の世界は同じ組織になっている。その役割分担が違うのだ。神には天界があり、魔は地に潜む。神も魔もその分身や使いは無数にあり争いもする。しかし、ドラキュラではないが「消滅」することなどはない。意識が封じ込められて、何十年、何百年も身動き出来なくなるだけで、意識を完全に消し去る事は出来ない。孫悟空が岩の下に何年も封じ込められたのと同じだ(笑)。