「ふゆもうふゆ、いづれのふゆさむからざる。なつもうなつ、またいづれのなつあつからざる。
 ただし、としこくはいかんがそうらわめ、このはきゐ波木井ほうぎてかんそうろう
と。

 「冬という冬がさむい。寒くない冬は1回もないけど、ことに今年の冬は、他の土地はいざ知らず、この波木井はきりさんちゅうのぶさんちゅうの冬というのはまことにじょうさむさである」というんです。

 「ふるをきなどもにそうらへば、はちじゅうじゅういっひゃくになるもの物語ものがたそうろうは、すべいにしえこれほどさむことそうらはず」と。

のぶ近辺きんぺんの古きおきな老人ろうじん)達にこのことさむさを聞くと、80,90,100にもなるようなおきな達のことには『昔はこんなにさむことはただの一度もなかった』というほどのさむさだ」と。

 「きんぺん近辺いっちょうのほどは、ゆきいちじょうじょうしゃくとうなり。」
 「すこあめりてゆきかたくなること金剛こんごうごとし。いまゆることなし。ひるよるさむつめたきそうろうことほうぎてそうろう
と。

 「のぶさん近辺きんぺんを見ると、だいしょうにんさま庵室あんしつのぶの山のちょうてんにある。
 そのいっちょうちょう(すなわち100m、200m)のしゅうを見ると、雪がいちじょうじょう(3m、6m)とこれほど積もっておる。
 そして、たまたま雨が降ると、雪がカチンカチンにこおって金剛石こんごうせきのようになってしまう」

 「昼も夜も寒く冷たい」ということは、まことにほうぎてそうろうじょうさむさである」

 「さけこをりていしのごとし。あぶらこがねたり。なべかますこみずあればこをりてれ、かんいよいよかさなりそうらへば、ものうすく、しょくともしくしてさしづるものもなし」

「このさむさというのは、お酒がこおってしまう。
 また、油(たねあぶらを当時は明かりとして使った。そのたねあぶら)はまたこれもこおって固まって、あたかもがねのように見える。
 なべかまにもし少しの水が残っているならば、それがこおってなべかまが割れてしまう。
 そして、さむさがいよいよ重なってくれば、着る物は薄いし、食べる物がとぼしいし、外に出るものもないんだ」と。

 「ぼうははんさくにてかぜゆきたまらず、しきもの敷物はなし。はさしづるものもなければかず」

 「だいしょうにんさま庵室あんしつの中にも雪・風がはいってくる。
 敷物しきものはないし、そして、外に出る者もないので、火をこうにもまきがない」

とこうおおせになる。

 「ふるあかつきなんどしてそうろうそでひとつなんどたることは、そのいろれんだいれんごとし、こへははは・おおばばごくにことならず。あしかんじてけ、ひとぬることかぎりなし。
 ぞくひげればやうらくをかけたり、そうはなればすずをつらぬきかけてそうろう

 「あかのついた古いそでを一枚だけ着ている者達は、あしはあかぎれでもってけ、血がにじみ、声がふるえて会話もできないほどのさむさだ。
 また、庵室あんしつしゅうを見るならば、里人さとびと達でこごえ死ぬ者は数をらず。
 そして、俗人ぞくじんひげを見ればこおりついて、ひげこおって宝石ほうせきのように見える。また、僧の鼻は、鈴をぶら下げたようにこおりついているのである」と。

 以上がだいしょうにんさまおおせありまするが、まことに、想像を超えたさむさでしょう。
 冷蔵れいぞうの中、いやいや、冷凍れいとうの中にいるようなすさまじいさむさであります。
 まことに恐れ多いことでありまするが

だいだいほとけさまがこのようなのぶさんちゅうまつな、しっ庵室あんしつにお住まいになって、じっとこの耐えがたきさむさに耐えられたんだ」と。

 これこそ本国ほんごく一切いっさいしゅじょうじょうぶつせしめん。国を救わん」ということで、だいしょうにんさまが一国をおいさめになる、かんぎょうあそばすその崇高すうこうなるお姿すがたであります。


平成20年 12月14日 浅井先生指導