東シナ海流15 サメとの出会い | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

いつも一人か二人で船を出して島の周りを調査していたが、とにかく誰も潜っていない未知の海だから用心が必要だった。黒潮本流の激流の中にいきなり突き出した溶岩の島には巨大魚が回ってくる。サメやカジキやマグロも多い。岸から100mも離れると水深80mを超えるところが多い。場所によっては潮流が非常に速く、とても泳ぎきれるものではなかった。しかしそんな場所は魚影が濃い。当然調査の対象になる。アンカーを打つとロープが潮の速さで振動する。タンクを背負うと潮流の圧力で吹流しみたいになってしまうこともある。苦肉の策は「タンクを背負わずに潜る」ことだった。水深30mはタンク無しではキツイ。アンカーロープにタンクをくくりつけて裸で潜り、タンクを下にスライドさせながら海底まで行くのだ。レギュレターはたまにくわえる。身動き取れないウェットスーツやウェイトベルトなども付けない。水中カメラとナイフだけ身につけて潜るのだ。吐き出した泡はほぼ真横に流れて行く。ロープを離したらあっと言う間に流されサメの餌食になるしかない。亜熱帯に近いが30mの深さは冷たい。普通ならスーツ無しで潜る野郎なんているはずもない。体の耐寒性と腕力、握力がないと無理な技で、自分の特性を活かした。水中でのスピードはおそらく誰にも負けない。子供の頃から誰よりも海に馴染み、冬も裸で潜れたし泳力でも県を制した。握力は80キロ、肺活量は6000あった。何かあればいつでもタンクを捨てて泡を吐きながら30mから浮上する覚悟も出来ていた。裸で潜るのはもう一つの理由がある。水の抵抗がなく素早く動けるのと、気泡を含むスーツと違って水圧に左右されないからだ。スーツは深く潜るほど気泡が圧縮されて浮力がなくなってしまう。海底では今度はウェイトが重過ぎるようになる。フル装備で潜れば抵抗がキツ過ぎて海底では自由に動けないのだ。当時は浮力調整できる便利なジャケットなどはなかった。残圧計も持たず、予備の空気を出すリザーブバルブに頼る事が多かった。水深と自分の空気の消費量から計算すればだいたいはわかるものだ。起伏のある海底の潮の緩いところにタンクを据えて、そこをベース基地にして比較的潮流のゆるい海底を動き回った。40キロ級のヒラアジやクエに出くわし。中層を巨大なイソマグロが回遊し、まるで水族館だ。息が苦しくなれば戻って空気を吸い、また20mくらいは水平移動する。息を止めている時間が長いからタンクのエアーは2倍から3倍は持つ。潜水病は関係がない。30mの海底では少々の水深の上下はあっても肺の容量はそれほど変わらないからだ。息を止めて10mの深さから5m浮上すれば2気圧が1,5気圧になり、肺は30%以上膨らむが、25mから20mに浮上しても、3,5気圧が3気圧になり肺の膨張は半分以下だ。本格的な潜水部にいたから普通はこんな危険な真似はしないのが常識だが、ここは常識が通用する海ではない。あきらめるかやるか、二つに一つしかないのだ。おそらくこんなことをやる人間は世界中探してもいないだろうと思う。海に潜るのが目的ではなく、潜水は手段に過ぎない。それがプロダイバーとしての哲学だった。

そんな強烈な場所には当然サメがいる。いるものとして備えて潜るのが兵法の心得で、出会わなければラッキーなのだ。スーツを着て、タンクなど背負っていては敏捷性に欠けて戦うことも逃げる事もままならない。身を切るような冷たさに耐えたほうが助かる確率が高くなる。この仕事は戦いなのだ。だから助かる為に知恵をしぼる。潜れば大なり小なりほぼサメの姿を見たが、いつも巨大な奴が来ない事を祈るしかない。そのうちに無視出来るサメと出来ないサメの区別がつくようになってくる。