東シナ海流32 泳いで食料を運ぶ | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

島の表は強風、裏は巨大なうねり、行き場がないとはこのことだ。風向きの変化があまりにも早すぎるのだ。

これが本土近海なら何の問題もない。防波堤に囲まれた安全な港は何処にでもあるし、風向きが変われば波は治まる。

しかしこの島はさえぎるものが何もない黒潮本流の真ん中に突き出た火山島だ。簡単にうねりは治まらない。


うねりと風の方向が逆になると三角波が生じる。

三角波とは方向の異なる波がぶつかって生じる危険な波のことだ。

うねりとは別の方向からの強風が波を作ると、それがうねりとぶつかり巨大な二等辺三角形になって先が尖って砕ける。

船は横波に弱く、時には避けようのない大浪を真横から受ける事になる。


強烈な潮流とうねりと風波の方向が異なり、さらに海底が浅く不規則な形状の海域で、四方から大波が来て避けられず怖い思いをしたことがある。

君子危うきに近寄らずと言う事を思い知った。船のコースの選択が生死を分けることもあるのだ。


切石港の沖は、その三角波で真っ白になっていた。考えられる安全な場所はひとつしかない。

風はさらに回るだろう、その先へ進み、少しでもうねりが軽減される岬の陰を探すしかないのだ。

アンカーが打てず、エンジンを停止、燃料節約出来なければ終わりだ。


沖へ漂流を始めたら保安庁のヘリに救助依頼するしかなくなる。

巡視船が来るまでに7時間はかかるからそれしかないのだ。

それとも岸に座礁させて船を捨てて陸へ逃げるかだ。命だけは助かるが何処も波が高く上がるのも大変だ。

とにかく迷っている時間はない。船も人も助かる可能性に向かうだけだ。


その前に枯渇した水と食糧補給が先決になった。

切石港の水路はもはや船が進める状況ではなく、岸壁に近づいて食料を投げてもらい受け取る事は出来ない。

陸へ無線連絡して指示をした。

水と食料を二重の大きなナイロン袋に入れて膨らませ、それを二つ用意して岸壁に来るよう依頼した。


ジープが何台も港に到着すると船を水路の入り口近くまで近づけ海に飛び込んだ。

岸壁までは100m以上ある。狭い水路は大波で船は通れないが人間なら大丈夫だ。

中学高校の時から台風の波も気にせず潜っていたから波高は気にならない。

注意する事は大きなうねりがリーフによって逆巻いて砕ける、洗濯板みたいなリーフの上に体を持って行かれなければ良いのだ。

行ったらミンチになってしまう。

自由形は大分県で優勝したくらいだから泳力は問題ない。あとは直感と判断力だけだ。


波に乗ってあっと言う間に護岸へたどり着いた。

あまり近づけないので、出来るだけ遠くへ食料袋を放り込んでもらった。それを受け取り船へ向かった。

両手は塞がり、足ヒレの推進力だけで大波に向かって荷物を運ばなければならなかった。

しかしまだ島陰で風が弱いだけマシだ。あの夜に続いてゼーゼー言いながら船にたどり着いた。


これでまずは一安心、飢え死にする事はなくなった。

もっとも魚や貝を獲ればそんなことはないのだが、さすがに食べ飽きて食欲も湧かない。

船長とクルーは既に船酔いと過労でダウン、寝たきり状態だった。


船長は・・


「食料の補給はあきらめていたが、まさか泳いで取りに行くとは・・お前のやることは俺らには考えられんよ」

と・・ぼやいていたが感謝の気持ちが溢れていた。


視界も運命も、先の見えないうねりの中、船は停泊地の可能性を求めて再び走り出した。