立派な家来となるために、行ってきました信州上田。
4月29日、あの日の思い出の続き。
前回までのあらすじ。
寒松院様っご挨拶もせずにすみませんっ!
上田市は、2006年の合併によって現在の形になった。
真田のふるさととしての遺構は、市街地からちょっと離れた真田町の方に多い気がする。
しばし田園風景の中、車に揺られる。
ああ、砥石城跡にもいつか行きたいね。
真田本城跡も、また行きたいよ。
涙を呑んで今回断念した史跡がいっぱい。
山家神社に到着。
ここは、真田家の氏神様。
山岳信仰なんかが関係してるらしい。
境内には、真田神社というのもある。
(明治時代に建てられたらしいけど)
一通り回って拝んで、ここもあわただしく出発。
とにかく、時間は限られているのだ。
長谷寺に到着。
もう、石段を駆け上がりたい気分。
丁寧に案内してくださる運転手さんが、邪魔に思えた。
昌幸パパん!あなたのむつこが参りましたぁーっっ!!
(あ、泉下の昌幸公が鉄砲隊揃えて拒否してる図が浮かんだ)
山門は、ちょっと変わった形。
そこにもしっかり六文銭。
長谷寺は、幸隆じーちゃんの建てた寺。
上州にいた頃親交のあったお坊さんを故郷に呼んで開山したらしい。
枝垂桜がきれいで、最盛期にはさぞや見事なことだろうな。
(実際、タクシーの運転手さんもそう言ってた)
お茶の振る舞いなどもしていたけれど、まずは本堂に手を合わせて。
それからいそいそと裏のお墓へ。
そこは、私の好きそうな空間だった。
ほら、木がうっそりと繁ってる・・・
墓所なんて大体そんなもんだろうけどさ。
やっぱり、好きな人のお墓は思いもひとしお。
ここに、幸隆公夫妻と昌幸公が眠っているんだ。
「来るな」って拒否されて、局地的土砂降りに遭ったりしたらどうしようとか考えていたけれど。
きれいに晴れて、木々の間から光がさす。
幸隆公が、「よく来たな」って言ってくれてるみたい。
リュックから線香を取り出し、すっかり墓参りムード。
運転手さんも察してくれたのか、その場を離れていった。
まずは御三方に御挨拶。
いつも楽しませてもらってますと。
今日の祭りに出陣しますと。
これからもいろいろ調べさせてくださいねと。
そして昌幸公には、あなたの息子さん(御次男さま)は私がお守りいたしますと。
(何から誰をどう守るんだとか言わないで!)
ほんとは、もうこの場に座り込んでまったり過ごしたい気分だったけど。
残念、時間がないのだ。
次のお客さんも来てるし。
名残惜しみながらお墓を後にした。
表に回ったとき、お寺の女の人が出てきた。
お茶を飲んでいきませんかと誘われたけれど、時間がないんですー。
じゃあ、鐘をついていきませんかと言われた。
えっこの鐘ついてもいいんですか?!
なんか、昌幸パパんが「せっかく来た思い出についてけ」と言ってくれてるみたいで。
調子に乗って、ゴーンと鐘をついてきた。
なんか、すごーくいいところで、ほんとに名残惜しかった。
今度は、もっとゆっくりここで過ごしたいです。
次回は、絶対長居する!
本堂に、なぜかおみくじがあった。
お賽銭を入れて、ついつい引いてきてしまった。
開けるのがちょっと怖い。
だって、「うっとーしいからもう来るな!大凶」とか出たらどうしようと思って・・・
タクシーの中で恐る恐る開いてみた。
「大吉」だった。
あれ、昌幸パパんが歓迎してくれてる?
いやいや、表裏比興な昌幸パパんのことだから。
大吉で油断させといて何か策を練って・・・
なんて深読みしたくなるけれど。
ここは素直に嬉しかった。
わーん、長谷寺好きだよー。
また来たいよー。
しかし、タクシーは次の信綱寺に向かうのだった。
つづく



