東シナ海流17 社長を投げ飛ばす | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

じいさんが一人で優雅に温泉に浸かっている間、四苦八苦しながら何とか4人を離れ岩から陸へ渡した。

4人はじいさんと合流してやっと温泉で一息つけた。

船まで泳いで戻り、坂内さんと二人沖で待機だ。

2時間もするとうねりが少し治まってきて帰り支度が始まった。波の落差はまだ2m以上あるが、何とかいつもの場所で船に収容出来そうな感じだ。

 

瀬渡しと同じ要領だが、船首が沈む時に乗り移ると危ない。ストンと落ちた拍子に転んでしまう。

下からせり上がって来て、足元と同じ位置になった時に乗り移る。 タイミングさえ間違えなければ大丈夫だ。

 

坂内さんが船を操船、自分は舳先に行って皆を誘導した。

まずじいさんだが、何でも最初じゃないと気がすまない性格だ。

いきなり渡ろうとするので「まだまだ!」と言うと、「わかってるよ!」とまた怒る。

船首がせり上がり、「ハイ今!」と合図してもじいさんは乗り込まず、船首はさらに持ち上がり始めた。

 

もう一度バックしてやり直そうとしたら・・・じいさんがいきなりガバっと舳先にしがみついてぶらさがった。

じいさんは舳先と共に持ち上がり、このままでは岩に挟まれるか海に落ちてしまう。

咄嗟に右手でじいさんの襟首を掴んで思い切り引っ張り上げた。船の中に取り込んだのは良いのだが、掴んだ襟首を離してしまった。

じいさんは勢い余って・・・デッキの上を「ゴロン!ゴロン!」と2回転。そしてブリッジに「ご~ん!」とぶつかって・・止まった。

 

「アイタタタ!何てお前は乱暴なんだ~!私はボーリングの玉じゃない!」とじいさんは相当怒った。

しかし・・そのまま襟首を掴まえていたとしてもおそらく・・「私はイヌや猫じゃない、バカ~!」・・と怒るに決まっている。

どちらも似たようなものなのだ。

 

知らん振りして後の4人を誘導して回収した。秘書がじいさんに駆け寄り介抱していたが、じいさんの頭にはデッカイたんこぶが出来ていた。

とにかく・・たんこぶ一個で済んで本当に良かった。海に落としていたら何を言われるかわかったものではない。

海に飛び込んで引き揚げるほうがはるかにやっかいだ。

 

秘書は怒り、「社長を投げ飛ばすなんて・・」とあきれていたが、「でも助けてくれてありがとう」としっかりお礼も言われた。

今日はやたら髪の毛掴んだり、襟首掴んだりする日で本当に疲れた。

後日、本社では「社長を思い切りぶん投げた」と言う噂が広まったらしい。

いつものことだが噂には必ず尾ビレがつく。前後のいきさつは省略され、じいさんが転がった2回転は3回転になっていた。

 

数日後に本社の同期の桜からも電話があった。

「おい!社長を3回も転がしたって本当か?」と。

海も明日は穏やかになる。

5時から日没まで本格的な釣りだ。

釣れなければまた何を言われるかわからない。

子供みたいなじいさんなのだ。