先週、岩船寺に行ってきました。京都府の奈良県境近くにある寺です。

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ここは、去年辰年の龍神巡りの一環として来ていて、今回二度目です。(以下の写真、去年12月のと今月6月のが混在しています)
なぜ龍神巡りの一環になるのか?
ここには辰年・巳年生まれの守り本尊である普賢菩薩の騎象像が祀っているからです。あ、龍神・・とはちと違うか?
普賢菩薩騎象像は、撮影禁止なのでパンフレットから。
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普賢菩薩騎象像は本堂↓に祀られていますが、
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本尊は阿弥陀如来座像です。結構大きいです。3メートルあるとのこと。住職の話しによれば、大きい仏像が造られるのは、それだけ大きい戦乱があったときのことだそうで、この阿弥陀如来像の造られたときもそれなりの戦乱のあった時期だそうです。
(阿弥陀如来座像のパンフレットからの写真はなし。めんどくさい。)

本堂の外からは三重塔が見えます。もう少しあとに来たら紫陽花がさぞかし綺麗なんでしょうけど。
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↓三重塔の垂木を支える天邪鬼(画質悪くてすいません)
土産用に厄除けの天邪鬼キーホルダーとか売られていました。
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その後、木津川沿いを運転しながら帰宅。

おわり。
胡座をかいてあるいは半跏趺坐で5分だけでも座って呼吸を整えてから本を読むと、よりよく頭に入ってくるように思う。意識の中心が腹に置かれて、頭への意識が空いている分、自分に馴染みのない情報が抵抗少なく入ってくるように思う。

自分はもともと勉強など集中してするときは、以前はあまりそういうこと意識してなかったがいま振り返ると、意識の置き場所が頭や頭部より上空に置かれていて、そこから力技的に本を読んだりしていた。それは一夜漬けなど短期的なものには強いけども、新たな情報は入ってきにくかったかな・・

どちらのやり方が長期的に見てよいか、前者のやり方が長い目ではいいのでは、と思っていたが、高校で成績が甲乙つけがたくトップだった二人は、一人は前者の丹田集中型、もう一人は後者の頭部集中型で、頭部集中型でも突き詰めるとトップになれるんだな、と、いま高校のときの二人の意識タイプを比較しながら意外に思っている。
先週、久しぶりに映画を見に行ってきました。
場所は十三ジュウソウ。映画は中上健次原作「千年の愉楽」。

中上健次は以前、少し読んでたときがあって、興味があったので行ってきました。
ですので、作風は知っていたので映画を見ても違和感はなかった。どんな作風か知らずに見てたらギョッとしたかも。

心の迷路から出られなかったときに大槻ケンヂが
「悩んでるときに本100冊読めばいいと言いますよね」
とかのたまっていたので、それじゃ、本を、それもこれまで馴染みがなかった本を読んでみようと思って、ちょうどそのころ売り出し中の宇多田ヒカルが雑誌で中上健次の「異族」をお勧めしていたのでそこから読んでみたが・・・
く、暗い•••
ついでにと思って次は芥川受賞作の「岬」。。。もっと暗かったです。あ、でもこれなら芥川賞受賞するわ、って思いました。
岬 (文春文庫 な 4-1)/中上 健次

¥540
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めげずに紀州三部作(「岬」「枯木灘」「地の果て 至上の時」)の残りの二つを読み進めましたが、最後の「地の果て 至上の時」の途中で読むのを放棄しました。気持ち悪くなってきて自分の精神がちょっと音をあげはじめていたので。
とまあ、そういう思い出のある中上健次ですが、映画ではやはりイケメン俳優や美人女優を使っているせいか、さほどドロドロ感はなかったですね。三人しかいない客席で楽しませていただきました。

ちなみに、本は100冊以上読んでも心の迷路から脱出する助けにはなりませんでした。
のちに出会う霊能力者に原因を見つけてもらうまでは•••
2月上旬に、東京のほうへ行ってきました。

朝の新幹線で上京。お約束の富士山。
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東京駅着。関東の人、わざわざ東京駅の写真撮ったりしないだろうけど撮ります。じっくりと駅舎を見るのは初めてなので。おのぼりさんみたいです。(実際そうかも)

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いつも思うんですけど、関西にいるより東京にいるほうが気持ちがいい。
地名との相性を見てみたら、大阪や京都とは良くても東京は悪いのだが。
東京へ来るたび、大阪とは違うメガロポリスぶりに圧倒されるのでプラシーボ的にそう思うのかもしれない。
名古屋の人がブログで、2011年にできた大阪ステーションシティに初めて来たとき東京みたいだと思ったと言っていたけど、ほんと大阪が国内第二の都市といってもそんなもんです。
また、ブラジルのサンパウロは南米随一の大都市らしいですけど、それに匹敵する都市は日本では東京だけみたいです。



さて、東京のある人のところへカウンセリングに行ったのですが、ついでに聞いてみました。
「守護霊が室町以前の人ということですけど、司馬遼太郎は室町時代以前の日本を見ているとまるで外国を見ているようだ、って言ってるんですけど、やっぱりそんな感じなんですか?だから守護霊の外見を見て室町以前の人、という言い方をしたのかなと思って。室町以前は渡来人が多かったとか」
「う~ん、確かにそうなんだけど、渡来人が多いとかいうより、なんと言ったらいいのか、服とかは和服なんだけど、仕草とか身のこなしとかが全然違うんですよ」
という答えが。
現代の日本人が日本古来のものと思っているものは大抵が室町以後に出来上がったものらしいです、司馬遼太郎によると。茶道も禅宗とともに全国に広まったらしいですから、それにともなうしきたり・作法もそれ以降の話しなのでしょう。

身体意識の研究者の高岡英夫さんは、江戸時代の人でも現代人とは比べ物にならない高度な身体意識を有していたというのだから、室町時代以前となるともはや同じ人類とは思えないレベルだったのかも知れません。

用事を済ませたほかは、東京を見物してまわりました。
先日、七福神巡りの一環で清荒神へ行ってきました。
荒神様と眷属神の布袋尊にお参り。


しかし‥毎回来るたび思うのだが、布袋尊が祀られている眷属堂にはいつも関係者の人が座っていてじっくりと布袋尊様に挨拶することができない。眷属だから仕方ないのかもしれないが。それよか渡り橋の欄干そばにある二対の布袋尊像のほうが大きいし、その前に陣取っている人もいないし、ちゃんと挨拶できていい。

それにしても、インド由来のシバ神(という説がある)=荒神様の眷属が中国由来の布袋尊とは・・日本に来たら色んな文化が融合してしまうんだな

帰りに、以前より食してみたいと思っていたこぼれ梅を求めました。
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みりんの搾りかすで、アルコールが含まれています。

店主曰く
「あんたの家の神棚に供えて、あんたの家はどこ?大阪?なら、六甲山の方角より少し北寄りを向いて(つまり清荒神の方角)、挨拶をしなさい。(正確にこう言ったかどうかは覚えていないが似たようなことを言っていたと思う)そしたら来年の節分までの運気が向上するから(やはり旧暦を大事にしているようです)」
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お供え物として作ってるのが本義だからと思っているのからか、↓写真のように幕を下ろしているのは、あまり商売気は薄いのかもしれません。

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味のほうは・・うーん、自分の好みではないかな。ま、荒神様にもお供えしている物だということでいくばくか食しました。ここにおわします布袋尊様も食しておられるだろうかなと思いながら。。。