東シナ海流34 珊瑚礁と夜光貝 | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

南太平洋や沖縄の島々は珊瑚が隆起して出来た島が多い。浅い岩礁についた珊瑚が積り重なって陸地になったのだ。諏訪瀬島は深い海底から溶岩が吹き上げて切り立った島だ。陸地から2百mも離れるとすぐに80mにまで落ち込み、そこからさらに何百メートルもまっ逆さまだ。珊瑚が付着するのは浅い部分だけで波打ち際は珊瑚礁と言うより珊瑚岩でほとんど岩に近く、遠浅の海岸はない。深みに落ちてゆく岩の亀裂には「夜光貝」が生息していた。サザエの仲間では最大の貝で重さ2キロくらいにはなり、種子島以南に生息している。装飾品に加工される貴重な貝で、昔は朝廷に献上されていた。夜光貝は夜に光るわけではなく、献上していただろうとされる屋久島の名前。「屋久貝」から生まれた。身は硬くて火を通すとさらに硬くなる。薄くスライスした刺身が一番だ。その魅力は食味よりも貝の真珠質にあり、貝の中では抜群の光沢を持っている。正倉院の宝物の中にも夜光貝細工品が幾つかあるらしい。装飾品だけでなくトローリングのルアーヘッドとしても評価が高い。野人も幾つかルアーを作った。大きさにより、カツオやマグロ、カジキに使用するのだ。ヘミングウェイも自分で潜って捕った貝でルアーを作ったのだろうか。

中島みゆきさんを連れて来た時にも、じいさんは「潜って中島さんに夜光貝を獲ってきて、身を食べたあとの殻は綺麗に磨いて送ってあげなさい!」と簡単に言う。じいさんの急な指令で、「貝細工プロジェクト」が発足した。と言ってもマリン担当は山本さんと二人だけだ。山本さんは島から出て何処かで技術を覚え、機械工具一式仕入れて戻った。グラインダーに研磨機、ワイヤブラシにハンマーから各種サンドペーパーだ。秘密兵器は・・・「塩酸とロウソク」だった。まず身を食べた後の貝は臭いが消えるまで土に埋めておく。丸ごと装飾用にするには、それから先の尖った小型ハンマーで付着した細かい貝などを叩いて潰すのだ。それからワイヤブラシでさらに細かい汚れを落とす。これからが究極の技で濃塩酸をぶっかけるのだ。塩酸は劇薬で購入には印鑑が必要だ。強酸が貝を溶かし猛烈な煙が立ち上がる。まともに嗅ぐと鼻をやられてしまうくらい強烈だ。汚れた外皮だけ溶かし、鮮やかな緑の模様を出すか、それも溶かして光沢のある真珠質を出すか2通りだ。まんべんなく綺麗に仕上げる為に野人は素手で貝を撫でたのだ。皆は目を丸くしたがどうと言うことはない。すぐに手が熱くなり、そのままやっていると指も爪も溶けてしまうから洗面器の水に手を浸けてからまたひたすら貝を撫でるのだ。「いい子いい子~!」と。熱くて我慢出来なくなる前に塩酸を洗い流せば済む事だ。それだけ愛情を注げば相当綺麗に仕上がる。ただし息を止めて煙を吸い込まないようにするのだ。人によっては塩酸の煙に触れるだけで爪がボロボロになるものもいるが、野人の手はそれほど繊細ではなかったのだ。乾いてからの仕上げはロウソクだ。ロウを貝の全面にポタポタ落としてからバーナーで軽く加熱するとロウが溶けて細かい部分まで浸透する。乾いたタオルで余分な厚みのあるロウを落とすと、海からあがったばかりのナチュラルな光沢を保ち続ける。貝の外皮は真珠質と違い、乾くと真っ白になってしまうのだ。土産物売り場に売っているようなピカピカのラッカーの光沢とは違う。小さなペンダントなどは、最初にカッターで細かくしてからグラインダーで形を作り、それから研磨機にかけて磨く。細かい部分はサンドペーパーを使い、仕上げは金属磨き粉「ピカール」が一番だ。精密ドリルで穴を開けてリングや鎖を付ければ完成。この細かいペンダント作りをゲストにやらせて楽しませなさいと言うのがじいさんの主旨だった。何しろ海が時化たり雨が続いたりしたら他にはやることがない退屈な島なのだ。これがまた結構面白くて熱中した。野人に装飾品の趣味はないからもっぱら漁具作りだ。最大の貝の一番太い中心部を使った大物用ルアーなどの出来栄えは素晴らしかった。夜光貝の鈍い光沢は魚だけでなく人間をも惹き付ける。