試合はいつも別府市で開催された。温泉がふんだんに使えるからだ。エントリーは百m自由形だ、練習してないからそれ以上は泳げない。2百mとなればスタミナもいるからだ。短距離なら瞬発力で一気に泳げば良い。
問題は予選、決勝と二回も全力を出すのは疲れるし無理だ。
予選はいつも4組くらいあった。タイムにもよるが二位か三位以内でなければ決勝には進めない。
そこで、いかに手抜き泳法で決勝に残るか考えて名案が浮かんだ。
当時はゴーグルなどなくて裸眼では水の中は良く見えず、ぼやけたセンターラインを目安に真っ直ぐ泳いでいた。離れたコースのライバルは水の上から確認するしかないのだ。
名案とは壁ターンのことで、そんな時代遅れのターンをする人間は皆無で、1500mだってクイックターンだ。
しかし反則ではない。
準備運動もおざなり、試合前のウォーミングアップもロクにやらず試合に臨んだ。
とにかく面倒な事は疲れて嫌だった。不精だけは「筋金入り」なのだ。
予選ではただ一人だけ「壁ターン」、しかも丁寧に左右を確認した。
ターンしてからも呼吸は左右を時々使い分けて相手の位置を確認しながら最小限の力で泳いだ。
予選順位は2位だったが全体では6番目の記録で決勝に進んだ。
思っていたよりも速かったので、女子マネージャー二人は「うっそ~!信じられな~い!」と目を輝かせていた。
てっきり予選落ちと予想していたのだ、しかもビリのほうで・・
決勝に小細工はいらない、全速でぶっちぎるしかない。
当然ターンはクイックターンで伝家の宝刀だ。離れた位置から頭から突っ込む華麗なるスピードターンだ。
「バシャ!」っと派手な音がする。これで壁を蹴れるのかと言うくらい伸びきった足で軽く蹴るのだが、そこで差をつける。
水をかくピッチは全選手の中では一番遅いが、的確に水はとらえていた。
結果は二位だったが、最初はまあこんなものだろう。
ゼーゼー言いながら帰ると、女マネージャー二人はまた同じセリフを吐いた。芸のない奴らだ・・
会場の外へ出ようとしたら、「何処行くんですか?」と言う。
「一服・・」と言うと・・
「私・・人間不信になりそう、先輩、スポーツマンシップのかけらもないんですねえ・・」とうなだれた。
「そんなもんよりスポーツマンヒップのほうが役に立つ」と言って、お尻をクイクイ振りながらハイライトをジャージのポケットに入れて出かけた。
それから卒業まで一位になったり二位になったりしていたが、ある日先生から頼まれた。「頼むから壁ターンだけはやめてくれるか」と・・
ターンする時に顔を上げて左右確認するのが見え見えで恥ずかしいらしいのだ。
仕方なく、片方だけでも顔を上げられる年代モノの「山中式ターン」をやった。
自由形から背泳のターンに切り替えるやり方だ。
そんなけったいなターンやる奴もいないからこれも目立ち、また先生が、恥ずかしいからあれだけは・・・と言う。
こちらは何も恥ずかしくはなかったが全てを正常に戻した。
早い話、何かやらないとプールは退屈でつまらないのだ。
賞状は捨ててしまうしメダルも近所の子達にあげてしまう。
とうとう最後まで真面目に練習することはなかった。
狩漁民族にスポーツは似合わない、海が一番。
海は広いな美味しいな・・