海の季節が近づくと水着を意識し始める。反面海水浴で一番気になるのはクラゲの存在か、女性にとっては日焼けだろう。
「痛―い」と言いながら、赤くみみず腫れになった箇所をうらめしそうに見ている姿が目につく。
クラゲの種類は多いが、日本沿岸のクラゲでいやーな奴は6、7種類で、中でも一番強烈で、時には救急車の世話になるのが通称「電気クラゲ」だ。
アマゾンのナマズやウナギのように発電器をもっている訳ではない。
電気クラゲに刺された後でピクピクッとなり、しびれてダウンする姿が感電した様子に似ているからこの名が付いた。
このクラゲは初夏に黒潮に乗って北上して来る。正式には「カツオノエボシ」と言う。
おかしな名だが、エボシは昔の帽子「烏帽子」から来ている。江ノ島のエボシ岩もこの形だ。
水面を泳ぐカツオの上を、プカプカ帽子みたいに浮いているからそんな名前が付いた。
通常、岸に近づくことはあまりないが、長期にわたり南風が吹くと接岸して来る。
普通のクラゲと異なり、ピンポン玉を楕円形にした青い浮き袋で水面に浮いている。
風に吹かれて移動し、触手は長いもので10mを超えるので決して近づかないことだ。
浮き袋に触れても刺されないが、触手に触れると刺胞から細い毒針が飛び出す。本来は小魚を捕らえる為のものだ。
初夏、サーファーがよく刺され、救急車で運ばれる。
ウェットスーツから出た首回りが多い。個人差はあるが、腕を刺されると腕の付け根のリンパ線が腫れ、我慢出来ずに泣き出す女性も多い。
刺されるとどうしようもなく、毒を吸出す訳にもいかない。糸が残っていれば唇が腫れてしまう。
発見しやすいクラゲなのでネットで調べてしっかりと認識して近づかないことだ。
地元の漁師はカツオ引き縄漁が多い。当然釣り糸に絡まってくる事が多々ある。
カツオの群れに入ると痛いなんぞ言っておれない。
苦肉の策で、よくある話だが、カツオのエボシを数匹集めて、消毒液のリバノールに漬け込んだ。
溶けて腐って臭くてたまらないが、これがよく効くらしく、ほとんどの漁船に一本積んでいる。
塗ると痛くも痒くもなくなるらしい。ただし・・・何故だか解らないのは言うまでもない。
それから、マリンスポーツの教室をやる時は必ず用意していた。これにやられる可能性の高いサーファーにはお奨めだ。
高一の時、キャンプでクラスメート全員分のサザエ確保を課せられた。
皆が楽しそうに浜で泳いでいるのを尻目に一人岩場に向かった。
一人二個として80個くらい簡単だ。
途中、手首に青い糸が巻き付き激痛が走った。
小さい頃から毎年赤クラゲに刺され、あまり気にならないのだがいつもと違った。
顔を手でこすったら、糸が付いたのか、瞼も開けられないくらいの激痛だった。
必死の思いで岸に泳ぎ着き、アンモニアを塗ってもらい横になった。
痛みが治まって1時間、今度は全身を針で刺されたような、痒いような寒気がしてきた。クラスの女の子が何人も心配して側に寄って来たが非常に迷惑だった。
大事な箇所とその回りがチクチクして痒く、ズボンを脱いで掻きたくて掻きたくてたまらなかったのだ。
幼馴染も多く、野人は普段から善行をほどこしているのでこんな時は母性愛が強い・・
無数の愛の視線を受けながら「頼むからあっちへ行ってくれ」と言いたくて脂汗が出てくる。
ますます彼女達は側に来て取り囲み、「あたし達の為にごめんね」とやさしく体をさするのだが・・
さすってほしくない! さわるんじゃねえ・・
逃げたくても体が動かず、ついに・・
「タマが痒くてたまらんのじゃ~~
お前らどっかへ行け!」
その時の彼女らの表情は表現のしようがない。
目はラッキョになっていた・・・
「皆で掻いてくれ~」とはとても言えない・・
しばらく笑いのネタにされるのを覚悟した。
先生が町から医者を呼び、注射を打ってしばらく眠ると治まった。
最後に全員で撮った記念写真、最前列の真中に、右手の手首に包帯を巻いた情けない野人がいた。
今ではセピア色になってしまった写真と同じように、火傷のような手首の傷は今も色褪せてかすかに残っている。
「手首の傷跡」が出てくる歌を聴く度に、デンキクラゲともう一箇所を思い出してしまう。女性の場合は・・どうなるかはわからない。