16日、京都の祇園祭宵山へ行ってきました。
本当のクライマックスの神輿が町中を練り歩く17日のうちに記事書きたかったんだけど、ショックなことがあったので延びました。山から谷へ一気に落とされました。
記事をアップして続きを書くのがよく遅くなったりするんだけど、それは落ち込んで書く気にならないことが多いからです(苦笑)。あ、単に気分が乗らなかったり疲れてたりも多いんですけど。

さて、祇園祭は昼間に行われる山鉾巡行はともかく、夜の部は仕事がひけてからでも行ける距離に住んでいるので何年か前から毎年都合のいい日に行ってます。3年くらい前は山鉾巡行の日が日曜だったので、その年は昼間に行ってメインの山鉾巡行と神輿担ぎをみてきました。

で、今年の目的は屏風祭です。これは、地域の民家の方が、この時期家宝としている屏風や道具を一般に開放しているというもの。やはり歴史ある京都の民家の方が所蔵しているものには国宝的価値のものも多いのでしょうか。

まず、烏丸通から六角通へ入り浄妙山。

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近くには山鉾巡行の日に鉾にかけられる装飾品の展示場所があり、間近で見られます。
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室町通に入り黒主山。「謡曲『志賀』に因み、大伴黒主が桜花を仰ぎ眺める姿が表されている。」だそうです。

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展示場所の大伴黒主。↓
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北上して役行者山。

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展示場所の役行者、葛城神、一言主神。
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新町通を南に下ったところで屏風を公開している町家を見つけました。
やっと見つけました。
ここ、配られているパンフレットには載ってないとこなんですけど、そういうとこ結構あるそうです。
浄妙山の展示場所でパンフレットの地図上では近くにあるはずの屏風公開町家がないので聞いてみたら、個人でやっているので年によってやってなかったり空いてる時間もまちまちだったり、有名町家でない町家で屏風公開しているとこもちらほらあるということです。

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順番がきて鑑真和上の前で焼香をあげてから、正座で瞑目し
(鑑真和上様、はじめまして。あなた様が艱難辛苦にめげず来日なさった意思力にあやかりとうございます)
みたいなことを心中で述べました。
人生の中で自分も長年来、何度もめげそうになって・・じゃなくて実際にめげて、まだ達成していないことがあるので。

その時、心中で鑑真和上が両口角をあげて微笑んでくれたように思いました。
嬉しく思いました。


 
こういうのは、どうなのでしょう?
この時、自分の心は静かに落ち着いていたので、もし脳波がアルファやシータ波のレベルになっていたならば、もしかして鑑真和上が本当に微笑んでくれたのかもしれない、とも妄想してみたりするのです。あるいは、鑑真和上のイメージを借りて自分の無意識が未来予知的な形でOKサインを出してくれたのかもしれません。

かなり前にですが、SMCという潜在能力開発法を受講したことがあって、その中で全く知らない他人の体の状態を脳波をアルファ波に整えたうえで当ててみる、というケースワークをしたことがあります。
その中の一人の女性の名前と年齢(のみ)が告げられた時、自分の脳内イメージには何の脈絡もないのに小森のおばちゃまのイメージが浮かびました。
果たして結果は、まずその人の容姿から述べられるのですが、小森のおばちゃまと同じような身体的特徴が述べられたのです。

ですから、このたびの脳内での鑑真和上の微笑みも単なる自分が作り上げたものではないかも、と、ちょっとした喜びを感じました。
まあ、実際はそうではないのでしょうけど。
心の中での自己満足の世界です。



そうこうして、次には苔むす林の中を鑑真和上御廟へ。

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ここでも挨拶と感謝を。
綺麗に整えられたとこでした。
6月9日に唐招提寺において、御影堂での鑑真和上坐像(国宝)特別開扉
と、鑑真和上 平成お身代わり像を見に行ってきました。毎年この時期しか公開してないらしいので。

相変わらず粗悪な画質ですが、
南大門から入ったとこに見える金堂。
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別角度から
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中は、盧遮那仏とか四天王とかいかにも天平文化っぽい仏像が。

次に時計回りに境内を歩いて戒壇へ。

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もともと鑑真和上は僧への授戒を行うためにやってきたのですから、ここでも実際に授戒の儀が行われていたのでしょうか。

さて、御影堂へ。

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日曜日で、和上坐像と身代わり坐像のどちらをも見れる日だから混んでるかと覚悟してましたが、思ったほどではありませんでした。

鑑真和上と初めての対面。
写真はパンフレットから。
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先週、岩船寺に行ってきました。京都府の奈良県境近くにある寺です。

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ここは、去年辰年の龍神巡りの一環として来ていて、今回二度目です。(以下の写真、去年12月のと今月6月のが混在しています)
なぜ龍神巡りの一環になるのか?
ここには辰年・巳年生まれの守り本尊である普賢菩薩の騎象像が祀っているからです。あ、龍神・・とはちと違うか?
普賢菩薩騎象像は、撮影禁止なのでパンフレットから。
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普賢菩薩騎象像は本堂↓に祀られていますが、
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本尊は阿弥陀如来座像です。結構大きいです。3メートルあるとのこと。住職の話しによれば、大きい仏像が造られるのは、それだけ大きい戦乱があったときのことだそうで、この阿弥陀如来像の造られたときもそれなりの戦乱のあった時期だそうです。
(阿弥陀如来座像のパンフレットからの写真はなし。めんどくさい。)

本堂の外からは三重塔が見えます。もう少しあとに来たら紫陽花がさぞかし綺麗なんでしょうけど。
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↓三重塔の垂木を支える天邪鬼(画質悪くてすいません)
土産用に厄除けの天邪鬼キーホルダーとか売られていました。
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その後、木津川沿いを運転しながら帰宅。

おわり。
胡座をかいてあるいは半跏趺坐で5分だけでも座って呼吸を整えてから本を読むと、よりよく頭に入ってくるように思う。意識の中心が腹に置かれて、頭への意識が空いている分、自分に馴染みのない情報が抵抗少なく入ってくるように思う。

自分はもともと勉強など集中してするときは、以前はあまりそういうこと意識してなかったがいま振り返ると、意識の置き場所が頭や頭部より上空に置かれていて、そこから力技的に本を読んだりしていた。それは一夜漬けなど短期的なものには強いけども、新たな情報は入ってきにくかったかな・・

どちらのやり方が長期的に見てよいか、前者のやり方が長い目ではいいのでは、と思っていたが、高校で成績が甲乙つけがたくトップだった二人は、一人は前者の丹田集中型、もう一人は後者の頭部集中型で、頭部集中型でも突き詰めるとトップになれるんだな、と、いま高校のときの二人の意識タイプを比較しながら意外に思っている。