このだいげんしょうを御覧になったせんせいくれないの涙を流され、かく御心情を吐露とろされました。

 「だいほんぞんさまが偽りの正本堂しょうほんどうに押し込められたてまつってより26年、だいしょうにんさまおんかなしみ、おんいきどおりを拝したてまつれば、心安き日は一日としてなかった。
 『今日もだいしょうにんさまはあの誑惑おうわく不浄の正本堂しょうほんどうにまします』とおもえば、心の晴れる日はなかった」と。

 まことに、だいしょうにんさまおんのみを恐れ、そのぎょじゅんぜんとされるせんせい大忠誠心だいちゅうせいしん熱涙ねつるいが止まりません。
 そして、遺命ゆいめい守護のほうこうを遂げられ、凡慮を絶する正本堂しょうほんどう崩壊ほうかいを拝されたせんせい「これで安心をしたら何にもならない。遺命ゆいめいを守りたてまつった者こそ遺命ゆいめい成就に身を捨ててほうこうしなければいけない」日本にっぽんの亡国迫るを御覧になり、平成9年と平成16年にいっこくかんぎょうへお立ちになりました。
 せんせいは、このいっこくかんぎょうの書を著わしたお心についてこうおおくださいました。

 「日本にっぽんはすでに亡国の前夜を迎えている。
 しかし、もしこのことを前もって全日本人ぜんにっぽんじんに告げ知らしめておかなければ、亡国の大難が起きた時日本にっぽんの人々はただ恐れおののくだけでこの大難が何ゆえ起きたのかを知るよしもない。
 そうであれば、日蓮にちれんだいしょうにんに帰依することもない。されば、その時日本にっぽんは本当に亡んでしまう。
 よって、前もって『日蓮にちれんだいしょうにんに背くゆえに亡国の大災難が起こる』ということ全日本人ぜんにっぽんじんに告げ知らせ、もってほんこくいちしんずることあるべし』との金言きんげんを仰がんと本書を著わした次第である」と。

 また

「たとえ国中の者が悪口を嘲笑ちょうしょうしようとも『もしった通りになったらその時どうする』その確信かくしんで私は行く。
 『もしこの戦いを見て諸天しょてんが見て見ぬふりをするならば、諸天しょてんは必ずだいしょうにんさまから罰を受ける』と私は確信かくしんしている」と。

 その後の日本にっぽんはどうなったのか。
 第2回のいっこくかんぎょうから7年後の平成23年、3.11東日本ひがしにっぽん大震災だいしんさいが発生して日本にっぽんは大地動乱の時代に突入し、マグニチュード9以上とわれる南海トラフ巨大地震も切迫せっぱくしている。
 また、異常気象・だいきんだいやくびょう等の災難は続発し、国家破産、あるいは亡国の大難たるかい叛逆ほんぎゃくこく侵逼しんぴつもいよいよじつとならんとしております。
 せんせいいっこくかんぎょうに対し、たとえ悪口はえても否定できる者は一人としておりません。
 さらにせんせい日蓮にちれんだいしょうにんこそ人を、国を根底からお救いくださるただいちにんほんぶつであられる」ことを一枚の広告文こうこくぶん端的たんてきに著わされ、全日本人ぜんにっぽんじんに対し日蓮にちれんだいしょうにん絶大ぜつだいとくだいだいを告げ知らしめられました。
 広告文こうこくぶんの発行部数はすでに1億部をゆうに突破しております。
 このような機を画する大規模な開目かいもく大運動だいうんどうは、ざい以来でせんせいにしかぬものであります。
 せんせいは、難しいほうもんは置き、誰人も否定できぬ3つのげんしょうをもってそれをお示しくださいました。
 すなわち臨終りんじゅうの証拠」「『りっしょうあんこくろん』の御予言的中」「国家権力も御頸おんくび切れずの竜の口のだいげんしょうであります。
 かくしてにちれんによりてほんこくはあるべし」とて日蓮にちれんだいしょうにんを信ずるか背くかによって日本国の有無も、人類の存亡も決する」というその重き重き御存在を示され日蓮にちれんだいしょうにんこそがおん元初がんじょじゅ用身ゆうじん末法まっぽうの全人類をお救いくださる下種のほんぶつたる」ことを顕わされたのであります。
 この広告文こうこくぶんこそ、お若き頃からしょを心肝に染め、日寛にっかん上人しょうにんなんを通してごくでんせられたせんせいが「日蓮にちれんだいしょうにんとはいかなるお方か」との全人類の問いに対しその絶大ぜつだいとくだいだいを誰にでも分かる平易なことで知らしめるために顕わされた究極の折伏しゃくぶく要諦ようていであります。
 この広告文こうこくぶんなくして広く全日本人ぜんにっぽんじん日蓮にちれんだいしょうにんの大恩徳が顕われることがなかったことおもうにつけ「これこそ順縁こうをあそばすだいしょうにんさまけん使げんごうあさせんせいをして顕わさしめ給うたもの」おそれながら拝せずにはいられません。


令和7年 10月16日 浅井昭衞先生三回忌法要 浅井会長御挨拶