東シナ海流9 ハッピーなヒッピー | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

島にはヒッピーが定住している。

都会からやって来て部落に居を構え、数軒が家族と共に自給生活を営んでいた。

他にも彼等を頼って関東から常に何人かのヒッピーが訪れ、長期滞在していた。

定住者は部落の一員として通船の荷揚げ作業にも従事しているが、外から来たヒッピーはそうでもない。

独特の哲学を持っているらしく、彼らの居住区からたまに妖しい音楽が流れてくることもあった。


定住者は愛想よく、呼称も変わっている。

奥さんは迫力あるが気の良さそうな「ゲタオ」、どうも下駄の尾からとったらしい。

ひげモジャラでソクラテスのような「ナンダ」。

丸木船のような船で漁に出る「ナガ」。

子供のしつけが素晴らしい「ロク」など本名は知らない。

彼らは以前の名前を捨てたのだ。


ロクの家の前を通ると、大きなガジュマルの木から吊したブランコに乗って幼い子供達が遊んでいる。

こちらを見かけるときちんと姿勢を正して「こんにちは」と深く頭を下げる。


ぶらぶらしているヒッピーはあまり愛想が良くなかった。

怪しげな哲学や思想に凝り固まり口だけは達者だった。

明らかにヤマハに対して敵意を持っているものもいる。

企業が素朴な島民の心を蝕むと新聞に投書したりしていた。

国民としての最低条件も満たされない極限の島に、最小限の利便性をもたらし、共に生きようとする企業の姿勢が何故気に入らないのかわからない。

自分達にとっては「聖地」かも知れないが、少なくとも部落の人達はヤマハを歓迎して、親切にしてくれている。

人が大勢来るようになることで、まずいことがあるのかも知れない。


流れて来たのか定住しているのかよくわからないヒッピーに「サンキスト」がいた。

まるでカリフォルニアオレンジみたいな名だが、聞けば、「アナキスト」にはなれないのでサンキストで上等だと皆が付けたらしい。

痩せてヒゲぼうぼうであまり清潔そうに見えない。

たまに水中銃を持って切石港から海に潜っている。

いつか巨大なイカを突いて来た。20㎏を超えるコウイカだ。技術はたいしたものだが、いつもは熱帯魚が多い。


定住しているヒッピーには感心する。

このまま行けばいつかは離村の憂き目にあうかも知れない島の貴重な労働力となっている。

今は無人島になっているが、隣のガジャ島も以前に離村、住民は泣く泣く島を離れた。

生活出来なければ若者は村を捨てる。

自給自足の暮らしを求めてこんな極限の島を選ぶのはよほどの精神力を持っていないと出来ることではない。しかも彼等は生き生きとして楽しそうだ。


以前に坂内さんと池ちゃんがヒッピーの家を訪ねた時、壺から塩辛みたいなものを取り出し、空き缶に入れて勧められたらしい。

その鼻も曲がるような臭いに閉口したが、食べないと失礼になるので鼻をつまんで食べたとの事。

またカチンカチンに干したウツボをカナヅチで割り、戻したものを食べたら、精が付きすぎて翌朝大変だったらしい。

ウツボに未練はあるが、鼻をつまむ食べ物のことが頭から離れず、訪問を躊躇した。


定期船が来ると、風向きによっては切石港のヤマハのクレーンと和船を使ってはしけ作業をする。

部落もヤマハも全員総出でゲタオが通船部長だ。

ゲタオ、ナンダの働きは素晴らしく、見ていて感心する。

ドラム缶や大きな物資など揺れる船上では常に危険がつきまとい、海に落ちることもある。

今では彼等が島の生活を支えている事を実感した。