あるじさまを探して・蔵王町歴史対談編 6 | エメラルド

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好きなことや日々の雑感を書き綴ってます

真田検定のお勉強も兼ねつつ、歴史対談レポ。

6月9日の思い出の続き。


前回までのあらすじ。

幸隆公亡き後、長男と次男は長篠で討ち死に。

ついに、あの男の時代がやってくる!



いや、このままではほんとに延々と書いちゃいそうなので。

(昌幸パパんの話だけで三日ぐらいかかるかも)

御子孫のお話しで興味深かったとこだけ抜粋します。

例によって、こんな感じのこと言ってたかもしれない程度にお読みください。


昌幸公の話に絡めて、武田勝頼公の話。

勝頼さんは好きでも嫌いでもない。

でも、共感はできる。

周りのじーさんどもに反発してやりたいようにやっちゃった。

勝頼に関しては批判が多いけれど、信玄の時代よりも領土を広げている。

それも背伸びしたと批判されがちだけど・・・


勝頼は、そもそも武田家を継ぐはずではなかった。  

(勝頼は、ほんとは諏訪家を継ぐはずだったのよね)

ちょっと昌幸と重なるのではないか。

(昌幸パパんも、お兄さん2人が戦死して急遽真田を継ぐことになったんだもんね)


昌幸が、ほんとに勝頼を守ろうとしたかは微妙なところ。

北条氏と打ち合わせしてたりするし。

でも岩櫃城に呼ぼうとしてたのは本気。

殺そうとは思っていない。

駒として使おうと思ってたかもしれないけど。

(↑さすがパパん。何気に黒いよ・・・)


(私の余談になるけど、小山田信茂さんに興味があるので、この辺の武田家滅亡の話とかすごく興味深かったわぁ)


武田家は滅亡したけど、昌幸は真田郷を守りたい。

心が狭い、視野が狭い。

幸隆から受け継いだ土地を守りたい一心。

ここしか見えない。

絶対ここにいたいんだもん。

だからあっちこっちについたけど、そこだけとらえて表裏比興とか言われたくない。


息子(幸村さま)を上杉に人質に出した。

「息子どもは要らない。沼田があれば息子はどうでもいい」

さくらさんは、土地を守るって大変なこととフォローしていたが。

御子孫曰く、「了見の狭い男だねー」


第一次上田合戦の話に至るんだけど、昌幸は家康という1人の男を嫌いになる。

もう、大嫌い!

(ここで、系図みたいのが出てくるんだけど、昌幸と家康の間の関係が大嫌いと書いてある)

関ヶ原前夜、豊臣と徳川どちらにつくかの犬伏の別れ。

(パパんと幸村さまは西軍、信之にーちゃんは東軍についた)

「どちらが勝っても真田は残る」とかかっこいいセリフが残ってるけど。

そんなんじゃなくて、家康が嫌いなの

きれいごとじゃないの。

(この辺の説は、私もそう思うので、大きくうなずいてしまった)

(御子孫と同じ考えで嬉しゅうございますー)


信之公の話が少しだけ。

犬伏の別れで、信之は外された。

華々しさがない。

この人は政治家だから。

小松殿をもらった時点で、ずっと政治家。

信之のおかげで真田家は明治までうまく続いた。

(にーちゃんの話、これだけですか?)


ちなみに、御子孫は昌幸公が好きだそうです。

お腹が黒いとこが好きと。

最近評判がいいけど、黒いとこが魅力だそうです。

(私もそう思いますぅドキドキ)


そして、さくらさんが好きなのは幸隆公。

追われても自分の土地を取り戻そうとする気概が好きだそうです。

それに対して御子孫、どーしてあんな痩せた土地を。

おかしな人。

あったかいとこでぬくぬくしてればいいのにと、クールでした。


そしていよいよ幸村さまが出てくるんだけど。

これ、すっごく長いんだけど、どこを抜粋したらいいんだろ?

いろいろ話はあったけど、特におもしろかったとこ。


高野山に配流になった昌幸公と幸村さま。

配流は、不自由で大変な苦労をするものなのに。

この親子は配流されてる感覚がない。

坊さん集めて碁を打ったり、お百姓さんと仲良くしたり。

パパんは和歌山まで20キロぐらい遊びに行っている。

朝出かけてどんちゃん騒ぎして帰ってくる。

(殿といっしょのノリではないか!)


当然、生活は困窮。

この親子は本当にほどを知らない。

いつまでも信州は俺のものと思ってる。

お金早く送ってと息子たちに催促する。

信之にーちゃんを最後まで困らせたのでした。


幸村さまの焼酎の話。

幸村さまが「焼酎を送ってくれ」と細々書いた手紙が残ってるんだけど。

現代人は、「焼酎すら買えないかわいそうな幸村さま汗」と同情する。

あの強い幸村さまがこんな手紙書くなんて・・・と、女性好みの逸話なんだそうだ。

でも、当時の焼酎はすごい高級酒で、普通でもなかなか手に入らない。

それを「飲みたくなったから送れ」って命令している。

実は酷い話。

(そんなワガママな幸村さまが好き・・・)


1611年、昌幸パパんが死んじゃって。

家臣たちもほとんど上田に帰っちゃって。

幸村さまと奥さんと幼い子供たち、ほんの数人の家来だけが残った。

一気に寂しくなる九度山生活。

九度山には、いまだにロ○ソンが一軒ある程度なんだって。

当時は何にもなかった。

(想像しちゃうじゃないですか!ロー○ンで幸村さまがアイス買ってる姿・・・)



なんか、またアメブロ不調でカーソルが飛んだりするので、今宵はここまで。


つづく