八幡山から新町通を南下して北観音山に至るまでにもいくつか屏風絵に出くわしました。

下にあるように「光琳百花図屏風」。
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源平合戦「鵯越(ひよどりごえ)の坂落とし」
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こんな断崖をよく駆け下りたものだと・・
さる能力者から聞いた話ではジンギスカンはやはり義経だそうで、これだけの馬術を持っていれば大陸の騎馬民族の中でも伍してやっていけたことでしょう。加えて、鞍馬天狗に習ったという兵法を持ってすれば、それまで騎馬戦闘能力に頼っていた民族を、兵法をも交えた集団に変質させたのだから、周辺諸国もそりゃやられるわけです。

続けて源平合戦「屋島の戦い」
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那須与一も見えます。

また余談ですが・・平氏が滅ぼされた理由は「「平氏にあらずんば人にあらず」」と藤原氏をないがしろにしたというのもあるようです。(というかそれが本当の原因?)
それを知っていたため、北条家は鎌倉幕府三代将軍実朝死後、藤原家や皇族から将軍を迎えたのだと。皇族も藤原家の血筋だと思われますので。公家と言えば藤原氏、藤原氏以外では橘氏だけが細々と命脈を保っていたにすぎなかったと、かの司馬遼太郎氏も書いておられました。
現在も日本の世は藤原氏が握っていると。薩長閥よりも。




と観つつ行くうちに北観音山へ。
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初めて出くわした屏風↑のある民家のすぐ南には八幡山。
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↓八幡山の装飾品展示場所。
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そして八幡山のすぐ西にある「紫織庵」に入りました。有料ですがせっかくなので、と思ってましたがここはこの時期だけでなく通年公開しているみたいですね。
下の写真の真ん中少し左寄りに『紫織庵』の看板があります。その下から入っていきます。
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内部写真は屏風絵など撮影禁止でほとんど撮ってないので写真はなし。
玄関入ってすぐの洋間やその奥の茶室は年季の入った趣を感じさせるものでした。

一階客間は最も格式の高い部屋で数点の屏風絵が展示されています。
そこにいるボランティアの中年女性の話ももう忘れてしまったけど、「屏風絵にしてもなんにしても残っている最古のものは応仁の乱以降のもの」と言ってたのだけは覚えているなあ。
関東へ行ったときの記事でも書きましたけど、室町以前の日本は全然違う様相だったらしいので、ホント憎っくき応仁の乱!、て感じですね。室町以前の日本の手がかりを焼き尽くしてしまった・・・

奥の部屋では長襦袢などの展示とともに販売もしていました。高価です。こういう服装ももはや室町以前のものとはかけ離れているのだろうか・・
16日、京都の祇園祭宵山へ行ってきました。
本当のクライマックスの神輿が町中を練り歩く17日のうちに記事書きたかったんだけど、ショックなことがあったので延びました。山から谷へ一気に落とされました。
記事をアップして続きを書くのがよく遅くなったりするんだけど、それは落ち込んで書く気にならないことが多いからです(苦笑)。あ、単に気分が乗らなかったり疲れてたりも多いんですけど。

さて、祇園祭は昼間に行われる山鉾巡行はともかく、夜の部は仕事がひけてからでも行ける距離に住んでいるので何年か前から毎年都合のいい日に行ってます。3年くらい前は山鉾巡行の日が日曜だったので、その年は昼間に行ってメインの山鉾巡行と神輿担ぎをみてきました。

で、今年の目的は屏風祭です。これは、地域の民家の方が、この時期家宝としている屏風や道具を一般に開放しているというもの。やはり歴史ある京都の民家の方が所蔵しているものには国宝的価値のものも多いのでしょうか。

まず、烏丸通から六角通へ入り浄妙山。

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近くには山鉾巡行の日に鉾にかけられる装飾品の展示場所があり、間近で見られます。
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室町通に入り黒主山。「謡曲『志賀』に因み、大伴黒主が桜花を仰ぎ眺める姿が表されている。」だそうです。

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展示場所の大伴黒主。↓
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北上して役行者山。

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展示場所の役行者、葛城神、一言主神。
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新町通を南に下ったところで屏風を公開している町家を見つけました。
やっと見つけました。
ここ、配られているパンフレットには載ってないとこなんですけど、そういうとこ結構あるそうです。
浄妙山の展示場所でパンフレットの地図上では近くにあるはずの屏風公開町家がないので聞いてみたら、個人でやっているので年によってやってなかったり空いてる時間もまちまちだったり、有名町家でない町家で屏風公開しているとこもちらほらあるということです。

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順番がきて鑑真和上の前で焼香をあげてから、正座で瞑目し
(鑑真和上様、はじめまして。あなた様が艱難辛苦にめげず来日なさった意思力にあやかりとうございます)
みたいなことを心中で述べました。
人生の中で自分も長年来、何度もめげそうになって・・じゃなくて実際にめげて、まだ達成していないことがあるので。

その時、心中で鑑真和上が両口角をあげて微笑んでくれたように思いました。
嬉しく思いました。


 
こういうのは、どうなのでしょう?
この時、自分の心は静かに落ち着いていたので、もし脳波がアルファやシータ波のレベルになっていたならば、もしかして鑑真和上が本当に微笑んでくれたのかもしれない、とも妄想してみたりするのです。あるいは、鑑真和上のイメージを借りて自分の無意識が未来予知的な形でOKサインを出してくれたのかもしれません。

かなり前にですが、SMCという潜在能力開発法を受講したことがあって、その中で全く知らない他人の体の状態を脳波をアルファ波に整えたうえで当ててみる、というケースワークをしたことがあります。
その中の一人の女性の名前と年齢(のみ)が告げられた時、自分の脳内イメージには何の脈絡もないのに小森のおばちゃまのイメージが浮かびました。
果たして結果は、まずその人の容姿から述べられるのですが、小森のおばちゃまと同じような身体的特徴が述べられたのです。

ですから、このたびの脳内での鑑真和上の微笑みも単なる自分が作り上げたものではないかも、と、ちょっとした喜びを感じました。
まあ、実際はそうではないのでしょうけど。
心の中での自己満足の世界です。



そうこうして、次には苔むす林の中を鑑真和上御廟へ。

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ここでも挨拶と感謝を。
綺麗に整えられたとこでした。
6月9日に唐招提寺において、御影堂での鑑真和上坐像(国宝)特別開扉
と、鑑真和上 平成お身代わり像を見に行ってきました。毎年この時期しか公開してないらしいので。

相変わらず粗悪な画質ですが、
南大門から入ったとこに見える金堂。
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別角度から
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中は、盧遮那仏とか四天王とかいかにも天平文化っぽい仏像が。

次に時計回りに境内を歩いて戒壇へ。

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もともと鑑真和上は僧への授戒を行うためにやってきたのですから、ここでも実際に授戒の儀が行われていたのでしょうか。

さて、御影堂へ。

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日曜日で、和上坐像と身代わり坐像のどちらをも見れる日だから混んでるかと覚悟してましたが、思ったほどではありませんでした。

鑑真和上と初めての対面。
写真はパンフレットから。
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