拝殿と本殿で新年の御挨拶と神恩感謝を心中で唱えさせてもらいましたあと、社務所で、主祭神は高?神と善女龍王とどちらか知りたかったので聞きますと、神社のパンフレットを見ながら「え~と、善女龍王ですね」との返答。内心(え?知らないの?元旦だけどバイトの人なのか‥)と思ってしまいました。スイマセン。

次に、十五分ほど歩いた林道の中にある奥宮へと歩いていきました。次の写真が入り口ですが、左に竜穴と看板があるように龍が住むといういわれのある龍穴が御神体になっているのかな?風水でいうところの龍穴とは違う意味なのか、あるいはその意味も兼ねて龍穴と呼んでいるのかはわかりません。
masaÇÃÉuÉçÉO-20120101144810.jpg
やや急な下り階段を下りていきますと
masaÇÃÉuÉçÉO-20120101144604.jpg
遥拝所が見えてきます。
masaÇÃÉuÉçÉO-20110605114233.jpg
masaÇÃÉuÉçÉO-20120101144201.jpg
この遥拝所から龍穴が見えます。
masaÇÃÉuÉçÉO-20110605112551.jpg
右手には瀧が見えますが、龍神信仰といえば今では起業家で信仰している人が多いといいますけども、もともとは水を治める神であり、この地の龍穴のすぐ前を瀧からの水流が走っているのはむべなるかな、ですね。しかしこの日の瀧は水流が乏しく
masaÇÃÉuÉçÉO-20120101144130.jpg
次の写真は去年の六月に訪れたときのものですが、
masaÇÃÉuÉçÉO-20110605112659.jpg
冬の時期はいつも水流が少ないんでしょうか?ちょっと寂しいですね。

次は信貴山・朝護孫子寺へと向かいます。
今年の初詣、
新暦の元旦は
まずは地元の氏神神社にお参り。

masaÇÃÉuÉçÉO-20120101102422.jpg

次に高速を使い二時間かけて、辰年ということで奈良の室生龍穴神社へ。自宅から2012年の太歳方位である辰の方位にあるのですが、まだ旧暦では卯年なのでセーフです。方角はこちらのサイトで調べました。
http://h200.com/houi/

masaÇÃÉuÉçÉO-20120101142112.jpg


元旦の正午過ぎについたのにあまり参拝者は見かけません。ざっと見て20人くらいかな。かなり山道を走ったところにあるからでしょうか。寅年に寅年の歳神様である毘沙門天様をまつった信貴山へ参詣したときは大人数だったんですけどね。知名度の差か‥

masaÇÃÉuÉçÉO-20120101141632.jpg

去年の六月に初めて来たときとは違って拝殿前には門松が飾られていました。

masaÇÃÉuÉçÉO-20120101141607.jpg


御祭神は高?神 (タカオガミノカミ)。拝殿には善女龍王とかかげられています。
今年も京都えびす神社へ。九日夜に行ったので宵えびすになるのかな。
masaÇÃÉuÉçÉO-20120109234303.jpg
賽銭箱のそばには巨大マグロが供えられていました。
masaÇÃÉuÉçÉO-20120109235140.jpg
今年は奮発して福笹を買い、縁起物もつけてもらいました。宝船やお札、熊手など五点を頼みましたが、一つあたり1200円もするんですね。福笹の3000円と合わせて9000円…アウ(>_<)。
えびす様のいらっしゃる神社ってこの時期相当もうけるんだろうなぁ。初詣の賽銭とも合わせるとかなりの額。さすが商売の神様といったところか。
もう二週間以上前になりますが、岡山県の那岐山にある菩提寺というお寺へいってきました。
masaÇÃÉuÉçÉO
法然上人が少年時代を過ごした地です。
masaÇÃÉuÉçÉO
参道をあがっていきます。
masaÇÃÉuÉçÉO
見えてきたのは
masaÇÃÉuÉçÉO
masaÇÃÉuÉçÉO
大きな樹齢900年の銀杏です。上のほうが少し黄色づいていました。ここは初夏に来て以来二度目なのですけど、その時より参拝者が明らかに多く、色づきはじめた銀杏目当ての人たちなのでしょう。僕はというと、しばらく遠出していなかったのでまたやってきたという次第です。
masaÇÃÉuÉçÉO
樹齢900年の木はまことに大きく、
masaÇÃÉuÉçÉO
那岐山中腹のこの地から見える遠景もなかなかのものです。
こういう良質の気にあふれる地で、法然さんは学業をして、その心を育てていったんだなあ、と感慨にふけっておりました。父親を殺された傷心の心も雄大な自然に癒されていったのかもしれません。
威風堂々とした樹々とは対照的に本堂のほうは
masaÇÃÉuÉçÉO
masaÇÃÉuÉçÉO
破損が激しく、見ての通り修復工事をしている最中です。檀家がないらしく修復の資金が足りないようで募金を募っておりました。
masaÇÃÉuÉçÉO

僕も少しばかり入れてきました。パワスポ的にも眺望的にもいい場所なので、修復がきちんとなされてお寺が存続していってほしいですね。次に訪ねたときには立派な本堂を見てみたいです。

と、折角ここまで来たので次は鳥取に足を伸ばします。以前、米子にいったあと、街道シリーズの因幡伯耆のみちを読んでおりますと、大伴家持がいたという旧因幡国の国府跡があるというので、那岐山の黒坂峠のトンネルを通って鳥取市まで行きました。黒坂峠は平安京ができる以前の旧宮道だったらしく、古代の人はトンネルもなく峠道を何日もかけて超えていったんでしょう。。
が、着いたときはもうあたりは暗く、仕方なく少し歩いて写真を撮っただけで退散することになりました。
masaÇÃÉuÉçÉO



追記
その後、2013年3月にやってくると本堂が完成していました。

Lir's blog
Lir's blog

この時期の銀杏は以下のよう。
Lir's blog

まだ参道の整備などに資金が必要で続いて資金を募っているようです。
masaÇÃÉuÉçÉO-20111008115717.jpg
ペットボトルに水を汲んで瞑目し、しばしたたずみます。心中で、過去のイヤなことが流れ去り、澄んだ綺麗な流水が自分に流れ込むイメージをしましたがホント癒される感じです。以前、奈良の室生龍穴神社の流水に心を委ねてみたときよりも癒されました。本では、室生龍穴神社のデトックス度は星4つで、天の真名井のそれは星5つとありますが、その通りだと思います。


淀江駅への帰り道は、上淀廃寺跡という、けっこー最近発掘されたらしい白鳳時代の遺跡へ寄りました。国内最古の寺院壁画が出土したと。あの時代、奈良や大阪だけじゃなくてこんなとこにも渡来人の勢力が入ってきたんですね。

で、淀江駅へ着き、時刻表を見ますと午後二時台は電車がきません。あせる しまった…まさか一時間に一度くらいはあるだろうと思っていましたが甘かった。一時間半弱も待つわけにもいかず、タクシーを呼び米子城址へと走らせてもらいます。3600円かかりましたが、JRなら電車賃230円で米子駅に着きそこから徒歩で行ける距離なのですが…ケチな話ですいません。

米子城址の登山口に着きます。
masaÇÃÉuÉçÉO-20111008150013.jpg
すぐ隣は鳥取大学の医学部なのですが市内マップを見てると他の学部が見当たらないのでタクシーの運ちゃんに聞くと、他の学部は鳥取市にあるのになぜか医学部だけは米子にある、歴史的な経緯かなにかあるんでしょうなぁ、とのことです。医学生もよくこの城址に登ってるんでしょうか。
masaÇÃÉuÉçÉO-20111008151958.jpg
結構立派な石垣が残っています。
頂上まで登りますと
masaÇÃÉuÉçÉO-20111008152651.jpg
日本海側や
masaÇÃÉuÉçÉO-20111008153147.jpg
米子市街がよく見えました。
その場で30分ほど秋の心地よい風に身を任せたあと下山し、市内を見物しながら米子駅へ戻り、土産を買って17:30発の大阪行きバスに乗り込んで帰阪しました。


帰ってきて思ったのは、高速バスで行くとやはり自分で運転していくより楽だし、一泊すると現地での行動にも余裕がもてるということ。ガソリン代と高速代を考えたら、バス代と安宿代あわせたのとそんなに変わらないと思います。目的のパワスポが長距離バスの停車地から近いとこであれば、またバスで泊まりがけで行くのもいいなと思いました。