東シナ海流7 用心棒稼業 | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

いよいよジイさんが、いや、社長が島にやって来る。

午後、浜松の飛行場から専用ジェット機で直接飛んで来た。

MU2という、フランク・シナトラと同じ機種だ。

毎月3日から4日間滞在し、朝は早朝5時から夕刻まで釣り、夜はクラブハウスで必ずスタッフと食事する。


その夜、食事しながら指示を受けた。

社長の話は面接の時の締まりのないジイさんと違って迫力があった。

浜松の田舎企業を世界のヤマハにした男だ。

川上源一は川上天皇とも呼ばれ、数万人の社員のヤマハグループの頂点にいる。


最初の指示は、島中しらみつぶしに潜って、海底の状況や魚の分布を徹底調査して釣りのポイントを探す事だった。

磯釣りも船釣りも、釣り場を潜って探すという端的な発想だ。


もう一つは、島にはヒッピーが大勢いる。

「島と共に生きているヒッピーと、良からぬヒッピーを判別し、良からぬ奴らを島から叩き出せ」という指示だった。


そのことは色々と皆から聞いていた。

たまに嫌がらせをされ、不穏な空気が流れるらしい。

ジイさんは以前、定住しているゲタオや、リーダーのナンダ、ロク等と一緒にクラブハウスで食事し、彼らの生き方に感銘していた。

自然と共に生きる哲学は共通しているものがあり、好意を持っているのを感じ取れた。

しかしその他の輩は許せないみたいだ。


何もせずぶらぶらし、やることと言えば、嫌がらせや投書。

マリファナを栽培しているのではないかという噂も耳に入って来た。

ジイさんが怒るのもわかるような気がした。


「自分一人で・・ですか?」と聞くと


「そうだ、他はアテにならん」と言う。


「手に余れば銃を使っても構わん」と、とんでもないことを言ってきた。

西部劇のワイアットアープじゃあるまいし、どこまで本気かさっぱりわからない。

確かに治外法権同然の島だし、自分の身は自分で守れということか・・。


次に「荒井に言って銃を買ってもらえ」と言ってきた。

荒井とは鹿児島市にいる南西事業所の総責任者のことだ。

目がテンになり、後で皆に聞くと、皆は「あまり間に受けちゃいかんよ」と言い、坂内さんだけが「いや社長がああ言う時は本気だ、銃を買ってくれと荒井さんに言え」と言う。

冗談じゃない、そんなことが言える訳ない。

「俺は徒手空拳がモットーだ、銃なんていらない」と言うと、「そんなこと言ってもなあ、相手は怪しげな奴らがうようよいるぞ、多勢に無勢、いやお前一人・・」と脅かす。


何となく赴任した時、皆の期待に満ちたような歓迎ぶりは察していたが、やっとわかった。

農園の池ちゃんが柔道部出身というのも理解出来たが、彼は自分でも自慢しているように、高貴な生まれの「おぼっちゃま」で、イザというときの戦闘員としてはまるで役に立ちそうもない。

こちらは身長174㎝、体重68㎏の体付きだが、握力80㎏、跳躍力はあり、肺活量も人並み外れていた。

プロ野球の体力測定に参加しても、3つくらいはトップを取れそうだ。

水泳は県大会優勝、空手の他、棒術、ヌンチャクなどの古武術も得意だ。

腹筋に至ってはバットで殴られてもどうってことはない。

蹴りは一撃で相手を倒す破壊力を持っていた。

手刀でブロックも割る、だが喧嘩は自分から仕掛けたことは一度もない。

ただ、正当防衛は多かったし検挙もされた。

清水港では船員や労務者によくケンカを売られたが、ナイフを向けられてもどうってこともなかった。

修羅場は何度もくぐっている。とにかく銃なんていらない。


本社の重役から連絡があり、「君の任務は、島も大切だが、川上社長の身を守ることだ、滞在中はしっかりとガードしてくれ」と指示があった。


ボディーガードと言えば聞こえはいいが、社長だけでなく施設も含めてスタッフも守らなければならない。

怪しげなヒッピーにマリファナ、銃といい、まるで「荒野の用心棒」だ。

いったいこの会社は何だ、島の調査だけでも命がけなのに、「俺はプロダイバーだ」と叫びたかった。