半身で泳ぐ刺身・・ | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

漁師料理といえば、船上や港で漁師達が豪快に刺身にしたり、新鮮な魚介を焼いて食べるシーンを思い浮かべる。手法は大雑把でも食欲をそそられるものだ。活魚料理にしても、ヒクヒク動く頭を見て女性は、「いや!可愛そう~!」と目をそらしても、食べてからは「何て美味しいの!魚は鮮度よね~!」とニコニコしてますます口が滑らかになる。長い人間暮らしの中でもいまだに不可解な部分でもある。

長い船長暮らしの中でも度肝を抜かれるような食体験があった。

20代半ば、東シナ海で離島遠征瀬渡し船の船長だった頃、クルーに屋久島の漁師がいた。片道8時間、三日がかりの遠征が多く、待機中によく船釣りをした。ある日、大変美味な「ホタ」という魚が釣れた。学名アオダイと言う脂の乗った深場の白身魚だ。釣り針から落ちたホタは前のデッキのほうへ跳ねて行ってしまったが、仕掛けがもつれたので整理して魚を取りに行くと、そこで彼が釣りを中断して何か食べている。「あれ・・ホタは?」と聞くと、「そこ・・」とイケスを指差す。見ると元気よく泳いではいるのだが何か変だ。思わず「アゲー!」と声が出た。半身がない!!それでも健気にホタは泳いでいた。彼が食べていたのはホタの刺身で、わずか1分ちょっとの間に身だけ削いで醤油で食べていた。「船長も食べる?旨くてたまらんよ」とニコニコ顔だ。

足元に転がってきたので発作的に手が出てさばいたそうだ。あまりの早業に感心してご相伴に預かったが、その旨さに舌鼓。イケスを見ると半身のホタと目が合った。多少後ろめたさを感じながら食したが、その間ホタはくねくねと不自由に泳いでいた。あれほど旨い刺身は稀だが、悲惨な「ホタ」のことを思うと後味は悪かった。