ついに大きなやまを迎えることとなりました。
 私は第十六回総会以来こくりつかいだん怨嫉おんしつを破して徹底してその悪をち、こくりつかいだんを宗門のこうろんとする」ということを決意して以来このことつねに覚悟しておりました。
 そして『このことが出てこなければみょうしんこうほうこうは本物ではない』と思っておりました。
 減らず口のようではありますが、日ごろ月ごろこのことを覚悟してこんにちまで待っておりました。
 徹底して悪を断つには悪を出さなければなりません。その悪がここにてまいりました。
 思えば、こうちゅうかいさんということみょうしんこうにとりましてざい、すなわちけいを意味しております。
 およそ宗門七百年の歴史におきまして、ゆいめいを正しく守ってかいさんをさせられたこうちゅうがどこにありましょうか。
 ゆいめいげて、キリスト教の牧師を正本堂の中に招いた者はめられて、情理を尽くして身命も財もなげうって法を守る者をざいに処する。
 まさしくまっぽうじょくあくらいというだいしょうにんさまのおことがありまするが、広宣こうせん流布るふの前夜に正系門家の中にいよいよこくりつかいだんこんりゅうの前兆としてこのまっぽうじょくあくらいじんが顕われてきたのであります。
 私は、減らず口のようではありますがゆいめいこくりつかいだんを守ってこうちゅうかいさんしょぶんを受けるならばこんなに喜ばしいことはない』ということを思っております。
 ここで、じんなるかいさんしょぶんを受けましたが、みょうしんこうは今の腐敗をしたしゅういんによって作ってもらったのではありません。
 すでに皆様ぞんのごとくに昭和32年8月3日に先代にちじゅんしょうにんが宗門の将来をおもんぱかられて「宗門に必ずかかることあるべし」と学会の横暴を非常に憂慮ゆうりょせられてみょうしんこうほっこうは墓檀家ではないのである。熱原の伝統を継ぐたたかほっこうとなって宗門にほうこうせよ」ということを仰せになって、実に普通のこうちゅうの認可とはちがこうとうせんせい並びに数名の幹部を本山に呼び寄せまして、自ら辞令を渡され「しっかりと頼む」との密命みつめいを受けたこうちゅうでありますれば、このような腐ったしゅういんめいれいにおいてはみょうしんこう絶対ぜったいかいさんをしない(大拍手)。
 みょうしんこうかいさんしてしまったらばにちれんしょうしゅうの信心はなくなっちゃうじゃないですか。みょうしんこうの抹殺ということゆいめいめつを意味するものである。
 よって、しゅういんには申し訳ありませんけれども、みょうしんこう絶対ぜったいかいさんはしない。
 どうか一つ、おうの心を取り出だしまして、先ほども『しょ』にありましたが

あくおうしょうぼうやぶるに、じゃほうそうかたうどをなしてしゃうしなわんときは、おうごとくなるこころてるものかならほとけになるべし」

とのだいしょうにんきんげんじゅんじておうの心を取り出だして「いよいよ兼ねての覚悟の卑怯ひきょうかいさんが来た。たたかいはいよいよこれからである」との決意をもって今日からしっかりたたかっていこうではありませんか(大拍手)。
 もしこくりつかいだんがいけないんだったならばれきだいげいを全部除名しなければいけないではないか。それができないんだったらみょうしんこうが正しいのではないか。
 もしそれができないんだったら、いけだいさくこそがれきだいげいに背き、かみだいしょうにんさまに背き、並びにみょうしんこうの正しい主張に背く。彼いちにんにちれんしょうしゅうの信徒ではないじゃないですか。
 そして、彼いちにんれきだいげいに背き、にちれんしょうしゅう七百年来の伝統の法義をげるならば、みょうしんこうかいさんなんて生意気なことわずに、いけだいさくこそ勝手ないけしゅうを作ってにちれんしょうしゅうから出ていったらどうでしょうか(大拍手)。
 また、自分が出世するためにいけだいさくにこの仏法を売り渡した宗務当局はいけだいさくについていって忠勤ちゅうきんを励んで、名前を「にちれんしょうしゅうしゅういん」から変えて「そうがっかいしゅういん」と名乗ったらいいと思う(大拍手)。
 そして、信心のない者は追放して、その後みょうしんこうの力でかいだんだいほんぞんさましょうじょうなる正しいげいを守り、こくりつかいだんみょうしんこうで一つやろうではないですか(大拍手)。
 しょには

ほうやぶものて、いて、しゃくけんしょせずんばぶっぽうなかあだなり」

ということがあります。「けん」ということは「所を追う」ということである。今でうならば宗門追放であります。
 されば、このかいさんしょぶんこそ悪の根源であり、いよいよ「悪の根源を絶て」というだいしょうにんさまめいれいこそ今回のかいさんめいれいであるならば、私はえて今日ここでう。
 仏法のかいしゃいけだいさくを宗門から追放しよう(大拍手)。
 それから、ぜんしゃいけだいさくを社会から追放し、国をかたむけるこくぞくいけだいさくにっぽんの国から追放しよう(大拍手)。
 このようなみょうしんこうに対するかいさんめいれいというような仏法・世法ともに通らない大悪が起こるならば、必ず大善のきたことが近い。解決は早い。
 そこで、その卑劣なる弾圧こそ学会の命取りになり、いけだいさくがそのれつを天下にさらし、はじさらことになる。
 晴れて、こうとうせんせいを先頭にかいだんだいほんぞんざんを申し上げることの出来るまで、どうか、皆様の命はこのあさあずけていただきたい(大拍手)。
 私どもは罪障深くしてだいしょうにんざいに生まれ合わせることができませんでした。
 じょう殿どののごとく竜の口のお供もできず、にもお供できず、そしてにっこうしょうにんのぶざんにもできず、にちもくしょうにんたるでのせんの時にもほうこうが叶わなかった。
 それが、七百年後にいかなることか生まれてきて、今だいしょうにんさまゆいめいが抹殺されんとしている時に宿しゅくえんあって命にかけてだいしょうにんゆいめいを守ることができるということはまことにありがたことでございました。だいしょうにんさまは必ず見ておられる。
 どうか、だいしょうにんさまが見ておられるそのぜんにおいてごとなるたたかいを展開いたしまして「よくぞみょうしんこうは頑張った」だいしょうにんさまのおめをいただくまで本日から鉄の団結をもって本格的なたたかいを展開てんかいしていこうではありませんか。